1−29 下級魔獣討伐演習(6)
討伐を続けながら進む為、歩みは予定より遅くなっている。
スタートから1時間を超えているのにまだ道半ばだ。
それでも、どうやらゴール地点側にも中規模の魔獣の群れが
向かっているのが分かる様になった。
連絡部隊がこちらからも来ない事から、
撃退で手一杯なのだろう。
何度目かの黒狼の群れとの遭遇を殲滅で終えた頃、
エレノーラは左側に魔法反応がある事に気づいた。
「8時に魔法反応4つ、集合魔法と思われます。
1/2マイル以上離れているので直接攻撃ではないと思われますが、
精神攻撃の可能性があります。
止まってやり過ごした方が良いと思います。」
「精神攻撃!?どういう事だ?」
「こんなに遠くへ届く攻撃はないと考えます。
あくまで私感ですが、4元魔法ではない様です。
だから、多分聖魔法だと思うんですが、
確信がないのでもしかすると届くかもしれない精神魔法を疑っているんです。」
「確かに集合魔法だとして1/2マイルも届いたら記録ものだろうが...
4元魔法でないというのは確かか?」
「その位はこれだけ魔力が膨れ上がっていれば分かりますよ。」
と言って、どれだけ魔力が膨れ上がっているのか分かる人間はエレノーラ以外いなかった。
アーサーもニールもこのエレノーラの魔法感受性の高さには思う所があったが、
これまでも魔獣を正確に検知している以上、
信用しない手はなかった。
「何か対策があるか?」
「ウォーターフォールには私の魔力が乗ります。
これである程度は遮蔽できるのではないでしょうか。」
「もう1時間以上断続的に魔法を使っているが、
大丈夫か?」
「発熱もふらつきもないので大丈夫です。」
肉体的なふらつきはあるが、それは魔法と関係ないものだ。
度々疲労を紛らす為に水魔法の治癒魔法を使っているが、
疲労物質が局所に溜まるのを紛らせるだけで、
断裂した筋肉組織を修復する程の治癒力は水魔法にはなかった。
「もう集合魔法は発動しそうなのか?」
「間もなくだと思います。
気を失ってウォーターフォールの水で溺れないように、
少し高い林側に上ってからウォーターフォールをやります。」
「それでいこう。」
木々の間に水が流れる様に短槍の水射出で溝をいくつか作ってから、
皆がその溝で囲まれた中に入る。
「蹲って気を失っても倒れて頭を打たない様にして下さい。」
皆が蹲って頭の上で手を組む。
ウォーターフォールで四方を囲む様に、
4つのウォーターフォールを次々と発動する。
アーサーもニールも、
ここに来て更に上級魔法を連発して平気でいるエレノーラが
傑出した才能を持っている事を確信する。
基礎が出来ていないのを知らないからそう思うだけだろうか。
「来ます!」
集合魔法の発動と爆発的な聖魔法の拡散を確認してエレノーラが警告する。
直径1マイル以上を完全に浄化したそれは正しく聖魔法だった。
(...聖魔道士4人を揃えられ、これだけ大きな魔法を知っている団体なんて一つだ。
彼らに合流すべき?なんでこんな所にいるのか怪しいんだけど...
まあ、とりあえず疲労を回復しておきますか。)
これだけ大魔法を発動した直後なら魔法を使っても感知できないだろう、
と見越してエレノーラは回復魔法を使った。
呪文なしの為魔力効率が悪いが、自分だけなら回復できるのだが、
周囲にばれると気まずいと思っていたのだ。
「体調とか精神に問題があれば申告して下さい。問題なければ自分の名前を口に出して、
隣の人に間違い無い事を確認してもらって下さい。」
それぞれが名前を口に出して、問題ない事を確認する。
ニールに近づき、相談が必要だった。
「聖魔法を使う集団ですが、あちらに合流しますか?
彼らを中心に瘴気が無くなっている様ですので、
前に進んでも後ろに戻っても危険が減りません。」
アーサーも近づいてくる。
「瘴気の状況はどうなっているんだ?」
「あの集団の周囲から魔獣は逃げ出している様です。
瘴気自体はこの辺りも無くなっていますが、
当然スタート地点もゴール地点も瘴気は残っているでしょう。
合流するのが一番安全です。魔獣に関しては。」
アーサーもニールも、
そんな大魔法を使える教会も、それを検知するエレノーラも別格だと思っている。
しかもエレノーラは教会を警戒する事を忘れていない。
口には出さなかったが。
「緊急回避として教会集団に合流するか?」
アーサーの提案にニールも
「全員の疲労が激しいので、合流するのがとりあえず生命を守るには良いでしょうね。」
と、警戒はすべきと言外に伝えてくる。
「教会の集団と合流しよう。林を突っ切る。」
アーサーの責任で指示を出した。
戦闘が終わった以上、最上位の王子が決断すべきと考えたのだ。
また同時に、相手の出方が分からない以上、
ここでの戦闘状況はそれぞれの上司に報告する以外の口外を禁じた。
林の中を進むのは困難だったが、
エレノーラが集団の方向を指示し続ける事、
そして教会集団と思われる一団もこちらに向かっている事から
10分程で合流した。
騎士二人とニール隊長が最前方を歩いていたので、
聖職者らしき者達にニールが誰何した。
「何者か?」
「教会の者です。司教様と聖女候補の方がお待ちです。
こちらにどうぞ。」
聖女候補は1年1組、アーサー王子と同じ組だが、
彼女の魔獣討伐演習は明日であり、
本日はお休みだった筈だ。
エレノーラが集合魔法の発動を検知したと思われる場所に、
高そうな服を着た司教らしき人物と、
自分たちと同年代と思われる金髪の少女が待っていた。
なるほど、聖女候補らしい可憐な外観だった。
彼女がアーサーに近づき、
彼の手を取り愛らしい声を上げた。
「心配したんですよ!無事で良かった。」
傍から見れば王子の手を勝手に取って良いものかと思うものだが、
親愛の情を示しているのだろう。
少なくとも彼女の方からは。
「心配とはどういう事かな?
何が演習場で起きていたのか知っているのか?」
「はい、夢で見て、演習場に強い魔獣が現れて殿下が危ないと知り、
教会の方に助力をお願いして参りました。」
夢見、ね。
アーサー以下全員、その空虚な言い訳に心の中で苦笑した。
聖女ならそんな力もあろうが、
このノエル・アップルトン男爵令嬢は魔法実技の授業でも
傑出した能力を示せていなかった。
金髪碧眼に優しい笑顔の、顔だけ聖女と見られていた。
大体、そんな夢見があったなら学校側に一報を入れてくれれば良かったのに、
エレノーラがいなければ騎士も生徒も犠牲が出ていた筈だ。
エレノーラ以外全員がそう思っていた。
「それで呪文を教えてもらい、私が浄化の術を使用したんです。」
...なるほど、こうして4魔道士の力を自分の力と詐称して、
聖女の座に就くという訳か。
アーサーの視線が冷たくなった。
「ほう、我々からは4人の魔道士による集団魔法に見えたが?」
ノエルの顔がはっきりと凍りついた。
一瞬の沈黙の後、震える声で言い繕った。
「そんな、確かに私が魔法を使ったんです。」
「後日、魔法院の調査が入るだろう。
いずれにせよ、出迎えありがとう。
学校関係者と早急に合流したいが、
経路は確保しているだろうか?」
アーサーは近くにいる司教を見た。
ノエルと違って司教は顔に微笑みを貼り付けたまま言った。
「馬車を用意してあります。
準備を致しますので少々お待ち下さい。」
「分かった。頼む。」
ゴール地点までは馬車で10分ほどだった。
不可解な教会関係者の出現には学校関係者も騎士達も顔を強張らせた。
合間を見て、エレノーラはアーサーに近づいた。言わなければいけない事がある。
「殿下、私の発言は何らか人を貶める意図を含む可能性のある、
一つの意見として心にお留めいただく様、お願いします。」
「集合魔法の件なら、それこそスタンリー家があちらと事を構える理由がないから、
重要意見として留意しているよ。」
「...ありがとうございます。
しかし、そんな詐称をして、何のメリットがあるんでしょう。」
「メリットはあるのさ。
聖女だったら王太子の后に相応しい、と教会は言っているんだ。」
詐称聖女?その危険性にエレノーラは愕然とするどころか恐怖したが、
口に出したのは戯けた言葉だった。
「良かったですね、可愛い娘と結婚できて?」
「可愛いかな?」
「面の皮一枚は。」
二人は意地の悪い顔で笑い合った。
「殿下にも毒がおありの様で、安心しました。」
「私はそんなに毒にも薬にもならない男に見えるか?」
「私は剣の授業でしか殿下を知らないので。」
何とも言えない、と言外に仄めかした。
が、アーサーは気になった様だ。
「剣の授業で人格が分かるのか?」
「少なからず打ち合いの太刀筋には性格や現在の精神状況が出ますね。」
「私はどう見えるんだ?」
「お耳に優しい内容ではございません。」
聞かない方がよろしいですよ、と仄めかすのだが。
「ぜひ聞きたいな。」
「...何か悩みがおありの様に感じられます。
我慢されている事がおありでしたら、
代償行為などお考えになったらいかがでしょうか。」
「代償行為はちょっとまずいかな。」
よく分かるものだな、と歎息したアーサーだったが...
「しかし、次代を担う王子が我慢したり悩んだりと、
情けないだろ?笑ってくれていいよ。」
「何を仰いますか。誰でも世界と自分を擦り合わせる為の仮面を被っています。
悩みを隠せるのは大人でご立派です。
大体、そのお年で物事何でも自分の思い通りになるなんて思われているなら、
むしろそちらの方が群臣皆恐怖を抱くでしょう。
健やかにお育ちの事、臣下として嬉しく思います。」
「まあ何でも出来る方が良いとは思うけど...
ありがとう。」
「それにしても、未熟な身で皆様に心配をおかけした事をお詫び申し上げます。」
「いや、君がいてくれて助かった。
約束通り、お礼はするよ。」
「死んでないから良いですけどね。」
「そうはいかないよ。忠誠には正当に報いないとね。」
にこっとエレノーラは笑った。
「ありがとうございます。
期待はしておりませんので。ご随意に。
頂ければ領地に戻った時に誇りと致します。」
そしてカーテシーをしてさっさと立ち去った。
アーサーの目の前でそよ風が吹き去っていった様だった。
ふと気になったのは、「誰もが仮面を被っている」の言葉だった。
彼女も仮面を被っているのだろうか、ならそれは何か...
もちろん、王都の社交界と学院内に流れる彼女の悪評、
それを気にしていないと見せかける強気の仮面だろう。
アーサーの隣にいたマイク・ヘイスティング伯爵子息が言った。
「なあ、アーサー、あいつ、領地に帰れると思うか?」
考えるまでも無く、アーサーは即答した。
「無理だな。即魔法院に連れて行かれ、
もう二度と王都を離れられないだろうさ。
どう見ても既に魔法学院最強の魔法師だ。
10年に一人どころじゃない才能の持ち主だからな。」
彼女が領地に帰りたいなら気の毒だが、
魔法学院生徒としては最高の栄誉だろう。
そういう価値観を持っているなら、の話だが。
Chromebookで書いているのですが、
時々止まって文字の表示が出なくなるので困ります。
イベント短かったかな?
短いと思ったらごめんなさい。