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1−55 王子の執務室(2)

久しぶりにアーサーの執務室に行く気がする。

入室すると、マイクとギルバートは手を挙げて歓迎の意を示してくれるが

アーサーは机に肘を付いて俯いたままだった。

ギルバートに友人の心の機微が分かるとは思えない。

しょうがないのでマイクから聞き取る事にした。


小声で伺う。

「殿下はどうなさったの?」

「昨日、エリカに凄い勢いで罵倒されてな。

 時々あるんだ。その内に元に戻るから放っておけよ。」

「エリカ様は何故その様な事を?」

「女心と秋の空さ。理由なんてないって。」

まだ夏だって!

こいつも少年少女の心の機微が分からない男だった。

エリカが傷ついた顔で俯く姿が目に浮かぶ。

どうしようも無い事なら兎も角、

これはどうにか出来るかもしれない事だ。


すたすたと足早にアーサーに近づく。

机の向かい側から机の上を両手で叩く。

「殿下!

 お気持ちは斟酌致しますが、

 男子たる者、過去より未来を見るべきでしょう!

 つまり、対策による再発防止が重要だと愚考します!」

最初の机バーンでびっくりして顔を上げたアーサーが、

勢い良く捲し立てるエレノーラに顔を仰け反らせる。

「経緯は兎も角、

 エリカ様は殿下に期待するところが大きいから

 お言葉も厳しくなるんです!

 ここは彼女の期待に少しでも応えていく事が肝要と考えます!」

期待?されてるかなぁ…とアーサーは疑問に思った。

いや、違うだろ、あいつは只キレて喚いただけだって、

と残り二人の少年達は思っていた。

「それには周囲の協力が必要です!

 殿下の為なら不肖、このエレノーラも、

 マイク様もギルバート様も協力致します。」

え、俺達も?何言い出すんだこいつ。

と二人は思ったが口を挟む隙がなかった。

「と、言う訳で、

 今からニューアーサー、ニューエレノーラ、ニューマイク、

 ニューギルバートです。」

何その言語センス、と少年達は思ったが、口を挟む隙がなかった。

「さあ、皆で昨日までとは別人の様にやる気を出して、

 プロジェクトを進めましょう。

 四人が寄れば僅かな希望も強固な策に昇華できるでしょう。

 一本の槍は簡単に折れますが、

 四本束ねればまず折れません!」

一本でも折れないよ、とアーサーとマイクは思ったが、

ギルバートはなるほど、と感心してしまった。

軍事ネタが出ると説得されてしまうのは騎士志望者の弱点だった。

「皆で検討すればいいアイデアも出ます。

 一つの懸案を皆で検討しましょう。

 殿下、良い案件はありますか?」

アーサーは勢いに押されてしまった。

「えーと、じゃあ、これ?」

手に取ったのは河川の氾濫対策としての臨時の堤防補強案だった。

黒板の前に移動して案を練る。

「3箇所、合計2マイルの補強工事との事、

 土嚢の数、必要な人夫数、工期と工賃を検討する必要があります。」

キュキュ、と白墨で黒板に書き込むエレノーラ。

「ではギルバート中隊長、貴殿に命じる。

 50人の人員を1日動かす場合に必要な補給物資を騎士団から聞き取って来い。」

「え、俺が中隊長?」

「小隊長にはすぐなれるだろう。

 その際、中隊長が何を検討する必要があるか理解し行動すれば、

 中隊としての行動に小隊が有効に活動できる。

 中隊指揮官としては部隊の補給要請を補給部隊に申請する必要がある。

 これは良い経験になるだろう。

 やって来い。」

「分かった。頑張るぜ!」

「よし、動け騎士団!」

「おう!」

ギルバートは勢い良く出ていった。

あんな指示で良いのか?と問う目が二組ある。

「我々の様な者は考えてから動け、と言われると足が止まるものですよ。

 だから、動きながら考える方が良いんです。

 上手く動けなければ自分が苦労するのだから、

 失敗しても次に繰り返す事はないでしょう。

 失敗が身に染みていますから。

 と、言う訳で、私はこれまでの補強工事の資料をもらってきます。

 殿下には申し訳ありませんが、

 隣に突っ立っている風車小屋の風車を回して頂きたいんです。

 風車が回れば何らか仕事をしてくれるでしょう。」

と言って、エレノーラは出ていった。

突っ立っている風車小屋…

思わずニヤリとしてしまうアーサーだった。

「と女王様のお達しだ、マイク。

 資料の要素を抜き出して書付けて貰おうか。」

「女王様って何だよ、お前が王になるんだろうが。

 結婚前から尻に敷かれてどうする!」

「四の五の言うなよ。

 想像してみろ、彼女が帰ってきた時にお前が仕事してなかったら、

 連帯責任で四人皆で剣の素振り500回、とか言い出し兼ねないぞ?」

「!

 そんな事言ったらギルバートが喜んで、

 みんなで素振りやろうぜ、って言い出すだろう!

 やめてくれ!」

「だろう?皆が幸せになるにはお前が仕事すれば良いんだ。」


エレノーラとしては良い案が出るとか、

仕事が進むとかはどうでも良かった。

この部屋の空気が良いとは思えなかったので、

この際、風が流れる様にしたかっただけだった。

仕事をしている現場に何もしていない人間がいると、

そこで風が淀むのだ。


その日に退出する前に、

エレノーラはアーサーに釘を差した。

「では、次にエリカ様と顔を合わした際、

 悪かった、自分も反省した、

 これからは周囲の期待に応えられる様に一層の努力をするから、

 ここは仲直りして欲しい、

 と仰って下さいね。

 どうせ怒らせた理由なんて覚えてないんでしょうから。」

怒らせた理由を覚えていればそれを謝罪すべきだが、

覚えてない以上、謝る事が肝要だと思ったのだ。

実際、少年達は大した理由じゃないだろ、と全く記憶に残っていなかった。

しかし、マイクには聞きたい事があった。

「ところでエレノーラ?」

「何でしょ?」

「これって、アーサーの為か?

 それともエリカの為か?」

これは少し答え難かった。

エリカの顔が浮かんだのがトリガーだった。

でも前回のアーサーを見て、ここの雰囲気を変えたかったのは事実だ。

「あんな美少女と仲違いしているのでは殿下も悲しいでしょ?

 そう思ったんですよ。」

と誤魔化してみた。

アーサーは、エレノーラなら、

もちろん、殿下の為です!

何ておべんちゃらはまず言わないと思ってはいたが、

やっぱりがっかりした。


怒れる子狼も、

俯く少女も、

所詮は幻。

自分の心を写す鏡に過ぎない。


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