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3−22 後始末(3)

 悪霊。

外見は木乃伊、包帯なし。

だから苦手な人は…

と言えないんです。

エレノーラの内面を書くのがこの物語だから。

 急ぎ王城に戻る。

嫌な事に、この間、闇魔法師の死体を焼いた演習場の近くに

ノエル・アップルトンの死体は安置されていたんだ。

つまり、そういう扱いだ。

犯罪者の死体。

最後に聞いた彼女の言葉が思い出される。

彼女は私を糾弾した。

「人殺し」と。

その彼女が犯罪者として扱われる。死体になって尚。

私は治安維持活動として闇魔法師と対峙し、

殺すことも考慮して魔法戦闘に入った。

闇魔法師に死刑にされるだけの罪があったかどうかは分からない。

でも、アーサーを守るためには殺す事も選択肢にあった。

だから人殺しと言われても反論は出来ない。

だからと言って罪に問われる謂れはないが。正当防衛なのだ。

一方、ノエルは、多分生贄にされた。

その結果数百人が死んだ。

その能力が利用されただけで殺意はなかったのだろうが、

結果は犯罪者扱いである。

自分もそういう道具として扱われた可能性もある訳で、

彼女を犯罪者と呼ぶのは、彼女が犯罪者と呼ばれるのは辛い。

他人事じゃないんだ。


「こちらです。」

騎士が先導するが、されなくても分かる。

それほどノエルの死体の状態は酷いものだった。

瘴気が出ているのだ。

地下に安置された彼女の死体から、地上まで瘴気が溢れている。

「総長…こんな物、よく王城まで持って来ようと思いましたね?」

「睨むなよ!昨日はここまで酷くなかったんだよ。

 こんな状態じゃ持って来れないぞ!?」

ああ、さすがに女神の神力で殆ど浄化されたんだ。

それで収まってたのが一晩でこれか。

恐るべきは人間の怨念である。

さすがにこれじゃあ中に入れない。

まず周囲の空気を聖魔法で浄化する。

階段の下の方に向けて光が伸びてゆく。

ぎゃああああああああ…。

悲鳴が地下から聞こえてくる。

「殺ったのか?」

総長…もうとっくに死んでるって。

「死んでる筈なのに、悲鳴を出すんですか…

 昨日はどうでした?」

「反応はなかった。

 確かに死体だったんだ。」

「でも浄化出来なかったって言いましたよね?」

「ああ、怨念は残ってるらしかったが、昨日は只の屍だったんだ。」

頭をひねる二人に同行するランディーが促す。

「エレノーラ、見てみれば分かる。入るぞ。」

「はい…」


 棺の安置用の棚は3段になっていた。

たった一つの棺が置いてあり、それは棚から落ちて、

横を向いた棺から貫頭衣を着た死体がこぼれ落ちていた。

貫頭衣から覗く手足は正真正銘、骨と皮だけだった。

もちろん顔も干からび、頭骨に皮が張り付いているだけだった。

邪教の信徒が復活を望んで死体を乾燥保存する、

そんなおぞましい死体と同様の状態だった。

闇の大魔法に生命力を全て吸い取られたんだ。

染み出る様な音が棺の中で反響し、禄に物のない安置室内でも反響した。

「痛い…苦しい…何でこんなに苦しまないといけないの…」

死体である。

水魔法師としての感覚がこの物体を死体と断ずる。

聖魔法師としての感覚がこの物体の生命活動を否定する。

それでも音はするのだ。

これが怨霊という物だ。

そうは言っても、声がする以上、思わず声をかけてしまった。

「ノエル…」

「誰かいるの…助けて…苦しいの…」

この部屋自体に縋り付く様な音がした。

微かな魔法子の流れが、この現象が魔法的なものである事を示した。

よく見ると、頭脳に闇魔法の痕跡があった。

一方、骨と皮には聖魔法の痕跡があった。

だからこの怨念を作る方法が分かった。

聖魔法師の脳だけ闇魔法師化したのだ。

すると、聖魔法師の体が闇魔法を感じて苦痛を感じるのだ。

その体中で感じる苦痛が何かにしがみついて助けを求める。

そうして地縛する怨念を作ったのだ。しかし、それだけで怨霊化までするか?

普通は頭脳から神経系を通して闇魔法が全身に回る筈だが、

頭脳付近で闇魔法が留まり、体には流れていかない。

そのおかげで全身闇魔法師化していない。

首に魔法の伝達を阻害する呪いがあるんだ。

つまり、シンシアの魔法障害はこの召喚門の部品を作る為の魔法を

流用したものだった。風魔法師にそんな事をした理由は分からない。

「ノエル…誰があなたにこの魔法を施したか覚えている?」

「そんな前の事覚えてる訳ないじゃない!

 ずっと苦しいんだから…早く助けて…」

まる1日体中が苦しむ、その苦痛と嫌悪感が彼女から時間感覚を奪ったのか。

それともとっくの昔に停止した生命活動が彼女から知能を奪ったか。

秋の初めのこの季節である。

とっくに脳は腐敗を始めていた。

瘴気のおかげで蝿が近寄らないから原型を留めているが。

「ノエル…教会はあなたに苦痛を与える事を選択したの。

 だから、それから逃れる術は一つしかない。」

「何でよ!

 いつも言われた通りにしてきたのに!

 大司教様もいつも私が聖女になり、王妃になるのだから

 頑張りなさいって言ってくれてたのに!」

瘴気が吹き出した。なるほど悪霊だ。

「上手く出来ていないからと叱責されなかった?」

「そんな事ない!

 この間も上手く行っているからそのまま頑張りなさい、

 って褒められたのに!」

「大聖堂の地下で何があったか覚えている?」

「大聖堂の地下になんて行ったことない!

 そこは下働きの人間が働く場所だから

 高貴な人間は入ってはいけないと言われていたもの。」

眠らせて運びこんだか…

おまけに地下が正しく地下活動の拠点だったと。

これ以上の情報は得られそうにない。

彼女は判断力を持たない人形として育てられ、使えないから捨てられたんだ。

「ノエル、あなたは現世に執着しているから死に囚われないの。

 何があなたをここに踏み留まらせているの?

 何を望んだの?」

「望みなんて一つに決まってるじゃない!

 聖女になれば王妃になれる!

 だから聖女になれる様に言われた事を頑張ってきたのよ!」

…魔法の授業で彼女を盗み見ていると

少なくとも聖女の条件である魔法では頑張っている様には見えなかった。

まだ水魔法で努力しているキース・クロムウェルの方が頑張っている。

暑苦しい頑張り方だが。

「聖女になるには私欲に紛れない清い心や闇に立ち向かう勇気が必要だけど、

 それはどうなの?」

「大司教様に言われる通りに振る舞うのが聖女への近道に決まってるじゃない!

 だから言われる通りに振舞ってきたのよ!

 もう少しで聖女になって王妃になれるんだから!」

……生きる目的が聖女の向こうの王妃なのか。

それにしても彼女は私を認識していない。

結局最期まで他人だったのだ。

それなのに彼女が私を人殺しと罵ったのは、

やはり王子につきまとう羽虫と思われたからか。

得意気に闇魔法師を殺した事を報告している様に思われたのか。

自分が闇魔法師と戦い倒す事を想像出来たなら、

その時、得意顔が出来るかどうか分かるだろうに…

結局、彼女とは同じものが見れないカードの表裏なのか…

とはいえ、それは教会の聖女教育が問題なのか。

人は良い親に育てられれば良い子供になる。

良い師に出会えれば良い生徒になる。

良い職場の先輩に指導を受ければ良い後輩になる。

彼女の問題はこんな聖女候補を育てた者達にあるのか。

問題が分かったところで遅すぎる。

死者に命を与える事は出来ないのだから。

「ノエル。

 あなたは聖女になれないわ。

 あなたの中に、聖女は住んでいないんでしょ。」

人は他人と交わり、あるいは学び、自分の中に規範を作る。

その規範を理想として生きる。

そんな規範が育たず、ただ欲望を追求する人間は、

正しい目的地を持たない人間だ。

人を導く聖女になれる訳がない。

「何でよ!

 大司教様達に言われる様にやってきたんだから、

 聖女になって王妃になるのよ!」

だからさ、聖女になるのが目的じゃない人に聖女は務まらないでしょ。

聖女の心を持ってないんだから。

「その煩悩と苦しみを永遠に終わらせてあげる。

 神よ、とこしえなる愛と平和を司る者よ、

 光と闇と清らかなる風と淀む隙間に満ち満ちし煩悩に染まり

 さ迷えるこの魂を救い給え。」

浄化魔法は初級魔法である。

伸ばしたエレノーラの右手の先から放たれる光がこの遺体安置書を満たす。

その時、ここに闇は存在出来なかった。

こんな圧倒的な威力は初級魔法ではない。

悪霊さえ存在を許さない聖性が空間に満ちた。

いやあああああああああああああ……

断末魔の叫びが部屋に満ち、消えていった。

こうしてノエルの心の残渣は、

ノエルだった物体と共に永遠に消滅した。


ブライアンが聞いても、

聖女候補の言葉は全く聖女の候補に相応しい言葉には聞こえない内容だった。

どちらにせよ悪霊だ、浄化する以外にない。

おつかれさん、と声をかけようとしてエレノーラを見ると、

まだ終わっていない事が分かった。

エレノーラが胸の前で指を結んで、

必死の表情で祈りを捧げていたからだ。

 ノエルの事を悪く言いたくない。

私も、エレノーラも。

単に世界の構図が彼女を悪役に配しているだけだから。

バランスが変われば彼女が主役になったかも…

という物語はない。

だって、女神がエレノーラを王都に配置したのは

こんな教会が人々を支配するのを嫌ったから。

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