1−27 下級魔獣討伐演習(4)
次の黒狼の群れは5匹だったので、エレノーラも最初から戦闘に参加した。
エレノーラと組んだロジャーはずぶ濡れになった。
彼が抑えた黒狼をエレノーラの短槍の水魔法でダメージを与え、
2人で止めを刺すやり方だったのだ。
「生乾きですみませんが...」
ドライの魔法で少し乾かす。
「何で生乾きまでなんだ?」
「あまり制御が上手でないので、
乾燥肌で済めば良いんですが、場合によっては血液やら筋肉まで乾いてしまうので...」
「いやあ、生乾きで十分だよ。ありがとう!」
やがて路上に、10ft程の長さを持つ岩が現れる。
「岩蜥蜴ですか、節操ないですね。」
エレノーラが思わず口にすると、ニールが訊ねる。
「何が節操なしなんだ?」
「私が聞いた話では、岩蜥蜴は岩場から離れないそうです。
だから追われたら岩場から離れる様に言われています。
この近くに岩場が見当たらないので、誰かが連れてきたと思われますが、
黒狼と岩蜥蜴、意図が見えないと思って。」
「意図は明らかだろう?
なんで岩蜥蜴と戦わずに逃げろと言われたか覚えているか?」
「あ、剣が通じないから...」
「そう、これを連れてきた者は、ここから先に進ませず、
引き返させようとしているんだ。」
とは言え、剣が通じないのでは倒し様がない。
火にも強い。
装甲の様な岩石状の皮膚が温度も遮蔽するからだ。
道を外れ、林の中を迂回すべきか...
のそり、と岩が動いた。
首をこちらに向け、ここからは認識できない程小さな目でこちらを見つけた様だ。
ずしん、と足音を立ててこちら向かってくる。
ゆっくりと。
「エレノーラ、地面を泥濘ませて進めない様にできないか!?」
「あ、それなら出来ます。」
岩蜥蜴の進行方向、騎士の前15ftほどにスプリングの魔法をかける。
吹き上がり、周りに流れる水を岩蜥蜴方向に流れる様に魔力で誘導する。
岩蜥蜴が嫌がる素振りを見せて横へ向きを変える。
「嫌がってる?」
「重いから泳げないんじゃないか?」
騎士達の言葉を聞いたニールがエレノーラに訊ねる。
「穴を掘ってそこに奴を誘導して、落とした後に水浸しに出来ないか?」
「ちょっと下がりましょう。」
エレノーラは短槍の水魔法を路上に射出し、地面を掘る。
6度も連続して放てば、14ft幅に6ftの深さの穴が出来る。
ドライの魔法で水を除去して落とし穴とする。
水があったら嫌がって近づかないだろうからだ。
「水魔法ってこうじゃないだろう、普通。」
「土魔法要らないな...」
騎士達も呆れる威力だが、
ニールやアーサーはこれだけ威力のある魔法を平気で連続使用するのに驚いた。
そろそろスプリングの魔法が止まって、水を迂回して岩蜥蜴がのそのそと歩いてくる。
「露骨に掘ってたから、警戒して迂回するかもしれませんね...」
「何なら鼻先に水魔法を食らわしてやれ。」
ところが、岩蜥蜴は何せ頑丈な生き物である。
まっすぐ進んで穴にずり落ちた。
そう簡単には傷つかないから警戒する事を知らないのだ。
その上にエレノーラのウォーターフォールが水を叩きつける。
口を大きく開けて暴れる岩蜥蜴。
「馬鹿だな、あいつ。」
「所詮蜥蜴だからな。」
開いた口にエレノーラはウォーターランスの水を流し込む。
流すだけならこれも中々の水量だからだ。
(容赦ないな、この娘)
ちょっと怖いので騎士達は口には出さなかった。
5回もウォーターランスを流し込んだ頃、
岩蜥蜴の頭が沈み、動かなくなった。
念のためもう一回ウォーターフォールの水を叩きつける。
「動きませんね...」
「迂回して先に進もう。」
「じゃあ、周囲を乾燥させますね。」
取り敢えず歩く経路をドライで乾かすエレノーラ。
それは確かに初級魔法だが、乾燥力が既に初級魔法ではなかった。
暴れた岩蜥蜴がばら撒いた水が、
3回のドライで乾いた経路を作る。
ニールもアーサーも、教師のデイブも
次々と繰り出すエレノーラの魔法の威力に愕然となっていた。
課題としてのドライは、コップ1杯の水を1分以内に乾かす魔法に過ぎないのだ。
「地面は柔らかいままですが...」
「十分だ。ありがとう。」
乾いた柔らかい地面を並んで進む事にした。
出来上がった水たまりに沈む岩蜥蜴の背中を見て、
ギルバートがそわそわしている。
ピンと来たエレノーラが掣肘する。
「ギルバート様、つんつんするのは止めて下さい。」
「斬れないと聞くと斬ってみたくなるのが男の子なんだよ。」
多分そんな事だろうと気づくエレノーラも同類なんだが...一応女の子である。
名残惜しそうに横を通るギルバート。
思わずアーサーがギルバートの腕を引っ張る。
せっかく大人しくなっているのに、元気になったらどうするんだよ!
ちなみに翌日回収された岩蜥蜴を試し切りしようとして
刃こぼれをおこした騎士は30人を超えたらしい...
幕末だか明治だかに、
兜割りというイベントがあったそうですね。
刃こぼれどころか折れないかな、刃。