後悔
後悔、という言葉が示すとおり、悔やむという行為は過去の事象に対して行われる。
「おかえりなさい、あ・な・た(はぁと)」
無言で開けたドアの向こうに、満面の笑みを浮かべたヤツがいて、思わずそのままドアを閉めた。
幻覚か? 幻覚だよな! だって今時見たこともないピンクのエプロンとか着けてたし!
「何だよー、閉めなくてもいいじゃん」
がちゃり、と幻覚が音付きでドアの向こうから顔を覗かせた。
マジで幻覚だったらよかったのに、と俺は眉間に皺を寄せた。190cmに届こうかという大男の出で立ちとは思えない、というか思いたくない。
直視してみれば、ピンクのエプロンの下は会社帰りなのだろう、いつも通りのスラックスとカッターシャツなのだが、目線を下げるとピンクのエプロンのポケットに白のレースがあしらってあるのが見えた。どう考えても資源の無駄だ。
「……なんでここにいる」
苦虫を噛み締めたような心持ちで俺は呟く。こんなこともあろうかと、コイツには合鍵は渡していない。
「桂兄ちゃんが開けてくれたよー」
ちっ、と舌打ちして壁の向こうにいるであろう幼なじみを睨む。便利だからといって桂志に合鍵を預けていたのがまずかったらしい。コイツはなぜか桂志に気に入られていて(たぶんコイツが絡んでくるときの俺の反応を面白がっている)、だからこそこんなことがあることをどこかで分かっていたはずだったのに。
常識人だと思っていた俺の認識が甘かった……。
「ごはんもできてるしー、お風呂もすぐ入れるよ。でも、一番はやっぱり俺だよね?」
「阿呆」
悔やんでいるうちにも、現実は進んでいく。
結局、その夜コイツを追い出すことは出来ずに、夕食も風呂もそしてベッドまで共にすることをなし崩しに進められたのだった。いつもとしてること同じじゃん! と言われれば、俺としても返す言葉がない。
ああ、俺の静かな夜を返してくれ。
「明日は早くから出張なんだろ、なんでわざわざ今日来るんだよ」
「来てくれそうになかったから?」
「当たり前だ、馬鹿」
ああ、コイツの考えていることは分からない。
(たとえ明日世界が滅亡してもいいように、今日一緒にいるんじゃんねー)
だからこそ、選択する行動がある。
たとえ思うとおりに世界が動かなくても、後になって悔やまないために。
短編ばかりですが、ブログでもupしてます。
cantare
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