5 ホウさん洞窟への道
ホウさんの洞窟から戻った翌日には街道を伸ばし川を渡ることになった。
ネロデールスの街から東へエスラトという町へと辿る古い西街道を拡幅し、途中から分岐して橋をかけると言う。森の縁を切り開いてあの入り口へ道路を持っていく計画だ。
シルバが昨日のうちに街長に話をつけて来たし、この距離でも労のひとを通して女王さまに伝わっているので早速作業にかかれるんだとか。
その辺の話はシルバがつけて来てるので、あたしは木の引っこ抜き、ナックは周囲の警戒と馬車が来たときの案内だ。
古い街道を拡幅する場合は元の道が割と曲がりくねっている他、たまに馬車が通るので通してやらないといけないのが結構厄介だったりする。
元の道との段差が一番問題になるんだ。トラク自体は8メル幅の道路の中央に座ってる格好だから、馬車くらいは両側の空いた場所で行き違いできるんだけどね。
道が途中まで出来た事で喜んで付いてくる奴がたまにいるんだ。
そう言うのをナックが転回させて追い返すので、主に後方警戒だね。
でもってクロとシルバは木の玉切りと片付けだ。あ。シルバはトラクの運転も遠隔でやってる。
いくらロボトだからってあいつの頭はどうなってるんだか。
木は細いのが多いけど玉切り、片付けの手間はあんまり変わらない。作業トラクの能力は平地だと100メルの道路を作るのにだいたい20メニだから、どうしても伐採、片付け待ちになるんだ。
あたしがムキになって木を引っこ抜いても、木が重なるとクロの玉切りがやりにくいし、散らばせると片付けで集めるのが大変。
森の道路は1日やっても1ケラル半が精一杯だね。
1日終わって夕飯の時にシルバが言う。
「クレハさま。焦ることはないのです。作っただけ道は伸びていくのですから」
「そうは言ってもさあ?ホウさんの分岐までだってこんな調子じゃ何日かかるんだか」
「そうですね。この辺りはほとんど木が茂ってますから。14日と言ったところでしょうか?」
「ねえ、シルバ。僕も今日3台も馬車を追い返したけど、ちょっと狭いから転回させるのが大変なんだ。なんとかならないかな?」
確かに馬車だけならクルッと回せるけど、牽いている馬を横に歩かせるのは大変だ。2頭立て以上になると、一旦全部の馬を外して梶棒を一頭だけで横引きさせることになるけど、余程御者が慣れてないとそれもなかなか出来ない。
頭のいい子だけ一頭にして宥めすかしながら横歩きをさせることになるか、馬車だけにして人だけで回すか。
人だと平らな8メル道路とはいえなかなかの重労働になるから、ナックへの風当たりも強いらしい。
「そうですね。普通にユーターンさせるには倍の16メル必要です。そんな道路を作ったところで後々の使い道がないですから」
「じゃあさ。こっちに入って来れないように柵をしちゃうとかは?」
ナックも必死だね。食い下がってるよ。
「柵でございますか?後で回収が必要になりますが……
ああ。工事用品のカタログにありますね、仮設バリケードですか」
「あるの?早速作ってよ」
「軽いものは風で倒れたりするようです。重いものがいいでしょう。動かすのは面倒ですが、わざわざ退けてまで侵入してくる者に遠慮することはありませんから。
とは言え通り抜け出来ない旨の表示くらいはしておきましょう」
夕飯が済むと早速トラクで旧道との分岐まで戻って、バリケードを配置した。
ナックはご苦労さまだったねー。
・ ・ ・
翌日もやることは変わらない。朝から木の引っこ抜きと枝や根っこを集めてはセルロースの塊にしてもらって、延々と道路脇に積んでいく。
午前中の休憩を終わって3本ほど引っこ抜いた頃、後ろが騒がしい。
クロがチェンソーを止めるとナックが何やら喚いている。
あんな大きな声を出すのは珍しいね。どうしたんだろ?
作業を止めて行ってみると若い男が3人、2人は余りガラが良いとは言えない派手な身なりだ。
むさ苦しい髭面の上どこで作らせたんだか、赤と黄色の太い縞模様とか、あんまりだよね。もう一人は鍔広帽子を被って、袖口とズボンの裾に赤い3本線。
そりゃ目立つだろうけど。
その二人がナックを挟むように低い声で何か言ってる。
3人目は後ろで俯いて所在無げな様子だ。
「どうしましたか?ご用を伺います」
「なんだお前。横から……」
シルバの言葉にそこまで言いかけ、赤黄が言葉を失った。
ナックから目を上げると、眉だけ銀頭に3メルのネコミミヤローがいたんだから、そりゃあびっくりするでしょ。
「噂に聞いた通りか」
鍔広帽子がズイと前へ出て言う。
「ここを通してもらおう」
何言ってんだコイツ?
「この先に道はございませんよ?何かのご冗談でしょうか?」
「んなわけあるかよ。俺たちは後ろの娘に用があるんだ。通してもらおう」
「えっ?あたし?あんたたちなんか知らないよ?」
赤黄がもう一人の俯き男の襟首を掴み、持ち上げるようにして顔をこちらに向けた。
「コイツがどうなっても良いんだな?」
「あれ?またあんたなの?気取り男。何しに来たのよ?」
「ふん。おまえの顔を拝みに来てやったんだ。一緒に行こうじゃないか」
「シルバ。人の言うことを聞けない3人組ってことで良いよね?」
あたしはトラクに積んだ背嚢から八角石の棒を転移で左手に取り出した。
「クレハさま。どうされましたか?」
「まとめて手なんか金輪際出せないようにしてやるのよ!」
いい加減、頭にきたよ。
「お待ちください。クレハさま。
ここは私に……」「どきな!」
どきなとは言ったけどシルバに捕まると力が強いからね。言って置いてなんなんだけど、あたしが3人の頭上へ跳ぶ。
ギャッ! グエッ! ヒイッ!
それぞれの右二の腕辺りに、筋に沿うように石板を跳ばし込む。急に異物が肉の中に押し込まれたんだ。痛くないはずがない。
あたしは汚い悲鳴に振り向いたシルバの後ろへ跳び戻った。
シルバは天を仰ぎ目の窪み辺りを右掌でカシンと叩いた。一方の3人は肘の下あたりに手を翳し、触れることもできず地面にへたり込んだ。
関節を壊さない手を教えてくれた、エイラに感謝してもらいたいもんだ。
「で?結局、何しに来たんだい?こんなおかしなの連れてさ。あんたのお礼なんてごめんだって言ったよね?」
ハッと痛みに歪んだ顔を上げるエイセル。
「うう、昨夜、酒場で君の話をしてたら……」
「あんた、バカでしょ?
あんたにそんな話されるだけで、すっごく迷惑だってわからないの?」
「クソアマ!何しやがった!」
「元気いいわね。なんかするのはまだこれからなんだけど?」
「なにい?」
「シルバ。二人はその辺に放り出していいかな?」
「さて。この辺りには危険な動物は余りいないかと思いますが、その様子では街まで辿り着けますかどうか」
「いいんじゃない?泣く人よりホッとする人の方が多そうだから!」
あたしは旧道のさらに1ケラル向こうの森の只中へ二人を転移させた。
「じゃあ頑張ってねー」
「あ、コラ……」
「さて、エイセルだっけ。あんたはこんなんでも姉さんたちが泣くからね。家までは連れてくよ。せいぜい反省しな」
いつぞや送り届けた家の前に放り出し、腕から石板を抜くとあたしは消えた。見てた人がいたら説明は任せるよ。
「片付いたよ。そこの馬車、どうする?」
「向きを変えてやれば馬は自分の家に帰ります」
「ふうん?じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃおう」
馬車を追い出してバリケードを元通りにしたところでお昼だね。
だいぶ遅れちゃったなあ。




