1−32 魔法学院への捜査
寮の部屋のベッドの横で膝を突いて、
ベッドに顔を埋めてしまう。
もう涙が止まらない...
頑張って来た筈なのに、
頑張っている筈なのに。
無駄に時間を浪費していただけなんて。
見栄を張って無駄な時間を過ごしていただけなんて。
でも、人間、そんなに自分を責めていられない。
他人に責任転嫁する理屈を考え始めるのだ。無意識に。
学院がまともな教育をしないのが悪いんじゃないか。
家庭教師に頼る学院って何!?
貧乏で家庭教師が雇えないのは罪なの!?
じゃあ学院は何であるの?
そうして恨み言を頭に浮かべながらぐずぐずと泣き続けた。
しかし、早春の夜である。
体が真剣に冷えてきた。
どうにかなることを考えるなら兎も角、
どうしようも無い事を考えても無意味だ。
その事にも気づいて、
着替えて寝ることにした。
ちなみに入浴はタウンハウスで済ませた。
その夜、エレノーラは魘された。
エレノーラと同じ顔をした女がレイピアで次々とエレノーラの体中を刺す夢を見たのだ。
痛くはなかった。
夢だから。
それでもレイピアで突かれる恐怖に、
やめて、と悲鳴を上げたかったけれど、声が出なかった。
夢だから。
両手で顔を覆って泣き続けるしか出来なかった。
だから早朝に目覚めた時、
エレノーラは両目が腫れぼったいのに気がついた。
現実でも泣いていたのだ。
何度も治癒魔法をかけてなんとか赤目と瞼の腫れは治った。
その日は土曜で、3時間目は魔法実技の授業だった。
エレノーラは一心に7つの初級魔法を練習した。
今まで時間は十分浪費した。
多分、今教わっている事が、
能力的に特殊な自分が前に進む最短の道である筈だ。
教わった水量の小さい魔法を行い、次に通常の魔法を行う。
それを6つ続ける。
(一つはドライなので元々普通の呪文で問題がない)
また1つ目に戻って繰り返す。
前回までもたもたしていた筈のエレノーラが一度も失敗しない事に、
鬼気迫る勢いで練習を時間一杯続ける事に、
教師も生徒達も唖然として眺めていた。
その頃、騎士団と魔法院の混成チームが魔法学院に到着し、
学院長に強制捜査の宣言をした。
そもそも、王子から王に今回の事件の報告がされ、
騎士団からも報告があった。
王子の生還にはエレノーラ・スタンリーの魔法力が大きく寄与したと。
魔法学院の例年通りの裏事情で、
伯爵令嬢が2組になった噂は王も聞いていたが、
特に問題がなければ介入する気はなかった。
だが、ここでその令嬢が学院一と思われる才能の持ち主と明らかになり、
口頭とはいえ正式に報告された以上、
公式な調査が必要であり、
その事は宰相に指示が出ていた。
前日、ランディーから魔法院総長と水魔法部長に
エレノーラ・スタンリーの有能さが報告され、
それを受けて
宰相はかねてからの懸案事項であった魔法学院の改革に強制的に乗り出す事を決めた。
翌日の宰相府の業務開始と同時に、
騎士団と魔法院共同提出のエレノーラ・スタンリー伯爵令嬢の能力隠蔽という
国家反逆罪の捜査令状が発令された。
因みに騎士団による演習場の調査は金曜までに終了している。
この学院に対する捜査について貴族議会に対する事前報告はなかった。
貴族議会は土曜には閉会されていた。
社交の為だ。
こうして魔法学院に対する強制捜査は不意打ちとなった。
強制捜査チームはまず上期の魔法理論の試験回答の調査を行おうとした。
「魔法理論の試験回答を調査させて頂きたい。」
学院長が担当教官を呼んだが、
「すみません、もう廃棄しました。」
「普通は学年の終了まで保管しておくものではないのですか?」
「努力目標としてそう決められていますが、
特に問題なければ廃棄してはいけないとはなっていません。」
伯爵令嬢が2組になった件で贈収賄の捜査があるとは予想していたので、
学院長からの指示で魔法理論の試験は廃棄された。
件の令嬢は実技が良くないと確認していたので、
試験用紙さえ処分すれば2組にした事が不当と判断される事はないと考えたのだ。
「それでは魔法理論以外の試験用紙を調査の為、回収させて頂きます。」
「は、それは該当する令嬢の魔法師としての評価とは関係ないのではないですか?」
「その他の教科も含めて不当評価があった可能性があります。
調査を拒めば反逆罪の共犯となりますよ。」
「そもそも一令嬢の成績に関して何故反逆罪とまでなるのですか!?
過剰な罪ではないですか。」
「件の令嬢は二十年に一人の逸材と魔法院で評価されています。
この令嬢の成績が正当に報告されずに魔法院に提供されないと言うのは、
魔法院への人材提供という魔法学院の一番の業務を果たしていない事になり、
王への反逆扱いになります。」
「そんな横暴な!」
「いずれにせよ、試験結果と成績評価に合理性があれば問題ありません。
試験用紙の提供で魔法学院の正当性が証明されるならお安いものじゃないですか。
既にあるものを提出するだけなのですから。
それとも、疚しい事でもあるのですか?」
という訳で、土曜の午後に
1年の魔法理論を除く全教科の試験用紙と成績表が押収された。
この様に既に準備されていた抵抗があり、
捜査チームにとっても予定外の行動が必要となった為、
この日は関係者への聞き取りは終わらなかった。
よって、月曜は魔法学院は休みとなり、
関係者の聞き取りが行われる事になった。
2023年中は拙作をお読み頂きありがとうございました。
現時点ではお客を呼ぶ様な策を使うレベルではないと自己判断し、
受け要素は控えめな自分の書きたい物をかいております。
恋愛要素も増やす予定ですが、
異世界魔法物として纏める予定ですので、
これからもお付き合い頂ければ幸いです。