序 クレハ 〜 訓練2
それから10日の間あたしはひたすら街から街へと転移を繰り返した。
朝、ジーナが一緒に10箇所くらい連れて行ってくれる。それを覚えて1日中跳び回るのだ。行った街は100を超えた。この世界にはこんなにもたくさんの大きな街があったんだと驚いた。
それで今日は物を持ち上げる訓練が始まった。これがうまくできないとセーシキドーの殻からは出られない。
「ただ持ち上げるだけなら20トンくらいは行けるのう。動かすのがなかなか大変なんじゃ。やって見せるからよう見ておれ」
ジーナが持ち上げたのは30セロの銀色の球だった。あれ一つでなんと270キルもあるそうだ。
「あまり軽いとのう、どう動かしているのかが薄くて見えんのよ。この重さなら多少は力が入るでの、渦が見えるじゃろか?」
そう言われてじっとジーナの手元を見る。ごく薄い青の靄が見えた。渦になっていると言っていたけどそんな物は……ん、動いた?
「なんかあるけど……なんだろ?」
口に出した途端に靄が動く。青い渦!
ジーナが片頬を上げた。
「よしよし。ミットさんにはこれでずいぶん苦労をかけたが」
「ミットさんって?」
「おまえの姉弟子じゃ。あの子は剣も強いぞ。今度会わせてやるによって体術を教わるとええ。
ほれ、その小石を浮かしてみい」
あたしはさっきの渦の形を思い描いた。なんとなく渦はできたと思うのだが石は動かない。
「もっと渦を小さくしてみよ。親指くらいかの」
ものの大きさで渦も小さくするの?
親指の大きさを見た後、やってみると小石がころり転がった。へえー。
渦の大きさや籠める力を加減しながら繰り返すうちにだんだんコツがわかってきた。1ハワーほどで石はピュンと飛ぶまでになった。物を飛ばす訓練は3日続いた。
風を集めてセーシキドーへ跳ぶ。そのまま殻の外へ出ると猛烈な力でせっかく集めた風が剥ぎ取られそうになる。渦を自分に向けて四方八方から風を集めることでその剥ぎ取りに対抗する。バタバタと剥ぎ取られ負けそうになったら殻へ逃げ込む。
言葉にするとこんな感じだけど、半日とかからず殻の外を跳び回れるようになった。
ジーナの先代は息のできないところまでは登らなかったそうだけど、こんな面白いことをやらないなんてもったいないよね。
殻に跳ぶときは新鮮な風を5メル分くらい持っていくのだそうだ。澱んだ分を集めて外へ散らすか、持ち帰ることで殻の中に匂いが籠ったりしないのだとか。
ジーナにエーセイキドーという場所に連れて行ってもらった。この世界の上空には6個のエーセイという、黒い翼を広げた銀色の塊が飛び回っている。そこから見える世界は視野からはみ出るほど大きく、ぐるぐると回って面白い。地上がゆっくりと回って夜の場所、昼の場所をそこにいるだけで見ることができる。
エーセイはジーナもなんの役に立つのかよく分からないそうだが、大事な物だという。まあ、邪魔にはならないから、悪戯はしないことにしよう。
あのめちゃ重い銀の玉は遮蔽材だという。滝上の物置には20個近くもあれが棚に置いてあった。今日はあれを加工するそうだ。そもそも遮蔽材はロックと言う、めちゃ熱い動く岩の化け物の骨なんだそうで、ミットさんと協力してこれだけの塊を勝ち取ったんだと。
主な用途は鉱山の石の力の放射を封じることだった。無駄に垂れ流す力を浴びてサイナスの年寄りたちは体を壊したのだと言っていた。
30セロの遮蔽材の塊を5つに分ける。一つを持ち上げてクルクルと空中で回し、上から渦を押し込んで凹ませていく。外側は丸く、中は紙に描いてあるような歪な曲線になるように中を広げていく。口が3セロのまん丸い壺を作る感じだ。
これがガルツ商会という商人に高く売れるのだと言う。尤もこの後、中の仕上げをアリスさんがやって、こちらで鉱山で採れる力の石を詰め込んで遮蔽材で蓋をすると言う作業も込みの値段だと言うけど。
だからたくさん作っておいて、注文があったときに後の作業はここで全部自分たちだけでできるように、中の仕上げを頼んでおかなければならないのだそうだ。
この壺は転移陣という道路の山越えに3個ずつ、往復で2箇所使うから都合6個で1セット。それが300万シルで買ってもらえると言うのだから次の注文が待ち遠しいくらいだ。
でも活蟹や新鮮な魚をヤルクツールやパルザノンに持っていくと高く売れるので別にお金に困るようなことはない。確かに捕り立て新鮮な蟹や魚を転移で卸せるのはサイナスだけだから。
そのあとは石の圧縮だった。これは風を集めるのと基本は同じだ。ただ籠める力と集める大きさが全く違う。石の素性の良い物を圧縮すれば宝石が作れると言うのだ。
ジーナが開発した技だと自慢げに言っていた。ジーナにはできないが、繊細な操作で石や木の切断ができる人もいるらしい。
鉱山の奥に籠もって日に一つ作れるかどうかの大変な作業だけど、何かの時の備えにとジーナが作り貯めた宝石は20以上もあった。
「ワシは見ての通り相当に胡散臭いでの。信用されそうな気がせんでまだ売ったことはないが、店先に並ぶものと遜色ない出来じゃと思うておる」
あたしも5日かけて2つの少し濁った宝石を作って訓練が終わった。
ジーナは「これは売れんの」と言っていたが、圧縮は合格をもらった。