序 クレハ 〜 イヴォンヌ
「ほれ、クレハ。行くぞえ」
突然ベッドの横にジーナが現れビクッとなる。眠い頭を振ってノロノロと立ち上がると、いつ転移したのかもう外だった。
昼間に見た四角いトラクが少し違う背景で傾いた日を浴びてそこにあった。あの時も思ったけど、この道路ってほんとに平らだ。小さな凹凸はあるけどきれいに目が揃っている。
「あら、ジーナさん、いらっしゃい。今片付け始めたんですの。もうちょっと待ってくださいね」
イヴォンヌさんが忙しそうに片付けをしている。この箱おっきくなってない?
不思議に思って見ていると旦那のナクスオールが
「トラクは宿泊用に幅を2メル広げられるんだよ」
と教えてくれた。
振り返ると海沿いに大きく曲がって山裾へ続く長い道があった。幅は8メルはある。こんなに広い道がどこまでもあるなんて信じられない思いだ。
「ふふふ、面白いのう。ワシらも大概じゃがアリスさんも相当じゃで。あの二人は世界を変えよる」
この時はジーナが何を言ってるのかわからなかったんだ。
イヴォンヌさん達を連れて村へ跳んだ。少し離れて見える会場はもう肉や魚を焼き始めて賑やかだ。
ジーナが真っ直ぐに向かっていくと気付いた者が互いに声をかけ、場は一瞬で静まり返った。
「今日はの、この間の嵐で傷んだ道をイヴォンヌさんたちが補修に来てくれた。トラクでパルザノンまで4ハワーで行ける道じゃからの。大事にせねばならん。皆で歓迎をしようぞ」
村のみんなが手招きした。あたしはイヴォンヌさんの背を押して用意した席へ案内する。日が山へ沈み、梁から吊られたいくつもの灯りの中で酒宴は続いた。ニックスとチビが汁椀に盛られた蟹肉に齧り付いている。
あたしは焼いた肉を小さく切り分け小皿に並べて、甘目のソースをかけてトリセーヌの前に置いてあげた。
「やりがとー」
「いっぱい食べてねー」
あたしは一緒に焼き魚の身を解して食べた。スープも冷ましてスプーンで口に入れてやる。イヴォンヌさんはあたしが世話を焼くので村の女衆と盛り上がっている。旦那がちょっとオロオロしてそれが可笑しい。
ジーナを見ると楽しそうに一緒になって笑っている。カンツの声が聞こえた。
「おばばさま、寝床の用意もできております。飲まれても大丈夫ですよ。折角の祝いの席ですから思い切り楽しんでください」
「ふふふ、カンツよ。それもあるのじゃがの、明日よりクレハの訓練を始めるでな。その祝いも兼ねておるのよ。ワシが潰れては格好がつかんのでな」
「そうですか。それはまためでたい。お祝いが続きそうですな。楽しみなことです」
あたしの訓練?何するんだろ?
「いやー、すっかりご馳走になりました」
「えへー、ジーラ、あんらまた呼びらさいよー」
イヴォンヌさん、ベロベロー。お酒飲み過ぎだよー。旦那がおぶって連れてくみたい。あたしはトリセーヌちゃんの手を引いた。
「補修が終わった時にまた騒ごうぞ。では」
宴会の喧騒が掻き消えると目の前にはあのトラク。3メルのトラがそばにヌッと立っていた。あたしがビックリしてる間にトリセーヌちゃんがトラに抱き付いた。トラが屈んで頭を撫でている。
ヘー。すっかり家族なんだねー。
旦那、ナクスオールさんだっけ、が扉を開け寝台にイヴォンヌさんを寝かせトラからトリセーヌちゃんを受け取った。
あたしが手を振るのを待ってたのか、トラクが掻き消え、ジーナの居室に置き換わった。
「今日はご苦労じゃった。明日は早いぞ。ゆっくり休むことじゃ」




