1 北の峠 乗り込み
ネロデールスを発って6日目にモノ班5番車の脇を通過した。
この路線に配置したのは、ネロデールスを出てすぐにいた3番車とこれの2台だけだから、あとは峠まで行ってから自分で道を作んないとだ。
3番車が通した道は13ケラル半。あたしたちに先行すること2日でこの距離ってことは、また夜昼なく道を伸ばしたに違いない。
あたしにはよく分かんないけど、シルバが言うには、人間が搭乗する作業トラクでも最大3回分のプログラム機能があるんだって。
あんまり複雑なことはできないからほぼ平地限定って言ってたけど、それでも1ハワーの休憩は作業を止めずに捻り出せるって言うんだけど、それにしたって残業込みで最大3ケラル/日しか進まない。
モノ班はつくづくブラックだー!
5番車の作った道は走ってしまえば10メニ分にも満たないけど、揺れのない快適走行に生き返った気分だった。
また5、6日もあの揺れが待ってるのかと思うと憂鬱になるくらいに。
・ ・ ・
昨日から見えていた北の峠がいよいよ眼前に迫る。裾は森だけど、初夏だと言うのに上の方は真っ白だ。
こんなとこ馬車で本当に越えられるの?
シルバが用意した路線計画に、ところどころナックが手を入れて通過距離は少し伸びたと言ってたけど、何をしたんだか。
遠くなったらあんまり意味がないんじゃないのかな?
ナックが張り切って
「乗り入れは西寄り500メルだから森に入る前に仮道路で予定地点まで行こう!」
「え?こっから始めるんだとダメなの?移動なんてめんどいよ」
「それだと今使ってる道がどうしても通行止めになっちゃうんだよ。途中で結ぶってのも高さが違っちゃうから無理だし、これが終わるまで峠道が全部使えなくなるんだ」
「終わるってどのくらい?」
「クレハさまに伐採を手伝っていただけるので、2月は掛からずに抜けられるかと」
うえっ!やっぱりあたし込みの予定かー!いやまあ、仕事がないのも退屈だからそれでもいいんだけど。
街道から外れた荒地は一見平らだけど、草や茂みに隠れた畝やら溝やらが結構ある。高い場所はいいんだけど溝は道路で遮ってしまうと後で水の流れを止めて道に溢れてしまうので、道の下を水が通るように広めの空間を残さないといけないんだ。
トラクで走ってしまえば一瞬なんだけどね。こんな荒地だって後で何が起きるかなんて誰にもわからない。
仮道路は3メル幅なんで、そんな気遣いをしながらでも500メル作るのに1ハワー掛からなかった。
その間にあたしはナックとクロとでルートの伐採だ。ルートはクロの頭にも送られているから、時々クロに確認を取りながら引っこ抜いていく。
シルバがまだ仮道路にかかりっきりなので取り敢えず次々引っこ抜き、クロが枝払いと玉切り。そこまでやって片付けはあたしとナックが浮かせた材木を、手で押して幾らかでも纏めて置く流れだ。
歩きにくい藪なんかは薄く根っこごと土を持ち上げて、寄せた後土の表面に軽く圧縮をかけてやる。
歩きやすくはなるんだけど、水気が集まって来て水たまりになっちゃう。泥濘んだりはしないんだけどイマイチなんだよなあ。
ナノマシンなら箱型にして歩く面を持ち上げるから、水がかぶることはないんだ。あれと比べてもとは思うけど……むう!
とか思ってたらシルバのやつ、乗り入れ口に広場を作り始めた。
あたしらの進捗が遅いんで侵入してきた馬車を追い返す転回場らしい。
100メル道路を5本隙間なく並べた40メル幅。
そんなの作るんならこっち手伝えよ!
作業トラクが来ると2倍忙しくなる。枝や根っこはトラクの前に並べ、玉切り材は路肩へ移動して、100メル片付いた時点でトラクが木材のセルロース変換。こいつは数メニで終わるから、出来上がったセルロース丸太を寄せに戻る。
次の区間を片付けている間に、トラクは街道を100メル作って前進して来る。
あたしたちはセルロース丸太の片付けに戻って……
何が腹立つってシルバもクロも涼しい顔でやってるってことだ。しかも追い回されているので休憩時間を過ぎてもわからない!
「ナックさま、クレハさま。休憩に致しましょう」
「「はーい」」
今日は何が出るかなー。果物たっぷり載せのパイがいいなー。
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登り坂が続いている。ここまでは切り通しはあったけど、大きな谷越えは無かった。
峠越えの道にはだいたい3種類ある。
古くからあるのは地形に逆らわず、山体表面の沢伝いに登って適当なところで折り返し、稜線を回ってまた沢を奥の登っていく。そうやって高度を稼ぎ、尾根の低いところをうまく越える。
降りる時も同様で、超絶九十九折の山越えになる。道幅がほぼ馬車1台、行き違いもままならないと言うもので、越えるのに4日掛かりだけどこれは既にある。
次の案はトンネルで、ある程度登ったら一直線に山塊に穴を穿って向こうへ抜けるんだ。越えるのはこれが一番早いし距離が短い。
けれど、工事期間が非常に長くかかる。ブラックなシルバ隊でも短期間では開通できない。
というのもシルバ隊の動力は主に日光で、トンネル堀りのような重作業では、1回充電で4ハワー程度が限界だそうだ。そうなると交代用に1班8台配備しても、掘進と土砂排出を考えると1日フル稼働とはいかない。
シルバの試算では1班で半ケラル/日で最大と言うところらしい。仮に80ケラルのトンネルを貫通するとして、2班投入して両側から掘っても開通までは3月を要するって言ってたし。
そして折衷案。ある程度山体表面を登って高度を稼ぐ。だいたい1/3くらいだろうか。
そこまで登ると山塊をくり抜く距離もぐっと短くなる。向き合う沢の奥近く、できるだけ短い距離になる位置を探しそこにトンネルを用意するのだ。
それだけではトラクの高速移動に対応するのはまだ不足だ。九十九折の曲線半径をできるだけ大きく取り、直線に近い区間を長く取るため稜線を抉って切り通しに、谷の部分は盛り土するか橋を架ける。
もちろんそれだけでは土砂崩壊があると被害が増えてしまうので、基礎固め、湧水処理、土留壁などの対策を並行してやっちゃって、長期間使えるようにしなきゃいけないんだよ。
シルバが見つけた位置のトンネル延長は13ケラルちょっと。
あたしらはまず1月かけて入り口までのアプローチを作るんだ。入り口付近に駐車ヤードを作ったら、向こうへ回って同じように出口まで1月。
その時のシルバ隊の状況で集まる台数はわからないけど、あたしたちが出口側を押さえるまでにはトンネルが貫通してるってわけだ。
ナックの希望を叶え、経済性にも応えるシルバの涙ぐましい計画図。
それに我儘で手を加えるナックだよ。どう思う?
「ちょっと待ってよ、クレハ。僕が手を入れたのは、大きく曲がるところに風景を楽しめる展望台を用意できないかってことだよ?
あとはさあ。広場が用意できない場所は、分岐道路で見晴らしのいい広い場所まで行ってもらって、土産物を買ったりとか」
ふうん?本当かなあ?
「いずれにしましても本線の造営が第一でございます。そうした観光向けの設備については開通後でよろしいかと」
シルバの裁定が下った。




