1−3 上位貴族寮
王都は150年前の疫病の蔓延に対する反省から、計画都市、管理都市として作られた。
上下水道(蓋をした小川と半地下の深さに掘った蓋付きのドブ川に過ぎないが)を備えていた。
魔法学院内も上下水道が流れており、
上位貴族用の寮では、個人部屋に備えた物置部屋まで下女が毎日生活用水を運んで来ていた。
夕食を終え、日課の剣と短槍の素振りを終えたエレノーラは入浴の準備を始めた。
領地騎士団の見習い騎士達の中で、火を起こし、火力を調節する事ができないのは、
自分の他は2〜3人だった。
3年続けていれば慣れて、馬鹿にされる事もなくなるだろう。
と、竈の大鍋で水を温めながら思っていた。
上位貴族寮にはエレノーラの他に3年生が2人入寮していたが、
彼女達は下女にお湯を沸かしてもらっている様だ。
上位貴族の寮では同性の使用人一人が寝泊まりする小部屋が備えられているが、
身の回り全てを一人の使用人で行うのである。
侍女なら使用人本人が重労働に不満を持ち、
メイドが上位貴族の子女の身の回りの世話をするのもおかしかった。
よって、上位貴族の寮に入っている者は、
使用人に頼らず自分の世話は自分でする者が殆どだった。
他者からはむしろ将来、平民になる準備とも思われていた。
だから、地方出身の貴族の子女は寮に入ることを嫌がり、
タウンハウスから通う者の方が多かった。
入浴の湯は自分で沸かすことにしたのは、
6時から下位貴族寮と平民寮の入浴が始まるため、
5時半には上位貴族寮の下女も応援に行ってしまう。
ところが食事が5時からで、
貴族食堂にも平民食堂にも居場所がないエレノーラとしては、
食堂が開いてすぐに食事をして寮に帰って来たい為、
その後に下女に湯を用意してもらう時間がなかった。
種火と常夜灯はオイルランプだった。
だから焚付に上手く火を付け、
その火を薪に移せればあとは薪の量を調整するだけだ。
パチパチと音を立てる薪をぼんやりと見ながら、
これからの日々を思うと憂鬱になってしまう。
3年も孤独に耐えられるかな…
領地騎士団の見習い騎士の平民達があまりに悪ガキ揃いだったので、
平民の中に交じるのも気が引ける、
貴族達とはまず無理だ。
暗澹とした気分だった。
浴室で汗を流し、
平民の少年の普段着の様な布の薄いズボンと長袖シャツに着替える。
令嬢の様な寝巻きは10歳の頃に止めてしまっていた。
上位貴族寮では個人スペースの中に浴室もトイレもあるので、
少しの移動でも周りに気を使わないで済むのは良かった。
燭台の蝋燭に火を点けて、
書きつけてきた初級呪文を暗唱する。
魔力を込めなければ魔法は発動しない。
(最初の魔法実技の授業までに覚えておかないと)
2組は下位貴族の子供が多いから、
少なくとも下位貴族の子女達は既に初級魔法は殆ど覚えているだろう。
こつこつやって追いつかないといけなかった。
上下水道の話を書いたのは、
つまりトイレはローマ式手動水洗だという事を暗示したかった筈...
壺に入れたナニをメイドに捨てさせる令嬢とか応援したくないという筆者の思いがあります。
何となく寮生は肩身が狭いとだけ思って頂ければ。
という回です。