1−48 王城での教育(1)
本を頭に載せて一直線上を真っ直ぐ歩く。
基本中の基本だ。
ここからやり直すという事は、
スタンリー家または家庭教師から聞き取りが行われたのだろう。
スタンリー家としては、
王家が婚約を整えるとは言われていたが、
それほど急に婚約者が決まるとは思っていなかったし、
上位貴族と決まるとも思っていなかったから、
礼儀作法の基本の指導を受け、
姿勢などはゆっくり進めていくつもりだったのだ。
暫く続けて、
漸く休憩をもらったエレノーラは椅子の上で疲れ果てていた。
良い鍛錬と言えるのだが、
今日タウンハウスに帰ってからの剣の素振りは止めたほうが良いだろう。
そこら中の筋肉が張っていた。
これ以上酷使すると背筋をやりそうだ。
エリカが近づいてきて話しかける。
「先が長そうね。
最初の最初で躓いている自覚はあるの?」
「はい。皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「今後も何かにつけ周囲から指摘を受けるから、
覚悟しておく事ね。」
「はい。
自分で気が付かない事をご指摘頂けるのは有り難い事ですので、
遠慮なくご指摘をお願いします。」
「…少しは他人の言葉を疑った方が良いと思うけど?」
「そこは自分で噛み砕いて理解できない事は考えます。
一人でやっていては行き詰まるのが分かっているので、
多くの人の言葉を聞きたいんです。」
エリカとしては、何かちくちく虐めるより、
この娘、これで大丈夫?と心配になる程に素直すぎると感じた。
「まあ、良い笑顔で嘘つくのが王都の社交界だから、
ちょっとは気をつけなさいね。」
「はい。ご指導ありがとうございました。」
指導なんてしてないよ、と居心地の悪いエリカだった。
続いて外国語の授業を受ける。
王子が立太子した後、
当然パルテナ帝国からの来客を饗さねばならないから、
この授業の優先度は高いのだ。
ところが、学院の授業しか受けていないエレノーラは
発音からして駄目だった。
学院のパルテナ語教師のレベルは随分低かったのだ。
文法やら語彙増加以前のこの体たらくにエレノーラは激しく落ち込んだ。
エリカも呆れて声を掛けてくる。
「ちょっと酷過ぎない?
発音から直さないといけないって。」
「ううつ、申し訳ありません。
学院教師を信じた私が馬鹿でした…」
「あいつらの言う事なんて聞き流さないと駄目でしょ。
学院教師のレベルなんて知れてるじゃない。」
「そうですね、
外務や東北部の上位貴族に仕えて実際に帝国と接する人達が一流、
その他の貴族に仕える人達が二流、
学院の語学教師なんて三流でしょうからね…
疑ってはいたんです…」
「帰ったらちゃんと復習しなさいよね。
本当に酷いんだから。」
「はい、ご指導ありがとうございます。
心に染み入ります。」
だから指導なんてしてないって!
とは口に出せないエリカだった。
休憩の後には歴史の授業があった。
各国の王や名代達と接する王太子妃には
当然各国の歴史の知識が必要になるのだが、
エレノーラの今までの興味は王国成立前後以降と
その間の隣国パルテナ帝国の動向だけだった。
それ以前の古代からの流れとなると全くの無知だった。
授業が終わると今度こそテーブルに突っ伏して顔を上げられなかった。
エリカが声を三度声を掛けてくる。
「あなたねぇ、その無作法はまず止めなさい。」
のろのろと顔を上げようとするが、
とりあえずテーブルから体を離しただけで顔を上げられない。
「誠に申し訳ありません…」
「だからっ!
しゃんとしなさい!
あなたはまず姿勢からやり直してるんでしょ!」
あ、そうだった、と言われて漸く背筋を伸ばして顔を真直ぐにできた。
「申し訳ありません。
先程教わったばかりというのに。」
「後、出来ない事はここ以外で努力するしかないでしょう。
ここで落ち込んでも何も変わらないからね!」
「はい、仰る通りです。
魔法院に行った時に図書室で勉強して来ます。」
「魔法院に歴史書なんてあるの?」
「え、でも学院の図書室の歴史書なんてそれこそ王国成立以降が
主ですから…」
「はあ、あなたも殿下の婚約者候補になったんだから、
お城の図書室を使えば良いでしょ?」
「その、利用の仕方も場所も分かりません…」
「婚約者候補になった時に発行された入門証を使えば
利用できるから。
帰りにちょっと時間をもらうけど、
図書室に一度行ってみましょう。」
「はい!
ありがとうございます。」
あれ、何でこんな話になってるんだ?
とエリカ自身が疑問になっていた。
アンジェラやグレースからすれば、
エリカが突っ込み属性を拗らせて意地の悪い発言が増えているのではないか、
とは推測していたが、
それが上手く回転するとは、
エレノーラは受け属性なのだろうか、と思うところだった。
健康維持の為のウォーキングは
この手のウォーキングと多少歩き方が違うと聞いたことがありますが。
それにしても、
この手の教育シーンの参考にしようと他の方々の作品をちょっとチェックしたら、
みんな書いてないよ…