7 エイセル〜クレハとの邂逅2
痛む頭を抱えて目を上げるといつもの酒場のカウンターだった。もう日も高いのが戸口から差す光で分かった。
知らない親切そうな男に話しかけられ、何か話したところまでは覚えている。ちょっと首を振るだけズキズキと頭が痛い。飲みすぎた。
「エイセル、起きたか?家に帰って寝直せ。ひどい顔だぞ」
酒場の主人に言われ、ふらふら家へ戻った。途中、何度も吐き気が襲って来たが、壁に寄りかかって波をやり過ごしながらなんとか歩いた。こんな様じゃあトモル姉さんの工房に行っても何もできそうに無い。
昼近く、家で眠って目が覚めたらだいぶ楽になった。台所のあり合わせで炒めものを作って軽く腹に入れると、姉さんの工房へ向かって歩き出す。
途中、昨日酒場で会った男が声をかけて来た。
「クレハと言ったか?一緒に探してやるよ。
ここ2日くらい待ちなんでな」
そうか。酒場でそんな話をしたんだった。
次の仕事まで間が開いたってところかな。探すと言ってもただ歩き回るのは効率が悪い。
街長のところに銀の頭の男が出入りしているのは聞いている。
街の庁舎へ聞きに行くと情報は簡単に手に入った。街の許可でエスラトへ向かう街道の整備に向かったと言うのだ。
「エスラトか。俺たちもいっぺん行ってみたかったんだ。馬車を借りるから、クレハを誘って遊びに行こうや」
作業している場所はまだそう遠い距離では無いが、せっかくそう言ってくれているんだ。早速馬車を借り荷の準備をすることになった。
馬車の準備があるので出発は明日。
そう言われてエイセルは工房へ行った。
「エイセル、昨夜はどうしたの?」
「ちょっと、いろいろあって……
酒場で飲み過ぎたんだ……」
「飲み過ぎたって、あんた、お金はどうしたのよ?」
「奢ってくれた人がいてね…」
「ただ酒だって?意地汚いことしないでよ?」
「ああ。明日、ちょっと出かけてくるよ」
「どこに行くの?」
「エスラト。その人たちと一緒に行ってくるんだ」
トモル姉さんは僕の顔を覗き込むようにしていたが
「ふうん?気をつけて行ってくるのよ?」
と言ってくれた。
翌朝、ダンズはヤルクと言う赤黄ボーダーの髭面の男を連れていて、軽い挨拶の後僕らは馬車で街を出た。
改修された道は広く、馬車の揺れがほとんどない。むしろ馬の歩くリズムで揺れる方が大きいくらいだ。
1ケラルほど行った分岐のところにバリケードがあり、この先の通り抜けはできないと書いてある。
旧街道の整備と言うが新たに作っていると言う方が正しいみたいだ。
ヤルクが通れるだけの幅で重いバリケードを寄せ、馬車を乗り入れる。
少し行くと緑色の箱型が見えて来た。あれが庁舎で聞いたトラクだろう。
手前で10歳くらいの男の子が両手を振って駆けて来た。
「ここは通り抜け出来ませんよ。引き返してください」
「なんだ、坊主。大人に指図するんじゃねえよ」
ヤルクが馬車を降り少年に詰め寄る。
大人気ないことをすると思ったが、少年は上から見下ろし圧を掛けるヤルクに一歩も引かない。
「バリケードに書いてあったのに、それをわざわざ退けてこんなところまで来るのはどう言うわけですか?」
「俺たちははこの先に用があるんだ。通せ」
「ダメです。作業の邪魔になるしこの先に道なんかありません」
ダンズも馬車を降りていくので、僕も続いた。
トラクから何人か駆けて来る。
「どうしましたか?ご用を伺います」
「なんだお前。横から……」
ヤルクが言いかけ相手を見てギョッと息を呑んだ。
僕も一昨日、初めて見て同じような反応をしてしまった。あの眉しかない上に、目も鼻も口さえもそんな形をしてるだけの銀の頭に、白黒模様の鉢巻だ。驚かない方がおかしい。
オマケに3メルもある異形の大男が後ろにいる。
「噂に聞いた通りか」
驚くヤルクになどお構いなくダンズが言った。
「ここを通してもらおう」
僕は成り行きについていけず見ているばかりだ。後ろにクレハの姿を見て思わず目を伏せる。
「この先に道はございませんよ?何かのご冗談でしょうか?」
「んなわけあるかよ。俺たちは後ろの娘に用があるんだ。通してもらおう」
「えっ?あたし?あんたたちなんか知らないよ?」
赤黄ダンズが突然、僕の襟首を掴んで顔をクレハに向けた。
おい、なにするんだよ?もしかしてこの2人って悪いやつか?
「コイツがどうなっても良いんだな?」
「あれ?またあんたなの?気取り男。何しに来たのよ?」
「ふん。おまえの顔を拝みに来てやったんだ。一緒に行こうじゃないか」
「シルバ。人の言うことを聞けない3人組ってことで良いよね?」
クレハが怒っている。こんな奴らと一緒に来たばかりに。
「クレハさま。どうされましたか?」
「まとめて手なんか金輪際出せないようにしてやるのよ!」
「お待ちください。クレハさま。
ここは私に……」「どきな!」
ギャッ!
右の二の腕に突然激痛が走った。僕は思わず悲鳴をあげた。腕を押えようにも触れるだけでビリビリと痛みが走る。あまりの痛さに尻餅を突く。
「で?結局、何しに来たんだい?こんなおかしなの連れてさ。あんたのお礼なんてごめんだって言ったよね?」
クレハの言葉に痛みなど構う余裕も無くなってハッと顔を上げた。
「うう、昨夜、酒場で君の話をしてたら……」
「あんた、バカでしょ?
あんたにそんな話されるだけで、すっごく迷惑だってわからないの?」
クレハの言葉が突き刺さる。確かに迷惑をかけてしまった。でも、どうすれば……
僕が自己嫌悪でグズグズしているうちに、なんだか回りが静かになってる。
ダンズとヤルクの2人がいない?
「さて、エイセルだっけ。あんたはこんなんでも姉さんたちが泣くからね。家までは連れてくよ。せいぜい反省しな」
クレハがそう言ったような気がした。
気がつくと僕はいつの間にか家の前にいた。
僕はおかしくなったんだろうか?
でも腕の痛みはそのままだった。いや、ちょっとズキッとしたような。見ると出ていなかった血が出ていた。
腕はみるみる腫れてくる。動くこともままならず、這いずるように家の外壁まで移動した。なんとか背を預けたところで、僕はもう動けなかった。
姉さんたちが帰って来るまで、長い時間があった。




