1−1 魔法学院入学
エセックス王国では、上位貴族、大商人と結託した貴族や教会による魔法師の囲い込みがあり、
下位貴族、平民の魔法師への魔法技術の展開が妨げられていた。
100年程前に王立魔法学院が開学され、
一定以上の魔法の素質のある者を通学させる事により、
魔法技術の展開が行われ、少なからぬ魔法師達の魔法技術の底上げがなされたが、
開学時の条件として、貴族議会に学院運営の寄与を許した為、
優秀な卒業生の分配は貴族の都合が優先され、
上位貴族への魔法師の集中は殆ど改善されなかった。
その結果、現在では一定の魔法技能を持つ子供が生まれる割合は、
上位貴族で二人に一人、下位貴族で四人に一人、平民では四十人に一人以下となっている。
その中で平民については二人に一人は各貴族の魔法兵として
手元に置く事は許されていた為、
王都の魔法学院は1学年4クラス制となった。
そして、魔法学院のクラスは1組が上位貴族中心、2組が下位貴族中心、
3組が平民中心、4組が若干魔力が不足している男子の騎士志望者、
とすることが不文律となっていたが、何事にも例外があった。
(え、2組?)
一応、上位貴族の伯爵令嬢であるエレノーラ・スタンリーは
クラス分けの掲示板で自分の名前が1組の中になく、2組になっているのを見つけた。
タウンハウスの祖母には「伯爵令嬢であるから1組になる」と言われていた。
長兄からはスタンリー家の王都での扱いは悪いと聞いていたが、
4つ上の長兄と3つ上の次兄が魔法学院に通っていたのを知っている祖母が1組といった以上、
2人は1組だった筈。
入学前試験で何か不味い事をやったのだろうか。
呆然としてもいられないので、教室へと向かう事にする。
クラスに入ると、金髪で毛並みの良いグループが大半で、
残りが黒髪・茶髪の垢抜けないグループだった、
当然、前者が下級貴族で、後者が平民グループだろう。
上位貴族とはいえ黒髪。茶色の瞳の一族であるスタンリー家の末娘としては、
貴族グループには入り難い。
間の席に座る事にした。
教師の説明が一通り終わった後、
教室の端から自己紹介をする事になったが、
エレノーラの自己紹介の後には嘲笑とひそひそ声が上がった。
誰もが上位貴族である伯爵令嬢が2組であることを奇異に思い、
本人の資質に疑問を持つか、或いはスタンリー家自体を蔑む気持ちを持ったのだろう。
上位貴族と下位貴族には絶対の差があるのだが、
学院側がそういう扱いをしているのである。
子供達も遠慮をしない事だろう。
エレノーラは元々、学院に通うつもりは無かった。
(植物が好きだから、薬師になりたかったのに)
学校から長期休暇で帰ってきた長兄に、
薬師になるには王都の学校を卒業する必要があるが伯爵家にはその金がない、
と聞いていたし、
貴族に嫁ぐ支度金もない事から、
地元騎士団に入って家の役に立とうと考え、
10歳から見習い騎士として仮入団していた。
見習い騎士として仮入団後に同僚の悪ガキ共をシメる為に体力強化魔法を使っており、
また呪文なしで水魔法を使える事もあり、その才を父に認められ、
急遽入学を決められたのだ。
(まあ、どうせ3年間の我慢だし、その間に魔法技能を磨かないといけないのだから、
実技の授業で魔法は問題の無いことを見せれば良いか)
と言いたいところだが、
貴族であれば、自家の子供に魔法の才があることが分かれば家庭教師を付けて
入学前にしっかり技能を磨いている。
スタンリー家の領地は王国どころか人類の限界領域である。
魔法師は王都や上位貴族に囲われており、
教師役を務められる人間が領地にはいなかった。
もちろん、魔法学院の卒業生である両親は一定以上の魔法技能を持っていたが、
人材のいない辺境の地では領主夫妻が末娘の教育に携わる事はなかった。
エレノーラは入学後に自力で他の貴族の子供に追いつく必要があった。
教師に図書室の場所を聞いて、
その日の午後から1年生の魔法講義の範囲の予習を始めた。
そして直ぐ、自分に問題があった事が分かった。
自分が教わった魔法の初級呪文が図書室の本に書かれている呪文と異なっていたのだ。
印刷技術の存在しないこの世界で書籍は基本、手作業による写本であり、
高価なものだった。上位貴族には問題がない価格だが、
貧乏なスタンリー家では領地の仕事に関わらない出費は控えられていた。
エレノーラが呪文を教わったのは入学10ヶ月前に王都に来てからで、
祖母の友人である前子爵家領主夫人が教師だった。
彼女が魔法を習ったのは多分40年前で、
勘違いなのかその間に呪文が変わったのか、どちらかなのだろう。
怒らせると目元が怖くなるが、
普段は穏やかな彼女に責任を問いたくはなかった。
魔法学院では、入学資格があるか確認する為、
学院に赴いて魔法を見せる入学前試験があった。
エレノーラも水魔法を見せた訳だが、
この呪文間違いが問題で2組になったのかもしれない。
(挽回ができるかどうかは分からないけど、
せめて周りと同等の魔法は出来る様にしよう)
学院生活のスタート時において遅れがあることが分かったのは良かった、
とエレノーラは前向きに考える事にした。
しばらく固い設定紹介です。