3−21 後始末(2)
大聖堂の広い廊下を歩く。
でもここの看板設備である大祭壇のある中央礼拝室に入る事はない。
装飾の少ない通路に入り、装飾の無い階段を降りる。
元聖女候補のノエル・アップルトンが闇魔法の一端を担っていた部屋は、
薄汚い通路を通った先の埃っぽい物置部屋だった。
犠牲者、という言葉が浮かぶ。
彼女が聖女の栄光を求めた先に辿り着いたのは、
薄汚い物置部屋で闇魔法の生贄にされる末路だった。
とても他人事とは思えなかった。
私が怖れていたのはこんな最期だった。
誰にも惜しまれず、むしろ嘲笑されて非業の最期を遂げる。
世界と人々を呪いながら。
しょせんは道具、その最期には相応しいのかもしれないが。
瘴気は漏れていなかった。
闇魔法に付き物のあの嫌な感じもしなかった。
それでも空間の非連続点がある。
とても小さいけれど、確かに違和感があるのだ。
近づくとそれが違和感ではない事に気づく。
視線を感じるのだ。
聖魔法は光魔法とも言われる。
発光現象が伴う事もあるが、
光を操り闇魔法に対抗する呪文も上位魔法ではあるらしい。
私は読んだことが無いが。
だから、呪文なしで工夫をする。
穴に正対してアイスウォールを作る。
そして、穴に聖属性の屈折の魔法をかける。
つまり光魔法だ。
そして、視線の相手をアイスウォールに投影する様、調整する。
アイスウォールに投影された映像は、多分人の映像だ。
黒い上下の服を着て、どことなく上品な椅子に座っている。
細長い足を組んでいる。
実際のサイズが分からないから細い足なのか長い足なのかは不明だ。
端正な顔は闇色の瞳を持ち、闇色の髪を持っていた。
凛々しい顔は若い男性に見える。
口の端だけほんのり上に上げて、微笑している様に見える。
それが多分、人、という言い方になるのは、
両耳の上にぐるりと1回転している角が生えているからだ。
冷ややかな威厳を帯びたその人物に敬意を払わない訳にはいかないだろう。
「許可なく閣下にご挨拶をする無礼をお許し下さい。
エセックス王国辺境を守るジェイムス・スタンリー伯爵の娘、
エレノーラ・スタンリーにございます。」
「良い。
聖女が私に謙る理由はない。」
「礼儀にございますればお気遣い無く。
更に無礼を承知でお伺いするご許可を頂きたく。」
「良い。
続けよ。」
「昨日、この地で人間の闇魔法師が関わる闇魔法を排除致しましたが、
本件は閣下の謀にございましょうか?」
「私の知るところでは無いな。
これは私の望むところではなく、
あくまで人の望みに応えて一部がしている事だ。
人がそれを排除するのは人の領分である。」
「心強きお言葉を頂き、
感謝に堪えません。」
「良い。
それも聖女の努めだろう。
あくまで人の望みに応えているので止める事は出来ないが、
そなたの未来に幸多かれと祈っている。」
「ありがとうございます。
そろそろこちらの地に闇魔法の影響がないとは言えず、
封鎖処置をさせて頂きます。」
「苦労をかけるな。
また会おうぞ。」
「その機会がありますれば。
それでは失礼致します。」
アイスウォールを蒸発させ、
光魔法を解除する。
とりあえず初級魔法の浄化魔法の呪文は以前覚えた。
それを大出力で放つ。
物置部屋は光で満ち、光が消えた後、
空間の非連続点は消滅した。
ブライアンが叫ぶ。
「何だ、あれは!」
「あちらの住人でしょう。」
「何者か知ってるみたいに喋ってたが、何者なんだ!?」
「そりゃあ魔人の上位者でしょうよ。
部下が勝手にやってるって言ってたから。」
「普通に喋る相手かよ!?
何か凄く威厳があったぞ!?」
「普段、宰相相手に喋ってる総長が何言ってるんですか。
多分宰相とか王とかその位の地位の人ですよ?」
「こっちの宰相も王も曲者系だが、
あれは何かやばそうだったぞ!?」
「やばそうでしたね。敵対したくないですね。
だから下手に出たんですってば。」
「だからなんでお前はそんなに冷静なんだよ!?」
「もう済んだ事だからぐだぐだ言うのは止めましょうよ。
次が待ってるんだから。王城に戻りますよ?」
「お前、絶対感覚おかしいぞ!?」
普通に怖かったって。
でも、闇魔法関係の偉い人なのに…
嫌な感じがしなかったんだよ。
闇魔法に嫌な感じがするのは、悪意が載っている場合だけなのかもしれない。
現地司令官から礼を言われる。
お疲れ様でしたと労いの言葉も頂く。
下っば魔法師としては恐れ多いと言うか、
好ましくない雰囲気を感じる。
いや、向こうは好意的に言ってくれてるのは分かるんだが。
基本認識が嫌なのだ。
馬車に乗り、王城へ戻る。
「ランディー様はどう思いました?
空間魔法になるのでしょうか?」
「厳密には空間魔法ではないだろう。
空間情報を伝達しただけだ。
この場合は光学情報と空気圧情報だけだろう。」
「何故そんな事を?」
「はぁ…自分で考えろ。
相手は、また会おう、と言ったんだぞ?」
「あ…」
”聖女”に会おうとしたのだ。空間に目印を付けて。
「メッセージを伝えようとしたのですね。」
「そうだろうな。
人類と魔人達との全面戦争を望んでいないのだろう。
まあ、良い事だ。」
「そうじゃない人達もいるのですが。」
「まあな。」
「この場合は生贄がいらないのですね?」
「座標はもう分っているのかもしれないな。
だからと言って、生贄なしで召喚門が開ける訳でもないのだろう。」
「生贄には闇魔法の目印以外の目的があると?」
「おとぎ話の空間魔法と収納の違いを考えてみろ。」
「空間魔法は人が通れる、
収納は物が数種類、同じ物は複数入るが命ある物は入らない。」
「その違いは何に由来すると思う?」
「目的の違い?」
「そうだが…
収納は有限だ。そして決まりきった物しか入らない。
つまり、空間魔法ではないんだ。」
「じゃあ、どうやって物を収納するんですか?」
「まあ、空想物だから理論的にありそうな物を言えば、
名前と個数という情報しか収納していないんだ。」
「え、では物は?」
「入れる時に中間物に戻す。
出す時に中間物から作る。
だから命ある物は収納出来ない。
情報化し復元する事が出来ないからだ。」
「えー…」
変な事をよく考えるなこの人。
「召喚門も同じだ。
あちらから何を出すか情報を送る。
それをこちらで復元する。
その授受する情報量が生贄の能力に制限され、
復元も生贄の能力に制限される。
瘴気を復元し、魔獣を復元するには闇魔法師か聖魔法師が必要だ。」
「闇魔法師なら分かりますが、聖魔法師が何故?」
「聖魔法師も浄化で瘴気を変化させられるから、
瘴気に戻す事も可能なのだろう。
生物も治療で変化させる事が出来る。
だから魔獣を復元出来るんだ。」
「瘴気は置いておくとして、
魔獣は何を中間物として作るんですか?」
「召喚門は4回…今回含めて5回だな。
全て都市で発動している。
共通する周囲に最も多くいる生物は人間だ。」
「毎回アンデッドが最多の敵になるんですか?」
「はぁ…人外の治癒力がある魔法師が生贄なら、
人体を魔獣に作り変える事も可能なんだろうよ。」
「え…
では元人が魔獣になって人を襲うと?」
「魔獣の肉体は復元出来ても、
心は復元出来ないのだろう。
だから生まれたばかりの気ままに暴れる魔獣になると思う。」
「心は何故復元出来ないのでしょう?」
「心は肉体に依存すると考える。
脳を破壊されれば心も破壊されるからな。
そして、おとぎ話で死者を復元しようとすると
必ず復元される物は傀儡で、古い魂はそこに入らない。
死体を魔法で動かしても
心が依存していた生命活動が既に停止しているから心は戻らない。
人を元に魔獣を復元しても、魔獣の心を構成していた物質と厳密には違うから
心を復元出来ないのだろう。
5次元の魂が体を動かしているというのは間違っていると思う。
3次元の生命の数と5次元の魂の数が丁度同数なんて事はないからな。」
「人口は年々増えていますからね。」
「そういう理由で、悪霊というのは何らかの理由で古い肉体または
場所に心の残渣が残るだけだ。
もうその記憶も理論も更新されない。
この世に対する未練という人としても核部分しか残っていない。
実際見た事はないが、
王城に安置してある聖女候補が怨霊として何か語る事があったとしても、
それは未練とか妄執とかいう類だ。
まともに考えるとダメージを受けるから気をつけろ。」
…そう言って流せるものなら楽なんだけど…
こんな調子でもう少し続きます。
そこはテーマでもあるので。