8 エスラト街道〜ホウさんちの橋
バカどもの襲来から5日経った。一応翌日に放り出した場所を見に行ったけど、バカ2人は居なかった。右腕に石板をしこんだままじゃあ、もう悪さも出来ないだろうし、死んで悲しむような人もいないんだろう。
これ以上関わるのも嫌だし、あたしは放っておくことにした。
「クレハさま。この辺りの伐採をお願いします」
「はーい」
この辺の川幅は100メルを軽く超える。前回より広いんだ。同じように河岸へ降りて橋を立ち上げるとしても、水の流れの半分も行かない。近所に川幅の狭い場所もない。
街道と同じ高さにするなら600メルくらいの長さになる。
どうするんだろ?
毎度のことだから木を引っこ抜くのはいい。あたしは橋の架け方が気になってしょうがない。
シルバがこの辺りと言った伐採範囲はずいぶん広い。川からも少し離れている。
午前中の休憩の後、しばらくして背の低い作業トラクが8台、街道の分岐を曲がり現れた。
「モノ班が来ましたね」
4隊あると言うシルバ隊のうちの1番隊モノ班だった。
暗い青のツナギを着ている他はシルバと同じ眉付き銀頭。鉢巻は付けていない。
ネクサスの地下空洞への通路造成と調査に5日前から入っていたんだけど、大きな橋になると言うのでシルバがこちらへ呼んだらしい。
モノ班は早速あたしが引っこ抜いた木を集めて木質の丸太に加工して行く。
クロは玉切り作業をやめて、できた玉切り材を寄せ始めた。
8台も作業トラクが集まると木質加工と並行して、直径200メルの地中壁の造成も始まった。
「クレハさま。只今地下深くまで丸く壁を作っています。中の土をこちらの荷台に載るサイズで切り出して持ち上げてください。モノ班の一体が地下でロープを取り付け、クロが荷台まで牽引しますのでどんどん切り出して結構です」
ふうん。土を積むのか。
荷台の大きさを見ると長さ8メルの2メル幅。アオリからはみ出た分が横に崩れちゃうから、厚みは1メルくらいでいいか。
聞いたら30トンくらいだそうだ。
揚げるだけでいいならまだいけるよ。
土を積んだトラクはうちのトラクの前に土を空けてすぐ戻って来る。
こりゃ結構忙しいね。目の前に常時6台くらい待ってるんだから。
30台程運ぶとうちの作業トラクが退いた。横に移動して川に向かって位置を調整している。その間にも土はどんどん運ばれて行く。
お?ちょっとペースが落ちた?
見ていると3列に土を空けてからしばらくそこで止まって何かしてる。
トラクが退くと土の山がない。
何してんのかなあと思って気にしていたら、ナックが見て来て教えてくれた。
「空けた土で橋桁が伸びてるんだよ。1台分で30セロくらい伸びてる。
シルバのトラクは川から仮桁を持ち上げるって言ってたよ」
「仮桁?何それ?」
「あのままどんどん伸ばすと重さで出来た桁が折れちゃうんだって。
だから仮の支柱がついた桁を持ち上げるって言うんだけど……」
ナックもよく分からないらしい。ボードでシルバが引いた図面と睨めっこを始めた。
最初よりは待ってるトラクは減ったけど、8台の作業トラクがひっきりなしに前にやって来る。土取りの穴がだんだん深くなって来て、ロープ操作の手伝いにモノ班のロボトがまた一体下へ降りて行った。
あれ?なんで作業トラクは8台全部動いてるんだ?
そう言えばあいつら要所に立ってるだけでトラクが勝手に動いてるみたい見える。ここで溢れた土掃除にも3体がいるし。
さてはシルバと同じように遠隔操作ってやつか。へえー。
「あ、クレハ。川からなんか上がって来たよ?」
そう言われてもあたしのところからじゃ、何にも見えないんだよね。橋自体が登り坂で、ここの地盤よりも高くなっているし、川面なんてずっと下だし。
ナックの示すボードには大きな板が水中から持ち上がるのが映ってる。
水がザアッと音がしそうな勢いで端から流れ落ちて、上には水草や枯れ枝とゴミがかなり残ってる。その間に溜まった水がいつまでもダラダラと川へ落ちて、小さな波紋を重ねていた。
もしかして、あの板とこっちから伸ばしてる桁を繋ぐ積もり?
確かにそれなら桁の重さをあそこで受けるから、途中で折れたりしないんだろう。
桁が繋がったところでシルバが
「ナックさま、クレハさま。お昼にしましょう」
「わあー。やっとお昼かー」
あたしは両手を突き上げて伸びをした。
「クレハ。あの川から出る仮桁、もう6回やるらしいよ」
午前中ずっとボードで図面を見ていたナックが教えてくれた。
それで橋は対岸に届くんだとか。でもそのままだと橋の下にたくさん柱が並んだままで、大雨で水嵩が増えたらあの柱はいろんなものが引っかかって、洪水の原因になってしまう。
そうでなくてもホウさんちの畑の前の川は、支流が2つも合流する危険地帯だ。川幅が他より広いのは何度も氾濫したかららしい。
橋桁が繋がったからと言って、下の柱がなくなればこれだけの距離だ、とても桁がそのまま維持できるとは思えない。
ほんと、どうするんだろうね?
午後からはシルバのトラクが射程の関係で橋の上に乗ったくらいで、土運びは相変わらず。それでも夕方には4つ目の仮桁をつなぐところまで行った。
作業トラクがたくさん集まるとあっという間だね。
「いいえ。この進捗はクレハさまの土の供給あってのものです。モノ班がいくら優秀と言ってもクレハさまにお手伝いいただけなければ月単位のお時間をいただくことになったでしょう」
なんて、シルバったら煽てるもんだから。
妙にあたしも張り切っちゃうじゃない。
翌日。
昼には土取り穴は深さが10メルを超えた。でもって、橋は桁が向こう岸に到達した。
あたしは今お昼休みだけど、モノ班は橋の欄干沿いに散って次の工程に向け準備中だ。
休まないロボトたちはつくづくブラックだよ。
あたしたちが混じってやる作業は、彼らもキッチリ休む。でも別作業になると夜も休憩もない。電池が切れそうになるまで働くんだ。
「さて、クレハさま。ここからが最も重要な工程です。仮支柱を撤去する前に橋桁を吊ってしまいますよ」
お昼寝の後、あたしが凝った首をコキコキやってるとシルバがやって来た。
何を吊るって?どこから吊るのよ?
あたしの思いっきり要領を得ない顔を見て、シルバがボードを見せてくれた。
それは斜め上空から見下ろす橋の絵で、今できている道路部分に被さる様に、変な形の櫛が2枚両側に描き込まれている。
この小さな絵でもそれと分かる門の形の太い柱が2組。場所は水路を外れた両岸の斜面の途中だ。両岸の地盤から太い紐が柱のてっぺんに向かい上り渡され、柱の間にも緩く垂れた状態で渡されている。
その紐から細い糸が櫛の歯のように何十本も下へ降りて、多分これ、橋の両側に繋がってるのかな?
シルバが拡大して見せてくれた。
2組の柱は向かい合わせ同士上で繋がって、コの字を伏せた様になっている。
紐と見えたのは柱の半分ほどもあるひどく太いモノだ。やっぱり橋桁の両側に細い紐が繋がってる。
「この形式の橋は吊り橋と言いまして、川の中に立つ支柱を少なくできるのが特徴です。こちらの支柱は高さ55メル、太さは1メル半。地下に堅固な基礎を築いて立ち上げます。
主索は太さ80セロで、両岸の乗り入れ部にやはり膨大な張力に耐える堅固な基礎を作って固定します」
この絵で見ると小さく見えるけど、数字で言われるととんでもなく大きいんだなって改めて思った。
「懸下索は太さ30セロ。間隔は5メル。数は250本。これで長大な橋桁を吊り上げます。吊り上げが完了したのち、川面の仮支柱を撤去いたします」
あたしはシルバからボードを借りて、あっちこっち回したり拡大したりして、どんなふうになるのか見ていった。
「クレハさまには引き続き、材料の供給をお願いいたします」
あたしがやることは一緒かー。
ま、頑張りますかー。
モノ班は8ヶ所の巨大な基礎部分の造成を昼休憩の間に終えていた。
あとはしばらくの間材料の配置が続くんだそうな。
対岸と橋の両側に大量の土を運ぶ。まる2ハワーの間とにかく土の配置が続いて、代わり映えのない土ばかりの風景に飽きてきた頃やっと午後の休憩だ。
グテッとするあたしを他所にモノ班の作業トラクが持ち場に散っていく。あたしの休憩中にナノマシンを散布して支柱の準備と主索を配置しておくのだ。
支柱が伸び上がるにつれ主索も持ち上げられて行くのだから、先に伸ばしておかないといけないのだ。
当然懸下索も一緒に持ち上がるのでこれも配置してしまう。
なんてね。シルバがそう言ってたって話。
でも派手な動きになりそうで、ちょっと楽しみだ。




