11 クレハの休日
あたしがシルバとナック相手にもぎ取った3日のお休み。
今日は2日目だ。まだ今日と明日も遊んでていいなんて!ちょっとウキウキしちゃうよね!
昨日は午後遅くまでトラクの寝台でゴロゴロ寝溜めして、夕方露店巡り。
甘味処にご招待なんてのもあったけど、つまんないことでケチがついた。
お金のことは心配ない。チューブ駅やトラク街道の整備を手伝った日は、道路班並みのお給料がガルツ商会からシルバ経由で出る。
他にもレクサスの通路の発見や地下探査でもボーナスが出てるし、自分の口さえ養えばいいあたしはちょっとしたお金持ちなんだ。
所帯を持ってたらこうは行かないんだろうけど。
朝食をいただいたあとシルバの小言を聞き流し、あたしはふらりと街へ出た。
まだ見てないところがいっぱいあるもんね。
まずは昨日、途中になってしまった大通り。
行ってみると時間が早いのか、露店の売り台にはまだ商品が並んでいない。荷車はちらほら横付けされ準備中って感じの店も見えるけど、通る人影はまばらでお客さんって言うより仕事場へ急ぐような様子も見える。
うーん。もう少し後にしようか?
街を上空から見た時に南に牧場っぽいのがあったよね。
柵で囲った草っ原に点々と何かの動物がいたようだった。
えーと、こっちかな?
歩いて行くとなると迷うことが多いんだよね、あたし。困ったら上から見ればいいだけだし。
途中で人に尋ねると牛が放牧されていると言う。
じめっとした路地をいくつも縫うように抜け、ばっと視界が開けた。
と言っても目の前には2メルを超える頑丈そうな木柵があるんだけどね。
柱と控え柱、横に丸太が3段に組まれた木柵は隙間が多くて、私くらいの体格なら容易に抜けられる。
すごく大きなものを止めるための木柵なんだろう。丸太の表面は黒ずんで木の剥がれるような傷みが見えるから、そこそこ古いもののようだ。
大きな木柵の隙間から見えるのは陽を浴びてキラキラと、うねるような起伏のある緑一色の草原だ。
木もパラパラ生えているけどそんなに大きくはない。渡る風が気持ちいい。
木柵の手前はぐるっと5メルくらいの通路になっていて、街を一周してたのを思い出した。上から見るのと降りて見るのは結構違うね。
このまま潜ってもいいんだけど、右手の少し大きい通りに合わせて馬車が通れそうな門がある。
行ってみると草地に2本の車輪の踏み跡がずっと先まで続いていて、その中央が馬の足跡で草が薄く見える。
これって確か、どこへ続くと言う道でもなかったはず。歩いて見ると車輪あとは窪んでいるし、馬の足跡は小さな凸凹で歩きにくい。
横の牧草の上を歩いて見ることにした。
草の絨毯は丈が短く刈り込まれ、フワッとしてなんか頼りないけど、歩きにくくはない。ところどころにベッタリと薄く広がった、ひと抱え程もある獣の糞が草を覆っている。
さっき気をつけるんだよって言われた牛の糞ってあれか。干からびたやつを冬の燃料にするとか、臭そうでやだなあ。
なだらかな登りの先は更に広い草原だった。遠くに白と黒の粒のように見えるのは放牧されている牛か。まばらに木陰を配した草原を見渡すと、そこここに牛の小さな群れが点在していた。
右手の方から騎馬が一騎駆けて来る。
あたしは左手の割と近い群れに向かって歩き出した。牛なんて子供向けの絵本で見ただけだからね。
6頭くらいの群れで小さいのが2頭混ざってる。みんな首を下げて下草をかじりとってるみたいでほとんどその場を動かないけど、小さいのは時々首を挙げ何かを追うように駆け回る。
子供はみんな好奇心旺盛ってとこか。
近づくに連れて中の1頭があたしに注目しているのが分かった。外敵かもって警戒してるんだろうか。
お?騎馬があたしの方へ向きを変えたね。こりゃ、誰何されるかな?
「旅の人か?何の用でこんなところまで?」
「牛を見たくて街の人に聞いて来ました。あたしはクレハって言います」
「デンジラだ。ここの見回りをしている。近づくのはその辺りにしてもらおう。見ての通り子連れだからな、親が警戒している。見るなら歩き回らずしゃがんでもらえるか」
そう言われあたしは急いでその場にしゃがんだ。
「じっとしてればそのうち警戒が薄れて、仔牛が寄って来るやも知れぬが決して手を出さぬようにな」
「そうですか。分かりました」
「くれぐれも刺激しないようにな。では急ぐので」
「ありがとうございます」
騎馬はそのまま去っていった。見回りか何かなんだろうか。
あたしはそのまま牛たちを眺めながらしばらく過ごした。
仔牛の甘える姿に癒されるし、親牛の背の模様が姿勢によって印象が変わる様を見ていると飽きない。
気が付くと日が高く昇っていて、街の方角もわからない始末だった。
あたしの今日の目的は露店巡り!
まあどっちが街でも関係ない。
一旦ネロデールス上空へ跳ぶ。
ええっと、あれが行きたかった大通りか。あ。あの路地でいいかな?
細い路地裏に現れたあたしは周囲を確認して大通り目指して歩き始めた。
歩いてみるとここの店は中で販売しているものを、外に並べているだけだと分かる。
だから値段は少し高い分作りがしっかりしている感じだね。
木彫りの人形もあったけど、綺麗な色で可愛く彩飾されていて、石であれを作ろうと思ったら色をどうするか考えないといけないかなあ。
バンダナの可愛いのがあったので自分用に1枚買った。
途中の広場には高い台座に載ったあたしの背と同じくらいの石の像があって、ベンチがいくつか、1段高い池に噴水もあるんだね。
像は何処かの教会で見た女神様のようだけど、あたしにわかるのはそこまでだ。
気になるのは表面の仕上げだけど、場所が高いので浮くわけにもいかず撫でてみることもできない。
台座の彫刻やら碑文らしい面の仕上げくらいしか見らなかった。
屋台が出ていたので焼き菓子のようなものを買ってみた。
細い麺を薄皮と一緒に焼いたもので食感は面白いけど、味も具材もそんなでもない。
これ、ハズレだあ!やっぱり飛び込みだと美味しいものを引くのは難しいね。
小腹は膨れたのでちょっと休んだら次行ってみよう。
「あら?クレハちゃん?」
振り向くとこの間のお姉さん、確かネルカさん。
「お散歩?この間はありがとうね。ほんと、助かったの。何かお礼させて欲しいんだけど」
あれ?やらかしたの、あのバカ弟に聞いてないんだろうか?
「弟さんに聞いてません?街道改修の現場にゴツイの2人と押しかけて来たんですけど」
あたしがそう言うと怪訝な顔がどんどん青くなった。
「まさかあの子、なんか……やったのね。
もう!どうしてあんな思い込みが激しいのか……」
「思い込みって言うか、すごく勝手ですよね…」
「そうなのよ……
ごめんなさいね。よく言って聞かせるから。あたしの働く店、この先なの。グラドゥって食堂だから、今度寄ってちょうだい。ご馳走するわ。本当にごめんなさいね」
そう言ってネルカさんは大通りを歩いて行った。
でもあの姉弟、なんでこんなに顔を合わす率が高いんだ?何か因縁でもあるんだろうか?
これですっかりあたしの気持ちは、またあの気取り男に会うんじゃないかと萎えた。
まだ休みは1日あるってのに!
トラクに戻ってシルバに言うと北の峠への出発が即座に決まる。どうやら出発の準備はできており、ナックはあたしの留守に待ちきれないと騒いでいたとか。
行けばまた10日や20日は戻らずに済む。こんな事になったのはみんなアイツのせいだ。




