3−25 王家の判断(2)
そのまま謁見に向かうから聖魔法部のローブを着せたのだと今更気づく。
一度タウンハウスに戻れたらいつでも逃げられる様に準備はしてあったのに。
まあ、ここからはアドリブだ。
もう聖魔法を隠す必要が無い。
光魔法の目晦ましを使い放題だ。
もっとも、その情報が騎士団に拡散されるより早い速度で逃げる必要があるが。
「こちらです。」
侍女の先導に付いていく。
こんな所は婚約者候補では入れない場所だ。
正規の迎賓室、つまり国賓等を応接する部屋の様だ。
若い侍従が大きな扉を開ける中、
侍女が先に中に入り、
部屋に入った所で私に先に進む様に視線で促す。
未婚の女性の醜聞にならない様に彼女が付いてきてくれる様だ。
ところが例の曲者王が早足で近づいてくる。
エレノーラの右手を両手で掴み、
愛想の良い、彼の場合は胡散臭いとしか思えない笑顔で話しかけてくる。
「これは聖魔法師様、此度は王都を危機からお救い頂き
誠にありがとうございました。
ささ、こちらにどうぞ。」
どこの商人だよ、と突っ込みたくなるがぐっと我慢する。
「ありがとうございます。」
エスコートの礼ぐらい言わない訳にはいかない。一応、相手は王だ。
正規の迎賓室である。
正規の会議室ではない。
大きすぎないテーブルを挟んで王と向かい合う。
とりあえず話を合わせて、
私の教会への引き渡しについてはどこかで隙を付いて逃げよう。
流石に聖女と思しき人間を教会に会わせない訳にはいかないだろうから。
「此度の事は愚息から聞いておりますが、
聖魔法師様から経過をお聞かせ願えませんか?」
教会が聖女と認めた者以外を公式の場で聖女と呼ぶ事は教会が許さない。
一方、聖女の可能性がある女を粗雑に扱った履歴があれば
後日どんなレベルの抗議が教会から来るか分からない。
だから、文官に議事録を取らせながら
聖魔法師である私に敬意を表しているのだ。
ほれ、ちゃんと演技をしろ、と曲者王が視線で促す。
こんな嫌な教師とロールプレイするのは本当に嫌だが、
お互いの未来の為だ。
「はい、
魔法学院にて大聖堂地下に発生した魔法災害を察知し、
殿下にお願いして魔法学院から魔法院にご同行頂きました。
対策として使徒召喚魔法の呪文を閲覧させて頂き、
発動しました。
本日、現場を確認致しましたが、
問題は解消されている様でした。
直後の現場の様子につきましては、
誠に申し訳ありませんが魔法発動の反動で半日昏倒しており、
そちらの報告については騎士団の方々に聞いて頂きたく存じます。」
公式な議事録に魔人を載せる訳にはいかないからそこは省略だ。
「原因についてはいかがお考えですかな?」
中年親父がこちらをじっと見つめる。余計な事は言うなよ?
と言いたげだ。分かってますよ。
「私が察知したのは
闇魔法師を終点にどこかから強い闇魔法が発動している事だけで、
それ以上の原因は分かりません。
現地の方々に伺えれば一番なのですが。」
「皆、犠牲になっておりますれば、
それも叶わぬ事ですなぁ。」
三文芝居は止めてくれ。面白くない。
「全く不幸な事ですね。」
こんな適当な相槌で良いよね?芸は期待してないでしょ?
「後は聖魔法師様の事ですが、」
来たよ。何とか時間を稼いで逃げるにはどうするか…
「召喚門の疑いのある闇魔法を使徒召喚魔法で破壊された訳ですから、
教会にお伺いを立てない訳には参りません。
ただし、現在、この国に教会首脳はおりませんので、
パルテナ帝国の教会にお伺いを立てる事になりますが、
その間、聖魔法師様はいかが致しますか?
何ならお住まいを用意致しますが?」
ぱちん、と中年親父が似合わないウインクをしやがった!
思わず開いた口を隠すのを忘れてしまったじゃないか!
そう来るか!
そりゃそうだ。
すぐに引き渡す相手がいないのだから、
王家で保護して、向こうから何か言ってくる前に結婚でもさせるつもりだろう。
聖女は結婚して廃業した前例があるから、文句は言えない。
何なら黒髪茶目の女が聖女だった前例はない、と突っぱねても良い。
私としては教会から逃げるには王家がバックに付くのが一番だし、
王家としても魔法戦力をパルテナ帝国に渡さずに済む。
教会に対してはエセックス王国内の教会が問題を起こした事を隠してやる、
と公式会談の議事録で示している。
3者が納得できる内容だ。
くそう、そういうつもりなら最初に言えよ!
ああ、返事をしないと。
「お手数をおかけしますが、お願い出来ますか?
最近、事件が多くて怖い思いをしておりますから。」
王が失笑している。酷い奴だな!そっちの良い様に振る舞ってるのに!
「そういう事なら是非。
聖魔法師様を王城にお招きできるのは光栄の至りですな。」
こうして公式会談は終わった。
非公式の謁見室に移動し、茶器と茶菓子の準備を侍女達がする。
王が手ずからお茶を入れてくれる。絶対後で腹を壊すと思う。
「まあ、この様な落としどころでご満足頂けましたかな?」
もう、そういう芝居は良いんじゃないかな?
「もう議事録は取っていないのですから、
そろそろ御子息の同級生位の扱いでお願い出来ませんか?」
「息子の婚約者扱いなら良いかな?」
1学年時の討伐後に、聖女なら王太子の后に相応しい、と言った
アーサーの意地悪い笑顔を思い出した。
彼は立場と結婚する事に嫌悪感を持っていたのだ。
思わず俯いてしまった。
「それは…出来れば殿下のご意思を尊重して頂きたく存じます。」
その時のジョージ王の眉尻を下げた優しい笑顔を
エレノーラは見ていなかった。
困ったお嬢さんだよ。
と彼は思っていたのだ。
「そこはこの後、息子に確認して貰えるかな?
昨日から君が目覚めるのを待っていたんだ。」
使者が先導して、王子の執務室の隣の部屋に連れて行かれた。
アーサーが緊張した顔で待っていた。
…できればそんな顔をさせたくない。
嫌なら嫌と言ってくれれば良い。
私ならそれなりに心を隠して生きていけるから。
「顔色は悪くない様だけど、大丈夫?
昨日は倒れたから、あまり無理をしない方が良いと思うんだ。」
ありがとう。いつも私の事を女の子として心配してくれるのは
あなただけです。
「ありがとうございます。
体調は特に問題ありません。」
アーサーが一度下を向いた後、顔を上げて言う。
「その…1年の討伐の後、
君が、誰もが仮面を被っている、と言った時、
君も悩んでいる事があると気づいてあげられなくて済まなかった。
気を配ってあげていたら、君の負担も減っていたかもしれないのに。」
1年の事なんてよく覚えているな、と関心する。
「ふふ、ありがとうございます。
でも、隠している事なんて誰にも分かりませんよ。
だから、むしろ、一昨日に私が俯いているからと
昨日、迎えに来てくださった事で十分ですよ。」
「うん。
でも、それももっと深い悩みがある事に気づけなくて済まなかった。」
何度も否定する事もないだろう。
ふふ、と笑って軽く首を振った。
アーサーも言葉に詰まってしまった様だ。
暫く視線をテーブルに向けていたが、また顔を上げて言う。
「そ、それで、その、
昨日は王家が責任を持って君を守ると言ったけど、
だからと言う理由ではないんだけれど、
その、嫌じゃなかったら、
僕と婚約して欲しい。
もちろん、聖女と結婚するという意味じゃない。
その、もっとずっと一緒にいたいと思うんだ。」
思わず目をぱちぱち瞬いてしまった。
アーサーはテーブルに視線を移してしまった。
昨日の朝の事が思い出される。
誰かと一緒にいるだけで、ほんのりと暖かくなる気持ち。
そんな気持ちに名前を付けてもいいのだろうか…
うん?嫌じゃなかったらと言ったけど、なんでだろう?
「その、何で嫌じゃなかったら、なんです?
嫌そうに見えました?」
アーサーは肩を小さく動かしている。もじもじしているのだろうか。
「その、だって、
君は王子とか王子の婚約者とかには興味が無い様に見えるから…」
そりゃそうだ。私だって立場と婚約するのは嫌だ。
「そうですね、王子様にもその婚約者にも興味は無かったですね。」
アーサーはここでがっかりするところだったのだろうが、
そうはならなかった。
「でも、1年の討伐の時に話してみて、
王子様には興味がなかったけれど、
同級生のアーサー君とは友達になれるかな、と思ったんです。」
友情エンドかよっ!
と言う突っ込みはなしで。
生真面目な二人だから、スローステップで踊っていくと思うんです。
エレノーラの物語にお付き合いして頂き、ありがとうございました。
ご覧になって分かるかと思いますが、
本作は乙女ゲーム学園を舞台にした隠れ聖女ものです。
乙女ゲーム転生ものが好きなんです。
婚約破棄とかざまぁとかには興味がなく、
学園パートで攻略対象と縁を深めていくところが好きです。
で、転生要素なしの学園ものを書いてみたんですが、
ちゃんとイベント構成を考えていなかったので、
書いていて冗長に見えてしまったんですね。
それで後半は学園パートが書けなくなりました。
一方、隠れ聖女ものですが、
数年前に流行った、転生聖女がもう二度と聖女になりたくないから、
と能力を隠す決心をする、
でも3話くらいにはもうバンバン使ってるってやつです。
それって感情移入出来ないですよね?
自分の命がかかってるのに人助けしないよ、って思うんです。
そんな状態でも聖女の力を使うとしたら、本当に最後の最後だと思うんです。
なのでこういう話を考えましたが、
よく考えるとそれだと主人公は最後まで活躍しないという、
読者受けしない話になりますね。
そういう訳で、本作を書いてみた事で、
学園もの、聖女ものそれぞれについて勉強になりました。
1ヶ月くらいしたらまた22時台に何か投稿したいと思ってます。
次は大人しい主人公になるんじゃないかな。