2 北の峠 稜線越え
深い谷を横目に山に向かって行くに従い、勾配がキツくなって行く。トラク街道として将来も安全通行させるなら勾配は1/100以下に留めたい。
これは100メル行って1メル登る或いは降る勾配を言うんだって。
路線予定図を見るとそろそろ山へまっすぐ登って行くのは終わりで、右へ緩いカーブを描くことになってる。そのカーブの中程に山から断続して降りる襞のようんs出っぱり、稜線があった。ここからでは見えないけど、その影にはそこそこ深い沢が待ってる。
沢水の流れる谷をルートは斜めに横断する形で橋が架かるんだ。
作業としては稜線を切り通しに削り取り、それを材料に沢を渡る橋にして伸ばして行くことになるのだけど、橋の長さは100メルを超えてる。一回じゃ届かないね。
これ、どうするんだろ?
休憩の間に見た地形図を頭の中で反芻しながらも、あたしは伐採だ。ナノマシンを使うには生きている木は邪魔になるのだ。
「1種の安全装置といえますね。生命を危険に晒すことのないように決められたようです」
とはシルバの説明だけど、自分を怪物にした人でもいたんだろうか?
生きてるものに治療ができるだけなんだよ。
稜線の切り通し部分は高さ10メル余り、延長にして50数メル。岩盤質で切り取っても崩落などしそうもない。見上げるような斜面を、シルバは80デグリほどの急勾配で切り下げて行く。
少し齧っただけで、切り取る量が路面の造成に必要な量を上回るようになると、トンネル構造に切り替えた。余剰分はそのまま桁状に道を伸ばすことに使うようだ。
結果、沢の上に分厚い桁が7メルほど突き出た形で一段落だ。
「さて、クレハさま。このトンネルの上の材料を切り出し、トラクの前方に置いていただけますか?」
「上の材料ってあの岩を使うの?」
「はい。谷底はできるだけ傷めたくないのです。仮支柱と細い仮桁を架け、クレハさまに運んでいただくことで仮の橋で太らせていきます。面倒かとは思いますがご協力を」
口調は丁寧だけど、これはもう命令だよ。
切り出した塊にロープを取り付けるのはシルバがやった。伐採が終わった斜面を身軽に登って、あたしが圧縮面を縦横に使って切り出した岩塊にロープを貼り付けると、クロのいる突き出た桁棚へ投げる。
それから沢へ向かって岩塊を押し出すんだ。
足場なんかろくにないのに、よくあんなことができるもんだ。さすがシルバ、あたしとナックの剣の師匠だけあるってもんだ。
岩塊はユックリと沢へ向かって漂う。あたしは上に浮遊で浮いたままゆっくり下ろして行く。
それに合わせてクロがロープを巻き取って行って、桁棚の真上辺りでロープを引いて動きを止めてくれるんだ。
クロが手を振ったら、ゆっくり岩塊を下ろして1個目はおしまい。クロが切り離したロープはシルバまで投げる。あれが届くってのも凄いんだけど今更かあ。
どんどん行くよ!
気合いが入ったとこだけど、3個下ろして中断が入った。仮桁、仮支柱を作ると言うんだ。
待てと言われてそのまま空中待機だ。見ていると出来かけの道路に置いた岩塊から、細い棒が伸びて行く。
断面は縦長の四角かな?なんだあれ?
面白そうなのでその先っぽへ跳んだ。
おー。中、空洞なんだ?幅1メルに高さ3メル。そばで見ると結構大きいね。厚みはすっごく薄い。
あれ?下にも棒が一本下がってる。その棒はできてる桁の真下から箱の先っぽに繋がった50セロほどの丸棒。あれもきっと空洞なんだろう。箱が伸びるに順って丸棒は傾いて行く。
谷底までの斜面の、50メルくらい下だろうか、岩から生えて3角を作っているように見える……
んー?まさかあれって、四角の先っぽが下がらないように支えてる?
後で聞こう。シルバから次を始めると合図が飛んできた。
次の岩塊はシルバがロープなしで押し出した。
「クレハさま。あの岩塊は先端付近で使います。スレスレまで下げてください」
言われる通りどんどん下げて行くと
「結構です。そこからは極ゆっくりとお願いします。
はい。そこで止めて。
ではそろそろ行きますよ?ゆっくり下げて。
下げて。下げて。下げて。
はい。ありがとうございました」
遠目じゃ何が起きたんだかさっぱなんだけど。「はい」のところでどんどん小さくなっていた岩塊が消えてしまった?
「クレハさま。次をお願いします」
慌ててあたしは次の切り出しにかかる。先端へは5つ送り出して、そこにはいつの間にか谷底から柱が立っていた。
「クレハさま、休憩に致しましょう」
「えっ?あ、はい?」
なんだったんだ、あれ。
「ねえ、シルバ。さっきのあれ、先っぽで消えちゃたけどなんだったの?」
「あれはナノマシンが先端辺りで、材料を仮桁に吸収して行ったのです。仮支柱の材料になりました」
ふうん?よく分からん。
シルバと纏めてトラクヘ跳ぶと、ナックが嬉しそうにボードを見せてくれた。空中に水平に突き出た四角い棒。それを支えるように斜面と3角をなす丸棒までは分かる。これって板?
先端から谷底へ降りているのは幅10メル、厚さ80セロの中空の板だった。
板の向きは水を堰き止めないように谷川に合わせてある。
「これから仮桁に沿って道路の桁を伸ばしていくからね。このパイプだけじゃ支えきれないんだよ」
「仮桁って縦長の四角?」
「そう。この後はこの仮支柱に向かって道路を伸ばしていくんだ。向こう岸にぶつかるまでね」
「それって……全部あたしの仕事じゃん!」
「あはは。僕は役に立たないから、ここからボードで見てるよ」
ナックは木の伐採で片付け頑張ってたからね。この岩山に生えていた捻くれた小ぶりの木を、トラク前まで頑張って引いたんだからまあ、お休みでもいいだろ。
さて、始めますか。
シルバと共に上の切り出し場へ跳ぶ。
シルバが上流側に切り出しの印だと言って、いくつかひと抱えもある岩を深めの穴に切り抜くように言うので、示された場所からくり抜いていく。
ずいぶんバラバラに抜くんだね。仕上がりが凸凹になるんじゃ?
「クレハさま。この角度から見てください」
角度?
シルバの示す辺りへ跳んで見た。
この位置からだと穴とトンネルの手前の壁が1直線に見える。最初にマシンで切り取った80デグリとか言う急斜面かあ。へえー。
斜面を意識しながら裏へ跳んで、そっちからも見てみると見事に最初の急斜面と繋がるんだね。ふうん。
ようし。こっちの切り出しは分かったからどんどん行くよ。下流側はまだたっぷり岩が残ってるから、トンネルの上辺りまでは好き勝手に切り出せる。
早速、あたしは斜面に合わせ楔形の岩を切り出した。作業トラクの前に一つ下ろす度に、桁がちょっとずつ伸びていくのが上から見てても分かる。
先は長いねー。
・ ・ ・
夕方、100メルの仮桁の先端を越えても岩の切り出しは続く。
最初の短いトンネルは50セロ厚の天蓋を残して、上はすっかり切り出してしまった。残るは下流側の斜面の部分だけど、まだ切り出しの印は作っていない。
あたしが見るところ、上流と同じでは対岸には届きそうもないんだけど、どうするんだろ?
翌朝、再び岩の切り出しだ。下流側はシルバの指示で階段状に切り取っていく。
ああ、そうか!
これはシルバにも必要な量が判らないんだ!
あたしにもさっぱりだから、論うようなことでもないけどね。ちょっと安心したって言うか?
それにしても、100メル超えたってのにクロが丸く固めたロープの玉がシルバまで飛んで戻るんだ。ロボトってのはいったいどうなってるんだろうか?
ついに橋がつながった。でもまだあたしの切り出しは続いている。
流石にここまで来ると下流側の斜面も整形が進んでいる。
休憩の間、作業トラクとクロは仮支柱の解体と、解体ナノマシンの回収をやってた。
あたしらと一緒に休憩しないのは、別の仕事だと思ったからだろう。
次はトンネルの残ってる天蓋の切り出しなんだろうけど何に使うんだろ?
岩はなるべく細切れにしてくれと言われて、切り出しは酷くめんどくさい。大きく切り出した後で、30セロ置きに3方向から切り刻むから、圧縮渦を20回以上も使うんだもの。
作業トラクは手間側橋桁の左に寄って待機してる。
やや左に寄せて下げた圧縮の網に包まれた岩を、クロがゴロゴロと手で網から桁に端に並べて行く。1回分で60メル。
ああやって並べると結構伸びて行くねえ。5回も配ったら両側並びそうだ。
3回目を配り終えてふと下を見ると、トラクが動き出したところだった。
桁の左端には欄干が出来上がってる。
そっか。欄干、作ってたのか。
そうするとあとは、伸び縮み対策の桁の切り離し?
橋の仕事はいつもアレをやるからね。あたしも覚えちゃったよ。




