1−40 呼び出し
下級魔獣討伐演習から1ヶ月もすると、
そろそろ魔法学院の処分、改革案などが噂される様になってきた。
アーサー王子は学院で教育を受けている当事者なので、
宰相に報告書の提出を求めたが、
宰相本人が報告にやってきた。
「忙しいところ、申し訳ないな。」
「お心遣い、恐縮です。
ですが内容が内容なので、現在は紙に残す報告ができません。
口頭の回答でご容赦願います。」
「苦労をかけるな。
それで、魔獣討伐演習に関する調査と処分を掻い摘んで聞かせて欲しい。」
「黒狼だけは外部から群れがやって来た形跡がありましたが、
岩蜥蜴と大熊についてはどこから来たのか全く形跡がありません。
全体としてそれらの中級魔獣をどの様に誘導したのかも分かっておりません。
よってこの件は原因不明、
今後はより広い範囲での事前調査と監視が必要、
としか対応しようがない状態です。」
「より広い範囲の監視、ね。理解した。」
「続いて学院改革の報告に移ってよろしいでしょうか?」
「うん、頼む。」
「成績判定における不公正は今後の魔法能力優秀者隠蔽に利用される可能性があり、
是正が必要です。
また、エレノーラ嬢のクラス分けに関する判断も不公正があり、
関係者は学年末をもって処分されます。
急ぎ次の学園長を貴族議会分室にて選定中ですが、
来年度の指導内容の刷新を打ち合わせる時間は無いと思われます。」
「下期の成績評価は従来通りとなるのか?」
「魔法院から監視を出します。
採点については魔法院の承認が必要となります。」
「一応のチェックは入るという事か。」
「はい。現時点ではそこまでしか出来ないと判断します。」
「エレノーラ嬢自体の待遇はどうするのか?」
「来月に水魔導士試験を受けますので、
合格すればもう学院の成績は関係なく魔法院に就職が決まりますが、
いずれにせよ既に初級魔法全てを習得し、
中級魔法も習得完了したとの事ですので、
来年からは1組に移動となります。」
「待ってくれ、魔導士試験、と聞こえたが?」
「魔法院から来月の受験予定と聞いております。
優秀な指導者を付けているので、問題ないと聞いております。」
…それについては本人に確認した方が良いか、
とアーサーは判断した。
「ありがとう、良く分かった。
報告に感謝する。」
「恐縮です。」
という内容を確認する為、
学院の応接室にエレノーラは呼び出された。
学院には上位貴族の子女が在学する事が多く、
彼らが利用出来る様に豪華な応接室が複数あったのだ。
「エレノーラ・スタンリー、お呼びにより参りました。」
「態々済まないね。掛けてくれ。」
学院付きのメイドが高いお茶を淹れてくれる。
エレノーラが寮の部屋で自分で淹れるお茶とはランクが違う。
「魔法院で随分頑張っていると聞いている。
何か不満があれば教えて欲しい。」
一番の不満はインプットされる情報に追いつかない自分の学習能力だが、
それは王子に聞かせる問題ではない。
「特に不満はありません。
非常に優秀な方の指導を受けられて満足しております。」
どうやら聞きたい事はこちらから聞かないと出てこない様だ、
とアーサーは判断した。
「そうか。それは良かった。
ところで、指導の進みが早く、魔導士試験を受けるらしいと聞いたが、
試験の予定とそれに対する学習の進捗はどうなんだ?」
エレノーラの顔色が随分悪くなった。
「指導の方の勧めで試験を受ける事になり、
予定としては5月の第1土曜の午後となっております。
それに備えて月曜は試験対策の魔法理論の指導を、
土曜の午後には魔法実技の練習を行う予定です。」
「…済まない、詳細は聞いていなかったのだが、
魔法院へは月曜と土曜の2日通っているのか?
土曜は2組も魔法実技の授業があるから午後の魔法練習はまずいのではないか?」
「魔法院には月・火・木・土と通っております。
因みに月・土は水魔法に関して指導を受け、
火曜は風魔法、木曜は土魔法の指導を受けております。
私の場合は午後の魔法実技の日はその後に半時間の練習は問題なかった為、
合計1.5時間の練習が許可されております。
土曜については午前中に1時間弱の練習から時間をおいて
午後に1時間の練習で問題が無かった為、これも許可されております。」
「ちょっと待った、3属性の指導を受けているのか?
また、午後は合計1.5時間の練習が許可されている?
午前と午後なら合計2時間の練習が許可されている?
無茶苦茶じゃないか!」
アーサーは驚いて素が垣間見えてしまっていた。
エレノーラは、まあ同い年だからこの位崩れることもしょうがないだろうと
流してあげる事にした。
「初日に3属性ある事が確認され、3属性の指導を受けております。
練習時間については指導教官が上司に申告して許可を受けております。
3属性の指導はそれぞれ興味深い為、有り難い事と考えております。
練習時間についても本人も問題を感じていない為、
ご心配は無用と考えます。」
「…うん、分かった。
只、周りに配慮する必要はないから、
体調不良があればすぐ練習は止めてくれ。
どうも周りが女の子に対する配慮がなさ過ぎる様だ。」
まだ言葉が崩れてますよ王子さま〜。
女の子扱いしてくれるのはあなただけです。
嬉しいから言葉の崩れは流してあげますね〜。
「ありがとうございます。
不調を感じたらすぐ周りに申告して休息します。」
「そうしてくれ。
後、他に不満があれば言ってくれ。
僕から魔法院に指示するから。」
僕、って普段使ってませんでしたよね。
良い人だな、この人。
「不満は特にはありません。
この様な良い指導を受けられて、
魔獣討伐演習のご褒美としては破格の待遇に喜んでおります。」
アーサーとしてはご褒美でも何でもなくむしろ拘束だと考えている。
この娘には調査と指導がすぐ必要だと思って王に進言し、
この様な過酷な指導を受ける事に至っている、
その原因は自分であるので、
アーサーは激しく気まずかった。
国家の大事を検討するには公人として判断しなければなりませんが、
1私人としての個人の付き合いなら情を持って判断するのも悪くないと思うんです。
この場合、やる事はやってる訳ですから。
その辺は冷徹なキャラの方が王子らしく見えるかもしれませんが、
それは公人として振る舞う時にやってもらえれば良い訳で。