1−49 魔法院(10)
夏休みだと言うのに婚約者候補の教育に時間を取られているから、
限られた時間にランディーは呪文詠唱実験ばかりするのだろうな、
と思って魔法院に行けば、
さにあらず、ランディーは火魔法の本を用意していた。
「水、風、土と中級魔法まで習得したお前だから、
これらと比較して火魔法の呪文の差異と類似は分かるだろう。
とりあえず初級魔法の呪文の比較を行え。」
と本と紙を渡して1時間の自習となった。
何か急用でも入ったのだろうか。
真面目にやっていれば私が多少おかしい事をやっても
指導してくれる彼の事だから、
言われた事を私なりにやるしかない。
火魔法はファイアーボールが出来ないかやってみた事はあったが、
発火すらしなかった。
調べてみると、なるほど構文構造は水魔法に似ているが、
独自の言い回しが多い。
水魔法との類似と差異をそれぞれ書き出し、並べて書いておく。
それに風魔法の類似と差異を併記する。
最後に土魔法だが、土魔法だけ類似が少ない。
戻って来たランディーが書付けを見て朱書きで追記する。
「大体は正しい指摘をしているが、一部誤解があるな。
つまるところ火魔法とは、
空気中の魔法子を燃料として発生させたプラズマを
如何に目標に到達させるかという魔法である。
水魔法は空気中の水分を抽出し、
これを如何に目的に合わせて使用するかという魔法である。
対して、風魔法は空気自体を如何に目的に合わせて使用するかという
魔法である。
そして土魔法は土中の物質をそのまま利用する魔法であるから、
これだけ呪文に特異性がある。
分子間力がある程度あるという点で水魔法と共通する点があるが、
基本は物体そのものは分解など行わないから、
術者の感覚によるものも多く寄与する様だ。
俺には使えないから憶測でしかないがな。」
続けて各呪文の差異と類似について解説が続く。
つまり、呪文詠唱実験より私の教育に力を入れている訳だ。
有り難いが、何故だろう。
呪文改造実験の理論構築の一部を私に任せるつもりなのだろうか。
最後の一時間は水の上級魔法の一つであるレインの解説から始まった。
ウォーターフォールはまだ中級魔法などと類似点があるが、
レインは広域に雨を降らす魔法だから、
類似性より独自性の強い呪文だった。
「上級魔法は太古の魔法師が独自に生み出したものなので、
最近改造された初級魔法などとは異なり独自構造になっているものが多い。
その点を考えながら改造実験を行わないと危険だ。」
なるほど、そういう事で呪文内容をより深く理解してからでないと
改造実験に入れない訳か。
レインの呪文を演習場で詠唱する。
まずランディーが行い、
私が詠唱する。
私の為の呪文は念のため威力を下げる語句をつけたらしい。
それでも100ft四方に雨が降る。
「念のために威力を下げておいて良かったな。
下手をすると王城まで雨で濡らすところだった。」
とりあえず威力を下げる系の語句を追加して3回ずつ詠唱する。
さすがに上級魔法を1時間で数十回詠唱させる事はまずいと判断した様だ。
その間に広域ドライ魔法で乾燥もする。
広域ドライ魔法も上級魔法に属するが、
単にドライに長い呪文をくっつけただけだった。
上級魔法というが、どちらも威力を下げているせいか、
半時間で12回詠唱が出来た。
さすがのランディーもこれには眉間に皺を作っていた。
とっくにオーバーヒートを起こすと思っていたらしい。
あなたがやらせているんだから、そんな顔しないでよ…
週2回の魔法院への登院なのだが、
週1回は水魔法で確保しており、
残り1回を交互に風魔法と土魔法の指導を行うらしい。
ランディーとしては水魔法で上級魔法を扱う為に
水魔法の指導時間を多めに確保した様だ。
それにしても、
王子の婚約者の決定は王子自身が16才になるまでが期限であり、
そう考えると後2年余りあるのだが、
一方でアンジェラ・フィッツレイとグレース・ゴードンは
もう16才になってしまう。
彼女達にとっては婚約者を決めるにはそろそろ遅めとなってしまうのだが、
王子の婚約者の確保が国家の一大事だから待っているのだろう。
私を本格的に婚約者候補として考えているなら
婚約者教育に注力させて、他の候補と本気で比較すべきなのだが、
こうして魔法院での教育も並行しているのが
婚約者候補としての私の立ち位置を示している。
そう、完全におまけなのだ。
物語上の夏休み中に書いておきたい事がまだある為、
もうちょっと1章が続きます。