1−38 調査報告
エセックス王国はパルテナ帝国に対抗する為に建国された。
実質的な連合王国を成立させる為に、王権は制限されている。
王の任免した宰相の下で
行政・立法は宰相府とその下位機関である各省で行われ、
全国的な施行の前に貴族議会での事前報告・承認が必要になる。
ただし各貴族領は自治権が大きく、
宰相府の権限は限られている。
王立魔法学院への影響力すら貴族議会のそれに劣る程だ。
宰相であるクリフォード・ヘイスティング伯爵としては
子女を1組にねじ込む為の贈収賄については立件が難しいと思っていたし、
ある意味、別件でしかるべき処理が出来れば良いと考えていた。
現時点での調査は演習での魔獣侵入と、
エレノーラの能力隠蔽調査という名目の学院教員の実態調査に絞っている。
ここで、騎士団による演習場調査結果の報告があった。
「西側の柵が複数箇所壊れており、
ここから魔獣の侵入があったと思われます。
黒狼の群れについてはその西側に通過した形跡が複数ありましたが、
岩蜥蜴と大熊の移動の形跡は見つかっておりません。
また、人為的な誘導の形跡も見つかっておりません。」
「証拠がないから立件は不可能だが、
形跡がない故に自然発生とは思えない訳だな。
了解した。」
ここからは魔法院の報告になる。
「岩蜥蜴と大熊の内臓からは小型魔獣の残骸が見つかりましたが、
その他特記すべき内容物は見つかっておりません。
大熊の体内からも異常物質は見つかっておりません。」
「岩蜥蜴の体内からはどうなのだ?」
「何分、岩蜥蜴の調査の前例が記録に残っていないもので、
初めてづくしで比較が出来ません。」
「良かったな、変わった調査が出来て。」
「魔獣調査部は一際固い岩蜥蜴を大喜びで解体しておりました。」
変態の集まる部署なのだな、と宰相は理解した。
「魔法学院の調査状況については、
期末テストの点数については1組と2組で採点基準が公平とは言いかねる点が
散見されました。
試験を作成した教師が異なるとは言え、
テスト範囲も設問数も大差無いことから、
意図的に採点操作をしているとしか考えられません。
そこを補正すると、1組と2組は平均点の差こそありますが、
1組の成績4の生徒の点を上回る2組の生徒が多数おり、
それらの成績は3でした。
つまり噂が事実だった事が裏付けられました。」
「指導状況についてはどうか。」
「1組の生徒からは授業中に質疑応答があったとの回答が多数でした。
2組の生徒からは授業中の質疑応答はなかったとの回答しかありませんでした。」
1組の上位貴族の生徒には家庭教師に鍛えられている成果を披露させて
ヨイショをするが、
2組の生徒にはそういうサービスはしないという事だろう。
「3,4組については逆に授業態度を指摘される事が多いとの回答がありました。」
居眠りやら私語が多いのだろうな、と宰相は理解した。
「全般として1組以外の教官の授業内容には教育意欲が足りないと
生徒多数に判断されております。」
宰相のかなり昔の学生時代の記憶からすると、
1組の教師も意欲的とは言えなかったと思っていたが、
それ以下か、と嘆息した。
「またエレノーラ嬢の入学前試験については魔法詠唱の評価と
発動した魔法の評価が低かったという結果が残っております。
試験担当者は呪文が滑らかでなかった、水球が綺麗でなかったと証言しておりますが、
エレノーラ嬢本人からは
呪文は古かったが滑らかに詠唱したし水球も纏まっていたと証言がありました。
呪文が古い事が評価に影響した旨の証言がない事から、
最初から低評価にする事が決まっていてろくに見ていないのが明らかです。」
「不当評価の疑いはあるが、それで罪に問うのは難しいだろうな。」
まあ、魔力が多く基礎に苦しんでいるというエレノーラ嬢を
魔法院の教育でまともにすれば、
先程の成績不審と合わせて教員達を教育者失格として放出は出来るだろう、
と宰相は見通しを立てた。
ここからは別件の報告、という事で騎士団は退出する。
「魔獣体内への魔力浸透に関する実験結果を報告します。
一般魔法師2人と魔導士2人による一角ウサギへの魔力浸透実験は、
3人は不可能、魔導士一人が薄氷を作ったがすぐ融けたという結果でした。」
「その一人とはランディー・アストレイだろう?」
「はい。彼が立案した実験でしたので。」
「事実上、魔獣や人体への魔力浸透は難しいという通説を証明した訳だな。」
「仰る通りです。」
「実験は凍結、結果は実験担当者以外には機密として口外させない様に。」
「既に通達しております。」
「人知れず人間を暗殺出来る能力はエレノーラ嬢一人しか持たない、
ある意味良い結果だが上位貴族や外国には知られる訳にはいかんな。」
「尤も暗殺を実施したら犯人が明らかですが。
使い捨てにするのは流石に勿体ないですな。」
「政治家なら、
代償が割の合わない物でも時にはやらなければいけない事があるものだ。」
あなたもそういう政治家だからそういう発言が出るのだな、
できれば魔法院の人員をそういう汚れ役に使うのは勘弁して欲しいと思う所だ。
「ランディー・アストレイからは5月にエレノーラ嬢に魔導士試験を受けさせる、
との報告がありました。」
「は?エレノーラ嬢は基礎が出来ていないとの話ではなかったのか?」
「ランディーの指導で改善されました。
4月中には中級魔法も全て身に付けさせるとの事です。」
「おいおい、学院1年生に無理をさせていないか?」
いや、あんたさっきそんな女使い捨てにしても良いなんて趣旨の
発言してなかったか?
「何分、上期の魔法実技のない日は必ず学院の練習場を使っていたり、
冬休みも毎日練習場で練習していた様な生徒です。
指導で上達するならと喜んで厳しい指導を受けているとの事です。」
「...前半の涙ぐましい努力には心を動かされるが、
後半は絶対ランディーの脚色だろう。
奴はなにを目論んでるんだ?」
「結果が利用出来るものであるなら、
意図には拘泥しなくてもよろしいのでは?
魔法院での指導による1年での魔導士資格取得は、
魔法学院無能説の補強になります。」
「......分かった。
とりあえず奴がやりすぎない様に監視は厳にする様に。」
「了解致しました。」
出番がなくても無双する男、ランディー。
出来る男とは違う凄みが…
魅力とは言い切れない迷惑さがありますね。