2 ナック レクサール
サイナス村にナックはすっかり馴染んだ。海の漁でも船に乗せてもらって付いて行く。
一方のあたしはジーナとタヤスガイの出汁を煮詰めて瓶詰めにしたものを大きな町に売り込みに行った。
こういうものはどうしてかハイエデンとパルザノンで食い付きがいいんだ。きっとまたミットさんが関係してるんだろう。
ジーナは高値が付いてホクホク顔だ。
機嫌が良さそうなのであたしはナックに頼まれてた冒険の話を切り出した。
「ジーナ。ミットさん達ってジーラインってとこの探検をしてるんだよね?」
「ああそうじゃ、クレハ。ワシらサイナスの系譜にとってはさして広い世界ではないがの。あちこちの町や村のものから見ればひどく広いのがこの世界じゃ。それを結びつけようと言うのよ」
「なんでそんなことするのかな?」
「これは受け売りじゃが、干魃や洪水、地震などという災害は大体近所で起きるんじゃ。距離にすれば千ケラル以内じゃろう。もしその外側との付き合いがあって連絡がつくなら、足りない食料を分けてくれと頼めるじゃろう?
そこに友達がいれば送ってやろうという気になるじゃろう?
そうやって遠いところの者達と行き来ができる。物を送る手段がある。それが飢えない世界を作るんじゃと」
クレハは目を瞬いた。
「へえー。すごいね。誰が言ったの?そんなこと」
「ガルツと言う商人じゃよ。実際にそれを進めているのはアリスさんとミットさんを中心とした周りの者達じゃがの。
そうじゃ。シルバに聞いてみるとよかろう。あれはああ見えて計画の中心におるからの」
なんか頼りない印象のシルバがそんなことしてたの?
あ、いけね。ナックの話!
「ナックもね、そんな探検がしたいんだって。世界が広がる様な。あたしもやってみたいんだ。一緒に行って良いかな?」
「ナックがそんなことをのう。あれは頭のいい子じゃ、それにどうせシルバも付いて行くじゃろう。クレハ。お前も訓練は終わっておる。構わんぞ。ミットさんにはワシから言っておくでの。
じゃがどこへ行く?」
「まだ決めてない。シルバにも相談してみるよ」
「それがよかろう」
・ ・ ・
「クレハさま、テトラインはどうですか?レクサールの大峡谷で恐らくは不通になっていますが、あれをどうにかできるなら、たいへんな偉業です。トリライン一本でもこの世界の1/20でしかないですが、それでも広大な地域への移動手段が確保できます」
シルバがこの間の授業でやってたトリライン。確かなのは大きな風船の極々一部でしか無かったこと。
でも。
「やっぱりチューブ列車なの?」
「そうですね。今この世界には遠くへ行く方法が5つあります。
一つは昔からある馬車。ですが道がなければ行けませんし移動時間も大変にかかります。ですのでこの世界の発展にはあまり寄与して来ませんでした。
次は道路網とトラク輸送です。1ハワーで150ケラルを走るので近所の配送には欠かせません。ですがこちらも専用の道が必要です。
そしてジーナさまやクレハさまの転移ですが、できる人数がごく僅か。私の知る限りで4人しかおらず、運べる荷も少ない。こちらは補助か緊急時対応に向いていますね。
4つ目がチューブ列車です。
トラクが1度に10台運べる上速度も早い。欠点は決まった駅にしか停まらないことと、利用可能な路線が一本しかないこと。
建設済みのものを全て稼働させても3本しかありません」
うん。そこまでは知ってる。
あれ?4人って、ジーナにミットさんにあたし、あとは?
ま、いっか。
でもどれも一長一短ってとこかな?
「それで、5つ目は?」
「5つ目は転移陣です。ミットさまの知り合いに、アカメ殿という……岩?…でしょうか?
このものが遮蔽材と放射性鉱物から一方通行の転移陣を作ることができます」
あー。ジーナが言ってた遮蔽材のツボかー。高く売れるって言ってたけど、どんななんだろ?
「今のところ距離に制限がなく、一瞬で移動が完了します。転移重量にも制限はありません。ここまでのどれと比較してもその性能は高い。
ですが、遮蔽材の量が恐らくは限られています。私の持つデータに依ればこの惑星にそれほど多くの遮蔽材があるはずがありません。
また、その形状は模倣可能とはいえ、アカメ殿が作るほどの精度は望めず、事実上設置をアカメ殿にお願いするしかないこと。
要するにアカメ殿の好意に頼る方法であり、その窓口はミットさまお一人と言う点が大きな障害となります。
もっと安価に我々の手で設置可能であればいいのですが、それまでは必要最低限の設置となるでしょう」
ふうん。そうなんだ。
「以上を踏まえて、理想を言いますと長距離移動は路線のある場所ではチューブ列車、補間は輸送トラク網。チューブのない所と超長距離は転移陣で、と言うことになります。
ですので、チューブ列車が利用可能かの調査が急がれます」
「で、レクサールってどんなとこ?」
「私は行ったことはございませんが、こちらの画像でいくらか雰囲気はわかるかと」
そう言ってシルバが出したボードに映るのは谷と鳥。ガレキの積もった地面と、倉庫に積み上げられたなんだか分からない資材。
「何これ?」
「あれ、分かりませんか?」
「わかんないねえ」「ちゃんと教えてよ」
あたしとナックの答えに
「そうですか。行ってみるよりないですね」
なんだこいつ?やっぱり頼りない!
「クレハ。準備はどうする?」
ナックの奴、シルバを見限った?でもこうなると誰に聞いたら良いんだろ。
結局、結論も何もないまま、簡単な武器と背嚢に水、食料を詰めてレクサールへあたしが跳んだ。こうなるとナックもシルバもおまけだよ。
レクサールはジーナとお酒を買いによく来てたから、知ってる酒屋でまず聞き込みだ。
「チューブ列車か?あれはレクサスだな。午後からレクサス行きのトラクが出るから乗せてもらうといい。リッツのとこで取りまとめしてるから聞いてみな。3軒先の左にある調味料屋だ」
というわけであたし、ナック、シルバと3人連れ立ってリッツさんの店。
あたしたちは厚手の茶の上下に背嚢を背負っている。シルバはいつもの黒尽くめではなく、厚手のやたらポケットの多い青の上下、でかい背嚢を負った姿だ。
「レクサス行きかね。3人か、ああ、大丈夫だよ。3ハワーあとだから、ブラっと街を見ておいで」
竹籠編みが有名だと聞いて、見に行った。ローレンスの家で実演販売というのをやってるそうだ。面白そう!
店に入ると棚にはずらっと丸い物、四角い物、いろんな形の入れ物が並んでいる。それらはどれも細い棒に加工した竹で編まれていた。
六角の穴が並ぶ飾り編みや、立体的に浮き出した花模様。染めた竹を編み込んだもの。
一通り見てクレハは帰りに絶対寄って、ジーナ達のお土産に幾つか買って行こうと思った。
中心街に戻って乗り場を覗く。レクサス行きの客が数人ベンチで待っていた。あたし達もそこへ加わると程なくやってくる乗り合いのトラク。
中には2人掛けの椅子が2列に並んでいて、窓も両側にずらっと。あれなら景色がよく見えそうで、イヴォンヌさんの作業トラクよりも居心地良さそう。
人を大勢運ぶトラクはこの頃ではバスというんだそうだ。
走り出すと乗りごごちはすごくいい。街を出て大きな橋を渡り、一山越えると目の前に大渓谷が現れた。
両側は切り立った崖。左の崖に一本の庇が貼り付くように斜路を形成している。
この道もミットさん達が作ったんだろうか?
斜路を降り始め右の窓からは眼下に湖が見えた。湖はそのまま崖を従えて奥へ切り込むように伸びている。先の方は霧がかかって見えないが遠くまで続いていそう。100メル以上も急坂を下って渓谷の底に降りた。
振り返ると箱の中、その隅っこの水溜りといった風情だが、その大きさに只々圧倒される。
左右に巨岩が転がる、幅80メルほどの割と平らな谷底をバスが進んでいく。上を見ると崖の上に緑が並んで見えている。
しばらく峡谷の底を行くと左の斜路とまっすぐ進む道に分かれている。バスは長い斜路を登り始めた。
シルバが思い出したように
「この先左側がチューブ列車のレクサール駅です。右がレクサスの発掘場です」
「発掘場って何を採ってるんだい?」
ナックの質問に
「古い街の建物でございます。発掘のために20数人と護衛のクロミケ型ロボトが2体おります。この情報はこの通路の入り口で付近の地図、画像と共に受け取りました」
「なにそれ?あたし達には教えてくれないの?」
後ろの席から声がかかる。
「嬢ちゃん。レクサールでボードを買わなかったのかい?今の話はこのボードに出るんだよ」
「買ってないよ」
「そうかい。まあ、レクサスでも売ってるはずだよ」
斜路を登り切った突き当たりは、40メルの高さで断崖を渡る大きな筒が右に伸びていて、バスはその中へ潜り込むと右の空中回廊を進んでいく。中から見ると筒の壁は曇ってはいるが透明で、外がよく見えた。天井は色の濃い材質で光は差さない。
時折上から汚れた筋が窓を伝うのがなんなのか分からないが景色はいい。
バスは程なくレクサスの発着場に着いた。折り返しレクサール駅に向かい、ハイエデンに向かうそうで、バタバタと後ろの大きな扉を開けて食料を下ろし、そのスペースに円柱形の荷を積み込んで出発して行った。




