1−54 夏の魔獣討伐(2)
午後に一つの群れを殲滅した後、
最後に大きな営巣地を攻撃する事になった。
子狼を含めて100頭以上いるらしい。
つまり、これをなんとかしないと秋冬が大変な事になる。
子狼が成長して戦力となってしまうのだ。
人間側も水魔導士二人の戦力が加わっただけなので
攻めるのも難しく感じるが…
「現地の土魔法師が溝を作る。
そこでお前と二人で30頭ずつ倒せば良い。
集中力を切らさなければ問題ない。」
…簡単に言うけど。
短縮詠唱の練習にはなるか。
丘陵の段差のある所に横穴を掘って子育てをしている様だ。
木々が遮っている場所で現地の土魔法師が溝を作っていくが、
黒狼の斥候がやって来て気づき、
鳴き声に応えて群れが迎撃にやって来る。
「右翼を減らせ。左翼は俺が減らす。」
地形効果を狙うなら大きなアイスランスで穴を作るべきでは?
と思って一発目には正式に詠唱した巨大アイスランスで右翼の中央を狙う。
狙った黒狼と巻き込まれた周囲の3頭ほどが宙に舞う。
もう一発も同じ規模を叩き込む。
後は短縮詠唱で減らさないと
溝のこちら側で相手をする騎士の犠牲が出てしまう。
アイスランスの先端を工夫して刺さる様にしたいが、
相変わらずの打突兵器で跳ね返すだけだった。
例外なく苦しんで走れなくなっているからまあ良いか。
迎撃の黒狼の群れは二人の水魔導士のアイスランスによる連続攻撃で
攻撃力を失い、
生き残った傷ついた黒狼達は騎士達の攻撃で絶命する。
意外と何とかなるものだ。
但し、この後は見るに絶えない惨劇となった。
つまり、巣に籠もる身重のメスと子狼達を騎士達が皆殺しにしたのだ。
この子狼達が冬には戦力になる。
やらない訳にはいかないのだが…
「分かってるんだろう。
しゃんとしろ。」
そうは言っても、この規模の巣の殲滅は見たことがないんだから…
ところが。
大きな魔獣の気配がこの営巣地の彼方からする。
「向こうにも魔獣がいます。」
「…俺には感じないが?」
「1マイルくらい離れている様です。」
現地指揮官と話し、
この地の死体を全て埋めてその魔獣がこちらに来ない様にし、
今晩は少し引き返した地で野営をして明日にその魔獣を確認する事になった。
つまり、野営地は馬車の通れる場所であり、
補給部隊の馬車の持つ天幕を設営して眠るのだ。
野営地で夕食を待つ間に現地指揮官から礼を言われる。
「あの営巣地を何とかするのが当面の目的だったんだ。
怪我人も少なく済んで助かった。
女の子には辛い場面だったろうが。」
「大丈夫です。私も領地の見習い騎士ですから。」
と答えざるを得ない。
実際、地元であの規模の群れが発生したら大事だろう。
騎士達は天幕の中で身を寄せ合う状態で寝ているのだろうが、
本来なら見習い騎士に過ぎない私は専用の天幕で寝られる。
しかも女騎士が交代で番をする。
こんな立場になるつもりはなかったのだけれど。
夢で子狼達が出てくる。可愛い筈の子狼は怒り顔で私の足に齧りつく。
狼は話せない。
当然夢だから音もない。
それでも子狼達が言いたい事は分かる。
お父さんの敵、お母さんの敵、と。
覚悟は出来ていた筈なのに、酷い顔で目覚める事になった。
必死に治癒魔法で目元を治す必要があった。
そんな状態でも今日は大物に対峙するのだから平気な顔をする必要がある。
相手が出来ない様な魔獣なら撤退しないといけないが…
昨日、魔獣を感じた場所に今日は少数で近づく。
大群では無かったから、
場合により撤退する場合に備えて身軽な部隊構成にしたのだ。
近づいてみると、
大きな魔獣に小さな魔獣が2頭付いている。
つまり、魔獣の母子だった。
「大熊だな。
俺たち二人で親を倒せるだろう。
足止めは俺がするから大きいのを当てろ。」
任務だし、これを放置すれば人里の周囲に
処置できない黒狼の群れが出来る可能性もある。
風下から回り込み、
正式詠唱したアイスランスを叩き込む。
打撃音と共に大熊が30ftも転がっていった。
子熊が親を追いかけていく…
こちらからも首が傾いた大熊の母親が立ち上がるのが見える。
もう、早く楽にしてやる以外ない。
正式詠唱したアイスランスを斜め上から叩き込む。
地面を叩く重低音の後、
大熊の魔法反応が消える。
アイスランス2発で大熊は倒せるのだ。
少数の騎士が様子を見ながら近づく。
まだ暖かい母親の死体から離れない子熊を騎士が撲殺する。
子熊でもその皮が固く、剣で斬るのは難しいのだ…
大熊は内蔵の一部や毛皮が利用出来る。
母子の死体は騎士達が持ち帰る事になった。
母熊の頭部は原型を止めていない酷い潰れ様だがそのまま持ち帰る。
毛皮が固くて切り落とすのが難しかったのだ。
討伐は我々にも、現地騎士団にとっても望外の結果となった。
一番の懸案だった営巣地を一掃出来た事、
その営巣地が人里に近づく原因だった大熊を排除出来た事は
予想外だったのだ。
フィールディング侯爵家でも礼を言われ、
晩餐に同席したが食事に味がしなかった。
スタンリー家などではめったに食べられない豪華なものだったのに。
3日かけて馬車で王都に帰る事になるが、
もう魔獣の子供の夢は見なかった。
騎士は誓いを立てる。
人間の頭領に、頭領とその領地、領民の為に命を賭けると。
最初から、私には守るべき人間達の為に魔獣を殺すしか選択肢は無い。
いくつもの惨劇を経験して騎士達は魔獣の討伐に慣れていくんだ。
中世風異世界を書くのは初めてなので自分で設定を色々考えると、
討伐ってこういうものだよね、
と行き着くのが魔獣の子の虐殺。
人間の居住領域では必要な事になる筈です。
女主人公ジャンルでは主人公が綺麗事を言って連れ帰ったりしますが。
後、補足があります。
剣の通らない魔獣にアイスランスは通常は無効です。
下級魔獣討伐時にエレノーラが「アイスランスがあれば…」
と言ったのは騎士達が動きを制限している中で熊が口を開けていたので
そこを突けば、という意味です。
また、今回のランディーの指示を意訳すると
「俺の攻撃では牽制にしかならないからお前が撲殺しろ」
となります。
肉を斬らずに骨を砕く作戦。