1−58 マリーへの贈り物
もうそろそろ下位貴族寮や平民寮へ人が戻りつつある。
新学年が始まるのだ。
上位貴族寮は2年上の生徒が卒業退寮してしまい、
私一人になってしまった。
寮監からは、たいがい3年に二人位は上位貴族が寮に入るから、
と来年は寮生が増える様な希望を持たせられた。
2年違うとそうそう仲良くはなれないだろう、
スタンリー家の評判もあるし。
1組になるという事だが、
昨年の事もあり、実はまた2組なんて事にならないだろうか、
と心配してしまう。
もちろん、1組になる方が心配は多いのだが。
あのキャサリンが黙っているか、
まさか喧嘩を吹っかけては来ないだろうが。
2組を離れるとなると、マリーの事を考えてしまう。
私などより彼女の方が問題なくクラスで振る舞っているから心配はないが、
魔法授業の事だ。
初級魔法10種全てを授業で教わっていない。
尤も、あの授業で教わったからと言って実技の役に立つかは疑問だが。
気になり出すと気になってしまう。
彼女がいたからあのクラスで息が出来ていた様なものだ。
烏滸がましい考えかもしれないが、
恩返しがしたい。
土魔法に関する書付けを取り出し、
新しい紙に簡素にまとめて書き出してみる。
魔導士試験の前にごりごり覚えさせられた呪文の単語の意味も書いてみる。
発音のアクセントも書いてみよう。
始めの2種の中級魔法にどこが類似しているかもサービスで書いておこう。
うん、これ自分の復習用メモとしても使えそうだ。
複写魔法で控えを取る。
この独自魔法もガラス板なしで出来る程上達したんだ。
そんな事より一読して理解出来る様に頭を鍛えるべきなんだが。
書類用の封筒に入れて、平民寮に持っていく。
貴族寮は塀に囲まれ、門番が立っているのだが、
平民寮には門番がいない。
寮監室に顔を出し、入室を申し出る。
平民寮は異性は入ってはいけないが、同性なら特に申告は必要ないらしい。
平民の扱いなんてこんなものだろう。
面倒な手間をかけても言うことを聞かない者も多いらしい。
お疲れ様です、と一言告げて寮監室を出る。
壁に各部屋の一覧と生徒の札が掛けてあり、
マリーも同室の娘もいる様だ。
2階か、防犯上良いかもしれない。階段上り下りも健康に良いだろう。
上位貴族寮だと1階にトイレと浴室があるから1階の方が良い。
つまり2階の生徒のトイレと浴室は1階の生徒の部屋の間にあり、
狭い階段を上り下りしないといけないのだ。
下位貴族と平民の寮は共同トイレ、共同浴室だから関係ない。
とんとん、とノッカーで音を立てる。
はい、と出てきたのはマリーではなく同室の娘だ。
「マリーさんに会いたいんだけど、入室しても良い?」
この娘とは前に王都を一緒に歩いたから顔を覚えているだろう、
自己紹介は不要と思ったんだ。
マリーが中から顔を出す。
「あ、お久しぶりです。入って下さい。」
お言葉に甘えて入室する。
「どうしたんです?」
「ささやかなお餞別を持ってきたの。」
「餞別?」
「今度1組になるらしいので、1年間のお礼にね。」
「1組!そうか、魔導士なんだから2組にいるのはおかしいですものね。」
「せっかく仲良くなったのにお別れになって残念だけど、
何か相談があったら声をかけてね。」
「はい。ありがとうございます。」
「という事でこれ。」
と封筒を渡す。
封筒の中身を取り出しマリーが目を丸くする。
「簡単だけど、初級魔法のまとめを書いて来たから。
最後の4つは結局教えてもらえなかったでしょ。」
「あ、ありがとうございます。
態々すいません。」
「魔導士試験の時のまとめを簡単にしただけだから、
私もその写しを持って、たまに復習に使おうと思ってるからついでなの。」
じいっと紙を見つめるマリー。
授業は何を言っているか分からなかったものね。
声量的に。
横でみていた同室の娘が言う。
「どうせなら教えてあげれば良いのに。」
「…その方が良いんだけど、何せそれをやると私の休みがなくなるから。」
「え、休みが無いってどういう事なんですか?」
「火、木、土、日が王城に通って、月、金が魔法院行きだから、
学院の予習復習とかをやる日が水曜しかないの。」
ええ〜と声を合わせるマリーと同室の娘。
「忙しいですね。大変だ。」
「王子様の婚約者候補ならその位忙しくてもしょうがないのかな…」
「私はおまけだからね。そんなに教育してどうするのかとも思うけど。
殿下は駄目でも他の貴族と婚約の話があった時に役に立つと思って通ってる。」
えー、と言葉に詰まる平民二人。
昨年のエレノーラの評判からすると、王子様の婚約者は無理、
というのも分からないではないが、
平民が伯爵令嬢にそんな事は言えなかった。
別れ際にお互いの両手を握って挨拶をする。
二人とも涙ぐんでしまった。
そういう人が自分にも一人はいると感じて、
それだけでも王都に来てよかった、
とエレノーラは思った。
明日から2章として2年編を始めます。
毎日チェックして頂いている方々はお待たせしました。
もう少し賑やかな話にするつもりですが。