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フロウラの末裔 2  作者: みっつっつ
ネロデールス
37/48

10 エスラト街道

 ホウさん洞窟までの道を作り終えたあたしたちは、ネロデールスの街に戻った。

 モノ班の1台が街道整備を引き継ぐので用済みなんだって。昨夜寝たんだかなんだか分からないあたしには朗報だよ。


 モノ班の他のトラクはチューブ駅から東の街道と北の山越えに向かう。

 ひどく狭く曲がりくねった峠道だと言うので、ナックが興味津々といった様子だ。けど山まで50ケラル以上あるので、峠越えは少し先なんだけど……


「シルバ。峠越えってカッコいいよね?ねえ、どんなふうな道になるの?」


 吊り橋の図面を見てからナックはずっとこんな調子だ。

 シルバが根負けした格好で、2台のモノ班が平地の道路を伸ばす間に、あたしらの作業トラクで峠に挑むことになってしまった。


「3日休んでからね!」


 あたしはそう宣言したんだ。



 街まで移動する僅かな間もあたしは移動するトラクの寝台で寝た。

 夕方近く起き出すとあたしはまた露店回りだ。この間往復した通りの他にもう一本賑やかな通りがあるんだ。

 今日はあっちを見に行こう!



 露天が並ぶのは馬車4台の行き違える大通り。見える限りその両側に幅2メル半ほどの庇が張り出して伸びている。露天は庇の下に並んでいた。


 買い物客は売り台の間に入るか、通り際の半メル程の日陰で商品を物色している。


 さまざまなものが並んでいて、見ていて飽きない。

 立てかけた板に並ぶ色鮮やかな丸い輪が目に付いた。磨かれた蔦の輪に木の実らしい赤や黄色の粒が散りばめられ美しい。


 戸口に飾るものらしいが、種類が多くてついつい見惚れていると

「クレハさま。こちらにお出でしたか。

 私は庁舎の帰りで、これから戻り夕飯の支度を行います。遅くならないようにお願いします」

「はーい」


 シルバのやつ、この間のことをまだ根に持ってるんだな。

 まあ、ふらっと見て歩くだけだから。


 銀頭に声をかけられたところを見られていたようで、男が話しかけて来た。


「先程のものは、シルバと言ったか。街道の整備をおこなっていると聞いた。

 あなたもその係累であろうか?」


 見るとグレーの軍服に身を包んだガッシリした男。歳はまだ若い。20(はたち)前だろうか。

 金の短髪に鍔の短い軍帽を被り、腰に銀鞘の剣を佩いている。後ろに従卒らしい兵が一人、その脇に黒服の爺さんが控えている。


 どう言う取り合わせだ?


「失礼した。私はロックボード=ネロデラ。ここの領主の次男で領軍に籍を置いている。

 後ろは護衛のグレドルと近侍のヌリオードだ。

 クレハ殿で良かったろうか」

「ええ、まあ。確かにクレハですが何の御用でしょう?」

「用と言うほどのことはないが、お見かけしたのでご挨拶をしたまで。お時間を頂けるならこの先に懇意にしている店がある。軽く甘味などでお茶でもいかがかと」


 へえ。そんな店もあるんだ。ちょっと興味あるかも。シルバが作ってくれるのとどうなのかとかね。


「そう?じゃあ、ちょっとだけ」


 案内されたのはひとブロック行った先の、白い柵で囲まれたテラス席のある、おしゃれな感じのお店だった。


「ロックボードさま。ようこそ。いつもの奥の席は空いてございますよ」


 入り口で店員がそう声かけてして来て、あたしはロックボードと2人で席に収まった。


 丸テーブルは4人掛け。木製らしい白く塗られた椅子は、花をモチーフにしたらしい背もたれ部分の透けた飾り彫が凄いことになっている。

 他の客の視線を遮る衝立の側に護衛が立ち、近侍だと言う老人がテーブル側に立つ。背丈180セロを超えた護衛のグレドルは衝立越しに店内が見渡せるのだろう、伏し目がちに向きを変えそれとなく見張りを始めた。


「ああ、連れのことは気にせずともいい。勤務中なんだ」


 そう言ってロックボードがテーブルに備え付けの厚手の冊子を手に取った。

 あたしに向けて開き見せてくれたその冊子は、革張り表紙が厚いだけで中は薄手の革ページ5枚ほどのそれはメニューらしく、軽食、飲み物、デザート、コース、酒類など大見出しが振ってあった。


「へえ。色々あるんだね」


 メニューのクリーム載せパイが目を引いた。載せる季節の果物が選べると言う。

 この間買ったケイスルもあった。あの甘酸っぱいのはクセになる。クリームというのがどんな感じかわからないけど、ケイスルの味を思い出して、あたしは生唾を飲んだ。

 思わず注文する。


「ヌリオード。私はビスケットにヌームスを添えて貰おうか」

「はい。では注文して参ります」


 近侍のヌリオードが店のカウンターへ取り次ぎに行く。


 あんなお爺ちゃんをお使いにするなんて、落ち着かないねえ。あたしには無理だなあ。


 ヌリオードさんは戻ってくると2客のカップをトレイから私たちの前へ配る。続いてポットを静かに置いて

「本日は然程混んでおりません。少々お待ち頂きます。それまでこちらをどうぞ」

「おお。そうか。クレハどの。このお茶は私が言うのもなんだが絶品なのだ。どうぞご賞味あれ」

「あ。ども」


 うん。絶品って言うだけあって、シルバの淹れたお茶に迫るものがある。もちろん色も風味も違うんだけど、鼻に抜ける香りっての?味の方もしっかりと有って口の中がスッとするって言うか。


「美味しいです!」


 カップが空になる頃、注文のパイとビスケットが届けられた。それをヌリオードさんがテーブルにそれぞれ置く。


 クリームって初めて見るけど、こんな白いんだ?小さなフォークでひと掬い舐めてみる。

 ふわふわで甘い香り、味の方も甘味が強くあって口溶けも滑らかな不思議な食べ物だった。クリームごとパイの端をフォークで切って、小皿に載った薄切りのケイスル果肉を1枚載せた。

 それをフォークの先で刺して口に運ぶ。

 果肉の香りに、甘く香ばしいパイ、ふんわり甘いクリームの3重奏が鼻腔をくすぐった。唾がじゅわっと口に溢れるのも構わず、あむっとパイを頬張って噛み締めると、果肉と柔らかなパイの歯応え、絡みつくようなクリームの食感にため息が漏れる。


 それを合図と取ったのかヌリオードがポットのお茶をカップに(そそ)いでくれた。

 前の席で運ばれたビスケットに手も付けず、ロックボードがこちらを横目に見ている。口元が緩んでいるのが分かった。


「気に入っていただき何よりです」


 そう言われてあたしもニッとひとつ笑って見せた。


 ん?

 なんか顔が赤く見えるのはテラスから差し込む夕日のせいか?


 そのあとは特に会話もなく穏やかなお茶の席を過ごした。


「ふう」


 あたしの満足の息を聞いてロックボードが立ち上がる。


「ご満足いただけた様で何より。しばらくはこの街に()られるとか。

 またご一緒する機会もあるでしょう」


 テーブルの上に伏せられた紙を指に挟みひらりと振って見せると、お付きを連れ店を出て行った。


 なんかかっこいいね。

 店を出る前にお金を払わないとね。


 カウンターに寄ると

「お連れさまが払って行かれました。本日はお越しいただきありがとうございました」


 ちょっと拍子抜けだけど悪い気はしない。

 あたしは沿道に(あか)りの(とも)り始めた通りを、フワッとした気分でぶらぶらと先へ進んで行った。


 途中何人か声をかけられたのは女の一人歩きと見られたのか。15になったあたしだけど、真っ黒日焼け、山だし丸出しで髪をひとつ後ろに縛っただけの質素な格好だ。腰に短剣を2本見えるようにぶち込んでるので剣呑に見えると思うんだけど、何考えてるんだか。

 幸いしつこい事はなかったのでそのまま無視を決め込んで先へ行く。


「クレハさん!」


 後ろから掛かった声に一瞬で相手が分かった。例のエイセルだ。何でこんなとこで?


「またあんたかい。何の用?」

 バッと振り返ると7、8歩後ろの棒立ち顔相手にセリフを叩きつける。

 悪気がないのは分かってるけど、こいつのバカは凶器と一緒だ。


 エイセルはパクパクと口を開け閉めしたあと

「お詫びとお礼がしたいんだ……」

「要らない!」

「あ。ちょっと待って!

 ……ああ……」


 なんか言ってるけどあんな勝手放題な奴、無視だ。


 あたしはモヤモヤを抱えて、大通りを人波をすり抜けるようにずんずん進んで行く。


 くっそ!

 せっかくの露店巡りだってのに!


 小腹が満たされているせいもあるだろうけど、楽しみにしていた街の観光がすっかり色褪せてしまった。


 しょうがない。トラクに帰ろ。

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