3−12 王妃の呼び出し
翌日も魔法学院は休みだった。
昨日の検証で闇魔法の残渣は見つからなかったが、
貴族議会と学校側から闇魔法師が通った全ての場所を浄化する様に
依頼があったのだ。
聖魔法部は非常勤の者も総動員で浄化にあたった。
もちろん、教会から協力の申し出は無かった。
そういう訳で朝はスープとパン粥をともかく流し込んだ後、
王城の呼び出しに応えて出かける事になった。
恐ろしい事にアーサーが迎えの馬車に乗って来た。
今の精神状態で彼に対して笑顔の仮面を被れる自信がない…
「おはよう、昨日は体調を崩したと聞いたけど、
今は大丈夫?」
「…食欲がなかったので昨日は立っているのが辛かったんです。
今朝はお腹に入れていますので大丈夫です。」
アーサーが私を見る。
笑顔を作る自信がないから、手元を見る事にした。
「体調が戻らないところに済まない。
母が一度会いたいと言い出して。
調子が悪い様なら僕が断るから。」
「いえ、大丈夫です。
ただ、粗相をしないかが心配で…」
夏休みの結婚式で一目見たが、
穏やかそうな人には見えても何しろ王妃である。
王の謀は知らないにせよ、普通の人間ではない。
「体調が悪いことは事前に伝えるよ。
緊張して辛い場合は離席も許可して貰える様にする。
だから心配しないで。」
「ありがとうございます。」
いつもより心配をかけている様だ。
でも、強がるだけの心の元気が今の私には無い。
また王城で着替えさせられ、初めて王妃専用の応接室へ入る。
抑えた華やかさが上品だ。
抑えているのにどこで見たものよりも華やかだ。
王家の気品を部屋が現している。
「ご挨拶をするのは初めてね。
アーサーの母のクローディアです。」
「初めまして。エレノーラ・スタンリーです。」
王妃の穏やかな微笑みは
ハワード家とハットン家の結婚式の日に見せていたものより暖かく見えた。
それが王妃としての仮面なのか、
息子の友人に対する親愛の感情なのかは見切れない。
社交が私の弱点である事を痛感する。
それが元々重たい心を更に重くする。
笑えている気がしない。
「いつもあの子と仲良くしてくれてありがとう。
あの子はあまり女の子と仲良く出来ないでいたから、
心配していたのよ。」
胸がずきずき痛む。
だって私はただの道具じゃないか。
仲良くしたって未来は無いんだ。
震える唇が漸く音を絞り出した。
「こちらこそ殿下にはいつもお心配りを頂いて、
お礼の言葉もありません。」
「すこしお茶で喉を潤しましょうか。」
「ありがとうございます。」
私の状態を見かねて間を置いたんだ。
ティーカップの水面が揺れて止まらない。
口を付けるが味がしない。
落ち着く気配のない私に、王妃はもう本題に入る。
「悪い話をする気はないの。
心配しないで。
本当にお礼の言葉を伝えたかっただけなの。」
礼を言われても仕様がない。
多分もう未来は決まっているんだ。
もうすぐ終わりが来る。
もう顔が上げられない…
「何度もあの子を守ってくれてありがとう。
本当に感謝しているの。
政事に関わることであなたが傷ついている事も知っているけど、
それは男の人のする事だから私には何も出来ないの。
それは申し訳なく思っているのよ。」
そんな情のある言葉は言わないで!
結局未来は決まっている。
人にはそれぞれ役目があり、それからは逃げられないんだ。
そう、まだ私は逃げたいんだ…
お礼を言われる様な人間じゃない…
「何を言っても救いにならないのかもしれないけれど、
あなたの周りの人達が全てあなたに悪意を持っている訳じゃない事は
覚えておいて。
もう少し踏みとどまって欲しいの。
それは辛い事かもしれないけれど。」
辛いの辛くないのじゃない。
それが私の努めだから。その時までここにいないといけないだけ。
「ごめんなさい、もう一つだけお願いがあるの。
アーサーが待ってるわ。
出来ればあの子に心配をかけない様に、
笑って欲しいの。」
そう。彼に心配をかけちゃいけない。
笑おうとした。
顔が強張っただけだった。
「時間を割いてくれてありがとう。
少し休んだ後、アーサーに会ってあげて。」
こうして王妃とのお茶会は終わった。
エレノーラの状態は酷いものだった。
普通に考えたら王子の婚約者候補としては落第点だ。
それでも王妃の言葉に嘘はなかった。
(アーサーの為に笑って、と言ったら笑おうとはしてくれたのだから、
嫌われてはいないわね。
良かったわね、アーサー。)
婚約者候補が決まらないのは、ギルバートが気づいている通り、
王子も令嬢もその気にならない事が原因だった。
だから時間をかけて交流を深めようとしたのだ。
その中で一番交流を深めた相手を王家は当然把握していた。
ただ、もう少し王が時間を欲しがったのだ。
嫌われているのは腹黒王です。
親父憎けりゃ坊主も憎いとなっていると困るので、
ママが言葉をかけた訳です。
アーサーがいつまでもおぼっちゃまなのは
ママとパパが過保護な所為でしょうね。