1−26 下級魔獣討伐演習(3)
その日の授業開始前、
1年2組の教室で、マリーが平民仲間に話しかけられていた。
「今日はあの田舎者令嬢が居なくて気が楽でしょ?」
「は、何のこと?」
「いつも話しかけられて愛想笑いしてるじゃない、
大変じゃない?」
「うーん、そういう目で見られてたんだ...
そもそもさ、田舎だろうが貴族の令嬢をそういう言い方したら駄目だよ。
うちの領主様は言ってるけど、
“田舎だろうと王国の領土なんだから、
卑下してはいけないし、他領を貶してもいけない。
それは王の領土を貶している失礼な行為だ”
だから、私は田舎の領地を馬鹿にしたりしないよ。
そもそも、エレノーラさんみたいな綺麗な人は田舎にはいないよ?
このクラスの人で、髪と目の色を気にしないなら、
自分はあの人より綺麗って言い切れる人は何人いると思う!?
大体、実力を認められて1組の演習に参加する位すごい人なんだから、
もしかして今日活躍して王様にも認められちゃうかもしれないよ!」
マリーは本気でエレノーラを大事にしていた。
だが、普段と違いエレノーラを語る様が随分鼻息が荒かったから、
もしかして凛々しい女友達に憧れちゃうアレ?と周囲に思われてしまった。
下位貴族含め、女の子達は、二人のことは温かく見守っていこうと心に決めた。
というか、マリーは本人のいないところでフラグを立ててしまう
ちょっと困った友人だった。
そのころ王子の班の護衛を指揮する中隊長ニール・レイランドも
下級魔獣とは思えない気配を感じていた。
エレノーラとしても2つの魔獣集団が近づいているのに気づいていたので、
もう警告しない訳にはいかなかった。
「10時の方向、200ftに多分狼系の魔獣が4程度接近中です!
11時の方向にもう少し遠い集団はこちらに気づいていないかもしれませんが、
注意して下さい!」
もちろん、ニールは驚いて聞き返した。
「どういう事か!」
「私は出身地のお陰で魔獣に敏感なんです!」
領地において、
エレノーラは魔獣が出る可能性のある川向こうへ渡る事を禁じられていたが
野花が咲くのを近くで見たいと渡ってしまう様な子供だった。
但し、警戒し、それらしき物が動いた気配がすれば逃げ帰っていた為、
感覚が鍛えられていたのだ。褒められません。
「何故もっと早く報告しなかった!?」
「最初の発言を信用されなかったので、何を言っても逆効果と思いました。」
ニールは自分の迂闊さを呪った。
周囲を信用しなければ、自分もまた信用されないのだ。
「それは悪かった。他に魔獣はいるか?」
「スタート地点側に今まで2派大きめの群れが向かいましたが
殲滅された模様です。
その後処理で連絡部隊が出発出来ない様です。
応援はしばらく期待できません。」
「分かった、他にあるか?」
エレノーラはニールに近づいて声を潜めた。
「剣の教師、フレッド・ゲイル卿にいざとなれば騎士に助力する様に
指示されています。
如何しましょうか?」
「ありがとう、用があれば指示する。
7ft後ろに付いてくれ。」
「分かりました。」
ニールは騎士達に指示を出した。
「10時の方向に魔獣、
ロジャーとリッキーは林側、サミーとマシューは前方を警戒!」
「了解しました!」
間もなく林側に黒狼が4匹現れ、
騎士4人が抑え、遊撃のニールが止めを指すやり方で魔獣を減らしていたが、
エレノーラの警告が響いた。
「11時方向の群れ、こちらに来ます!」
「焦らず数を減らせ!
エレノーラ、足止め出来るか!?」
11時方向の群れを掣肘できるか、との質問だ。
「少し遅らせる位しかできません!」
「少しでいい、無理しない範囲でやってくれ!」
「はい!」
エレノーラは前方の騎士の右に立ち、
新たな群れが道に出てくる直前、ウォーターフォールを放った。
もちろん、15ft程度の幅では数瞬の時間しか稼げない。
その間に短槍を構え魔力付与でその先端に水を回転させ、
騎士に近い方から滝を迂回してくる黒狼の鼻先に水を叩きつけた。
飛びかかろうとした黒狼は20ft程転がって行った。
続けて出てきた黒狼も水の射出で同じ目にあった。
王子の班と騎士の中で、
これ以前にウォーターフォールを見た事があるのはアーサーとニールだけだった。
二人ともこんな所で1年生が上級魔法を使う事に驚いたが、
ニールには見惚れる暇はなかった。
「ロジャー、リッキー、エレノーラと共に黒狼を倒せ!」
「了解!」
エレノーラが近づく黒狼を押し戻し、
その間に2人の騎士で黒狼を減らした。
最初の群れを殲滅したニール含む残り3人も加勢すると、
2つ目の群れも倒された。
「みんな良くやった。
エレノーラ嬢も感謝する。助かった。」
「いえ。」
その騎士とエレノーラの集団に王子達も近づいてくる。
アーサーが訊ねる。
「群れが分かるのか?」
「はい、前方2分の一マイルに大きいのが一匹、
その先にもっと遠くに大きいのが居る様ですが遠い為よく分かりません。
その間に小さい群れが左から近づく事は3回ほどありそうです。」
アーサーはニールと随伴の教師、デイブ・ヘイリーに視線を遣る。
「演習は中止だろう。
問題は進むか退くかだが?」
ニールは情報が欲しかった。
「エレノーラ、戻る場合の障害はどう予想される?」
「中程度の群れが2つ、スタート地点に向かっています。
疲労の問題がなければ、彼らは撃退は出来ると思います。
ただ、我々に対する援護は受けられない可能性が高いです。
タイミング次第ですが。」
「前方には大きな群れは向かっていないのか?」
「小集団が4つ、左から右へ移動中です。
ただし、先程言った大きい魔獣が2つ、ほぼ路上にいる様です。」
「ゴール地点の方はどうか分かるか?」
「さすがにそんな先までは...」
「分かった、ありがとう。」
ニールとしては前に進むべきと思った。
「後方に戻るのは難しいと考えます。
前方路上の魔獣が何かに依りますが、
数が多いよりは対処が出来ると思うので。」
教師であるデイブは王子と騎士に判断を任せたかったので頷くだけだった。
アーサーはこういう場面は護衛の判断を優先すべきと考えている。
「では、前進しよう。隊長、頼む。」
「はっ。騎士、前方警戒!エレノーラ嬢は後ろで警告してくれ!」
アーサーとしてはここで女生徒を戦闘に参加させるのは問題があるのではないか?
と感じていた。
「隊長、女生徒を戦闘に参加させるのはどうかと思うが?」
ニールは振り返ってエレノーラを見た。
エレノーラは最初からこういう事態での戦闘参加は覚悟していたが、
王子としては学校行事の運営上問題があると考えているのは理解した。
「殿下、こういう事態です。優先順位をお間違えにならぬ様、お願いします。
いずれにせよ、殿下に何かあれば私達に帰る場所はありません。
また、騎士が崩れれば何人生き残れるか分かりません。
隊長の指示に従って無理はしませんので、
戦闘への参加をご許可頂きます様、お願いします。」
アーサーは顔を顰めた。
先程の様に魔獣の数が増えればどうしても人数が必要だし、
エレノーラが戦闘で取り乱していない以上、
戦闘参加はむしろ依頼すべき事かもしれなかったが、
やはり女生徒を危険に晒すのは抵抗があった。
彼は腕力こそないが、れっきとした紳士だったのだ。
逡巡するアーサーに、エレノーラは笑顔でお願いした。
「殿下、私も見習いとは言えスタンリー家の騎士です。
スタンリー領騎士団に、王家への忠誠を示す機会をお与え下さい。
その栄誉の前では、生命の危険など些末な問題です。」
アーサーはぎゅっと瞼を閉じて決心した。
忠誠に対するに、王族たるもの信頼で応えるべきだった。
「分かった。君の忠誠に感謝する。」
「ありがとうございます。
後、何かあったら見舞金などお願いしますね。」
エレノーラは戯けてみせた。
アーサーの顔も綻んだ。
「ああ、もちろんだ。だが、無理はしないでくれ。」
「はい。無理しなきゃいけない時以外は無理はしません。」
5人の騎士と見習い騎士1人では、
本来中級魔獣の討伐はできなかった。
普通は8人で対応する様に戦法も練られていたのだ。
因みに、下級魔獣は一角ウサギと痺れネズミを狩る予定でした。
土魔法と水魔法で足止めし、
風魔法と火魔法でダメージを与えるチーム戦。