3−11 騒動の余波
時間は前後する。
エレノーラが闇魔法師の死体のアイスボックスによる封止で動けない時、
教室に戻った生徒達の話題は闇魔法師の呪いに対する恐怖と、
それに対処する筈の聖女候補の失言に対する不平不満で一杯になった。
女生徒の中には死体を見てショックを感じていた者も少なくなかったが、
聖女候補が闇魔法師の肩を持ったと感じて全て吹き飛んだ。
普通の人でも闇魔法師を倒した者を批判するのは気が引ける。
闇魔法師は人類の反逆者なのだ。
家に帰って、あるいは寮で皆がその話題を何度も口にした。
それを聞かされた者はもちろん翌日に職場で話題にした。
前の騒動の余波で上位貴族の令嬢が誹謗中傷の対象になったのは、
民衆が権力者や立場が上の者を貶すのが好きだからである。
上位の者を貶めれば自分が相対的に上位に立った気がするのが気持ち良いのだ。
もちろん錯覚だが。
一方、民衆を最も動かすのは憎悪である。
それを知っているから扇動者は必ず敵を明示する。
憎悪する対象を明らかにし、
それが自分達の敵だから共に戦おうと仲間意識を植え付ける。
それに同意しない者はやはり敵扱いだ。
扇動者は敵と味方を分ける事で容易く人気を得るのだ。
教会はだから分かりやすい敵として闇魔法師を設定した。
それと戦う教会の象徴として聖女が設定されているのだが、
その聖女の候補が闇魔法師を倒したエレノーラを
「人殺し」
「狂ってる」
と罵倒した事は民衆にとって裏切り行為だ。
敵国を罵る愛国者と思っていた者が売国奴であると分かったに等しい。
民衆が怒りをもってこの話を最優先の話題として吹聴したのは当然の事だった。
生徒の親の職場では事件の次の日の午前中に全ての人がその話題を知ったし、
その日の夕方には官庁街、商業区域、平民街の全てに行き渡った。
もちろん尾鰭が付いた。
中には王子を守って闇魔法師に立ち向かうエレノーラに
闇魔法師を守る様に聖女候補が立ちはだかったとまで話す者もいた。
「なにそれ、本当に聖女候補?
聖魔法師じゃないんじゃない?」
「いや、教会で教育受けてるんだから聖魔法師だろう。」
「じゃ、教会の教育が悪いのね。」
「そもそも噂では本当に何も出来ない、
顔が良いだけの聖女候補だって話だよ。」
「教会も俗物揃いね。」
教会と裏で手を結んだ下位貴族は子供達にこの件を外で話す事を禁じたが、
もちろん子供達は友人宅に行ってはこの話題で盛り上がった。
親も教会に内容を確認せざるを得ない話題だった。
「聞きました?
顔だけ聖女と噂の聖女候補が、
やっぱり何も出来ない上にお仕事をした魔法師をやっかんで罵倒したって
事でしょう?」
「春くらいから上位貴族が教会への寄付金を減らしているって
聞きましたけど、何か情報があったのかしら?」
「夏休みには教会の人間が王城内で粗相をして国外追放になったって
噂もありますし。」
「教会の人間の質が落ちてきてるのかもしれませんわね。」
こんな時、王家は何も介入をしなかった。
ここまで酷い話に対し下手に情報操作しそれがバレると
「全て王家の陰謀だ」
と教会に逆襲のタネに使われる。
だから宰相府から教会を庇う意図の発表をした。
「教会と聖女に関して事実と異なる誹謗中傷を行う事は、
昼の女神に対する冒涜である。」
もちろん、民衆は裏の意味をすぐ悟った。
事実なら話して良いんだ、と。
この宰相府からの発表の意図が話のタネとなり、
再度聖女候補と教会への批判が盛り上がった。
せっかく上位貴族やその令嬢、王家の評判を噂話で落としても、
教会自体がその人気の大本を失う様では意味が無かった。
ラッセル公爵家と教会の対立に始まる、
教会の下位貴族や商人達への様々な工作による反撃態勢構築は
全て水泡に帰した。
むしろ、王都内では教会の権威は地に堕ちたと言って良い。
ジョージ王からすれば、始めから間違っていると思えた。
大事に臨んでノエル・アップルトンなどという力不足の役者に
大役を任せる段階で間違っている。
キャサリン・フィッツレイと同様、
幼いという言い訳では済まされない年齢だ。
適性もなく、言われるがままに踊る人形には
アドリブのセリフなど望めまい。
そんな自主性なき操り人形が、
人混みに隠れ、我が身を守る牙を独り磨き続けるウェアウルフに
勝る事などある訳がない。
郊外の道路の中央線の近くに
かって小動物であった物が雨に打たれていました。
行き交う車に阻まれている為か、
道端の柵にカラスが2羽とまっていました。
「オッベルとぞう」に出てくるカラスが死の象徴と言われますが、
なるほど、昔の人はカラスが屍肉を啄む事をよく見ていたのでしょうね。