3−16 召喚(2)
魔法院に到着したが、一先ずアーサーから総長に
大聖堂の魔法災害に関する緊急会議招集の連絡を入れる。
その間に1階会議室を借りてアーサーが命令書、連絡書を書き、
騎士団と王室に走らせる。
それが終わった頃、総長の使者がやって来て、総長室近くの会議室へ案内する。
ブライアン・ノット魔法院総長、聖魔法部長、ランディー・アストレイが出迎える。
「大聖堂の魔法災害と言う事ですが、どういう事でしょうか?」
「エレノーラが大聖堂の魔法災害を検知した。
至急確認と対策検討が必要だ。まず調査部隊の派遣を命令する。
これを見てくれ。」
総長が命令書を確認して聖魔法部長に命令する。
連絡員が聖魔法部に走り命令を伝えに行った。
間もなく騎士団と合同の調査部隊が出るだろう。
情報入手が全てに優先されるのだ。
「それで、エレノーラが検知した内容と言うのは?」
「エレノーラ、説明してくれ。」
「はい。
大聖堂地下で元聖女候補のノエル・アップルトンが闇魔法師化し、
召喚門らしき闇魔法の一端を担っています。
瘴気が噴出し、レイスと思われる霊的魔獣が出てきています。
大聖堂内に強い聖魔法師はおらず、遠からず大聖堂は全滅します。
その死者がアンデッド化する怖れがあり、
至急対策が必要と思われます。」
これで総長がキレた。
「お前、制服って事は学院に居たんだろ!
10マイル離れてなんでそんな事が分かるんだよ!
大体、お前は隠し事が多すぎる!
何でそんな事が分かるのか言ってみろ!」
予想された事だ。エレノーラも覚悟していたのだが…
声を絞りだす。
「…それは…私の第1属性が…聖魔法だから…」
顔がどうしても下を向いてしまう。
「何ぃ!
何で黙ってた!」
「言える訳無いでしょ!
教会が既に聖女候補を決めているのに!
その娘より私の方が聖魔力が上だなんて言ったら!
殺されるか、殺されるより酷い目に遭わされる!!」
エレノーラは両手で顔を覆って下を向いてしまった。
ブライアンは漸く気付いた。
エレノーラが聖女に詳しかったのは、それが自分の末路だからだ。
まだ表の聖女になれるなら良い。
聖女の影として使い潰されるか、聖女の障害として抹殺されるか。
表の聖女になるはずだった女が今は哀れな生贄になっていると言うのだから、
裏の聖女がどんな目にあうかは想像するまでもない。
ランディーは彼女が隠していた事は何とも思っていない。
「気にするな、気付かない方が悪い。」
「手前!気づいていて報告しなかったのか!!」
「気づく訳ないだろう?
そいつは使わない時は全く魔力を出さない。
聖魔法を持ってるなんて誰にも分からないさ。
教会だって分からなかったんだろ?」
「だったら何で分ってたみたいな事言ってんだ!」
「そのクソ真面目な奴が、適性検査をした時、
聖魔法と闇魔法の時だけは全く魔力を出さなかったから、
手を抜いたのが分かった。
なら、こんな事だろうと想像するだろ?」
一瞬室内が沈黙した。
ランディーは魔法に関しては真面目を通り越して偏執狂だ。
そんな男にクソ真面目と言われた人物って、終わってないか?
と誰もが思ったのだ。
意図せずランディーが空気を変えたのだ。
「だから、一見で魔法を使える様に無理な指導をして来たんだ。
呪文さえ用意すれば出来るだろ?」
エレノーラとしては沈黙するしか無かった。
とっくにバレていたんだ。
やっぱり王都になど来るのではなかった。
アーサーは漸くここ数日エレノーラが俯いていた理由を悟った。
次の襲撃があった時、もう水魔法では対応が出来ない筈だ。
その時、世界を守るか、自分を守るかを決断出来ずにいたんだ。
その彼女が今ここにいる。
その決意に自分は応えるべきだ。
アーサーは未使用のハンカチを持ち、
エレノーラの手に触れた。
「エレノーラ、ハンカチを使ってくれ。」
エレノーラはハンカチを受け取り、涙を拭く。
「君に迷惑をかけて済まない。
君の事は王家が責任を持って守るから、
今は君の力を貸してくれ。」
エレノーラはハンカチで眼を覆ったまま、
頷く事しか出来なかった。
「総長、命令書を書く。
聖魔法上級魔法の閲覧許可をエレノーラに与える。
総長、聖魔法部長、ランディー・アストレイはエレノーラを補佐して
聖魔法にて大聖堂の魔法災害鎮圧に対応してくれ。」
全員が頷いた。
アーサーがエレノーラと魔法院側3人の聖魔法上級魔法の閲覧許可書を
記入する間に、状況把握をする為にブライアンが訊ねる。
「大聖堂の状況はどうなっている?」
少し眉を顰めた後、エレノーラが言う。
今の一瞬に大聖堂内を認識したらしい。
「地下と1階には生存者はいません。
2階、3階にも瘴気が溜まりつつあり、
そちらに逃げた者も助からないでしょう。
まだ外にはレイス、アンデッドは現れていません。
瘴気が足りないのでしょう。」
「召喚門の魔法自体は強さに変化はないか?」
「元聖女候補のノエルの魔力に制限されているらしく、
強くはならない様です。」
ランディーが口を挟む。
「聖女候補は生贄なのか?」
「分かりません。
実態は闇の大魔法をこの地に縫い付ける錨の様な用途で使われています。」
近くで聞いていたギルバートは思う。
エレノーラは騎士だから、犯罪者側のノエルには容赦ないな。
物扱いだし。
「何故聖女候補が闇魔法師化したのか、
聖魔法師のままでは錨に使えないのか分かるか?」
「一つ言えるのは、怨念の様なものを感じる事です。
怨念で地縛霊の様になり、この地に根を下ろしているのかもしれません。」
「どんな怨念か分かるか?」
「心を読む能力は私にはありません。
だから分かりません。」
「例えば、友人を殺されたとか?」
思い当たる人物が一人いるが…
「まさか、教会の表の顔の聖女候補と、
裏そのものの闇魔法師が顔を合わせるとは思いません。」
「何を今更。
聖女の闇が教会一番の闇だ。」
それはそうだけど…
ランディーは本当に情も容赦もない。敵に対してだから仕方がないけど。
ところが、ランディーに情はあった。
証拠もなく闇魔法師の破壊工作員が聖女候補の友人だった等とは思っていない。
ただ、そう言えばエレノーラがノエルにかけられた暴言が無効化すると
思ったのだ。
仲間を殺された悪党に暴言を受けても気にする事はない。
そうこうして命令書が完成した。
魔法院書庫の3階層に皆で向かう。
アーサーが訊ねる。
「今回の事態に、対応出来る上級魔法は何だと思う?」
ランディーが応える。
「召喚門に対して効果を発揮した唯一の魔法は使徒召喚です。」
エレノーラの顔色が変わった。
それは最強の聖女である初代ですら発動後、丸1日昏倒を続け、
そのダメージが一因で失踪したのではないかとさえ言われる大魔法。
そして二人の女が発動できず全てを失った運命の魔法だからだ。
聖女である自分から逃げ続けた結果、
最悪の魔法に辿り着くのが自分の運命なのか…
作品中はまだ秋の始めの頃なので、
地縛霊も風情があって良いですよね。