2−48 2年下期の終わり
2年下期の試験に向けて、
水魔法師達は一応2年で習得する5つの中級魔法を発動は出来る様になった。
全員が必ず合格出来るレベルの魔法を発動出来る様になった訳では無いが、
例年だと全く発動した事がない生徒もいるそうだから、良い方だ。
コリン・カーライル伯爵子息がまた訳の分からない事を言い出す。
「よし、じゃあエレノーラ、一つ気合を入れてくれ!」
「えーと、皆さん頑張りましょう?」
「そうじゃなくて、みんなが試験に向けて力が入る様な事を言ってくれ。」
力が少し抜けている方が良いと思うが、それならこう言うか。
「じゃあ、相手の剣も盾も切り裂いて胴を両断する位の勢いで
振り抜いて下さい。」
「剣の話じゃねえよ!」
キース・クロムウェル子爵子息まで煩い。
「試験前に肩を上下させてリラックスしてから、
肩から腕への魔力の流れを意識しながら発動する様にしましょう。
力むより流れを意識して欲しいです。」
カーラ・ハワード伯爵令嬢が感想を言う。
「水魔法師なんだから、流れを意識した方がいい感じよね。」
「男は気合をいれたいんだよ。」
コリンがしつこい。
「じゃあ、みんな右手を握って、前に勢いよく出しましょう。
せーの、やるぞ!」
「おーっ」
何とかコリンも納得した。
水魔法師は一体感が出てきたが、土魔法師は人それぞれだ。
デビット・マナーズ侯爵子息が指導力を発揮しても、
私が教師役では纏まらない。一部が反発したままだ。
デビットには気苦労をかけてしまって申し訳ない。
そんな訳で下期の試験では水魔法師達が全般成績が良く、
土魔法師達は私の指導の成果はあまりなかった。
私の剣の成績は7番程度の様だ。
インチキで有利な割に成績が上がらない。
王子の婚約者候補の教育に時間が取られてあまり体力増強が出来ていないからだ。
その他の成績は全般良くなっているが、
幼少期から家庭教師に絞られている上位貴族に比べれば
突出した成績にはなり様がない。
11才の秋までは気ままな子供か、見習い騎士だったからだ。
土台が違う。
そんな下期が終わり、
エリカ・スペンサー公爵令嬢や他の3年生は卒業になった。
卒業記念パーティで王子とエリカが生徒同士としては最後のダンスを踊る。
ダンスが終わると盛大な拍手が上がった。
卒業するエリカへの拍手だ。
エリカが返礼に頭を下げる。
本物の上位貴族の令嬢の気品がある。
続いてアーサーが私を誘いに来る。
「さあ、行こうか。」
「よろしくお願いします。」
私も大分上達したが、エリカ程の優雅さはない。
「大分上達したよね。」
「私にしては、ですが。」
「そんな事ないよ。」
これが最後のダンスになるかもしれない。
教会の破壊活動があるかないか分からないが、
あれば最悪、命を奪われる。
静かにアーサーとのダンスの時間を味わう。
雰囲気の違う私に何か感じるのか、
アーサーも口を開かない。
「お疲れ様。」
「ありがとうございました。」
続けて、赤毛の公爵子息、ポール・サマーズが声をかける。
「一曲いかがかな?」
「喜んで。」
いつもの二人の距離だ。近くにいても距離が縮まらない。
二人共、申し合わせた訳でも無いのに無言で一曲踊る。
終わった後、壁際に私をエスコートした後、
赤毛が漸く口を開く。
「何かあったのか?」
「別に何も。」
これからあるんだよ。
「悩みがあるなら殿下とか親しい人に相談しろよ。」
「悩みがあるなら相談しますね。」
あるのは悩みじゃない。
そもそも上役からは何も言われていない。
陰謀を誘う様な陰謀が私の結婚式の出席という訳で、
誰も公式には私の生死がかかっているとは口にしていない。
赤毛は何か言いかけたが、瞼を少しの間閉じ、
「じゃ。」
と言って去っていった。
赤毛は”殿下とか俺にでも相談しろ”と言いかけて止めた。
俺にでも、と言っていればエレノーラには救いになったかもしれない。
今エレノーラが欲しいのは友人より近い距離に感じる人だ。
甘える事と甘えさせる事は同一とも言われる。
どちらも相手に普通じゃない距離を許すから。
でも親に甘えた経験が無く、
甘える事も甘えさせる事も知らない二人は、
結局、距離を縮められないままだった。
夏休みに入り、ジェシカ・ハワード公爵令嬢と
テレンス・ハットン伯爵子息の結婚式のリハーサルが行われた。
その時は教会関係者は出席しなかったから、
エレノーラは警戒しないで済んだ。
アーサーが鈍いのは、ジョージ王より危機感が足りないからでしょうね。
まだ当事者意識が足りない。だからか想像力が足りない。
そもそもエレノーラが過敏過ぎるとも言えるのですが。




