4 ネロデールス
「なんだかひどく色々あったけどまだお昼なんだよね。ねえシルバ。お腹空いたよ」
駐車した作業トラクの車内でナックが言った。
車内にはあたしとナック、シルバの外に労のひと、ホウさんの末のひとがいる。
クロは車両後部の待機ラックに行った。あそこで今はピクリとも動かないんじゃないかな?用がない時は休止ってのになって、彫像みたいになってるからね。
移動中はトラクの床と同じ高さの足掛けに乗って、屋根近くの取手に掴まる。揺れるようなら腰あたりにベルト1本、自分で締めて雨晒しだからね。いくらデカくて車内には入れない、ロボトだから平気ってもねえ、よくやるよ。
で、あたしたちは椅子だけど、ホウさんは広げたテーブルスペースの端っこで床に座り込んでる。
ナックが言うようにホウさんの畑を見て、洞窟で女王さまと謁見。出てくる途中で敵襲っぽい騒ぎがあったから、跳び出してみると大蜘蛛だもんね。
被害は労のひとが1体意識不明、あたしの髪の毛と兵の腕一本、橇で潰した作物が400メル分ってとこ。
あの蜘蛛ってあたしらが道路を作る時に逃げたやつなんだろうか。
シルバがナックとあたしの昼食とは別に、干し肉と生野菜を食べ易く刻んだものを労の人に出していた。
あまり味の濃いものは食べないらしい。
それから労のひとにガボッとしたフード付きマントを着せて、クロを含めた5人?で街へお出かけだ。
このひとって見るからにずんぐりしていて違和感バリバリだけど大丈夫なんだろうか?
あたしに取っては9日ぶりのネロデールスの街だ。露店の並ぶ通りへ案内する。
そう言えばシルバも眉毛しか表情のない銀頭だし、クロは身の丈3メルのネコミミヤローだ。そこへマントを流したホウさんがあたしとナックを伴い通りを歩くんだ。
どうなることかと身構えていたけど、特に悪さをするわけでもなし、行き合う人にも一瞬引き攣った表情は出るものの、騒ぎになるようなことはなかった。遠まきに子供が指差すくらいで、店に寄っても嫌がられたりせず相手してもらえた。
リンボーでのニックスやレイラへの差別はなんだったのだろう。
子供だったからってのがありそうな話だろう。弱いと見れば要らぬ難癖を付ける輩は確かにいるんだ。
野菜を積み上げた1軒の露店。恰幅のいいおば……お姉さんがあたしに問いかける。
「この間のケイスルはどうだったね?美味かっただろう。また買ってお行きよ」
あー。そう言えばあれ買ったのこの辺だったか。売ってたのはひょろっとしたおじさんだったような?
「ははっ。あたしはあの時後ろで休憩してたんだ。あんたの相手は亭主がしたのさ。
でも可愛い娘は忘れないんでね。そっちの変わったのは連れなのかい?」
「そうですよ。面白いでしょ?」
「へえ。どこの種族だか、初めて見るよ。
今日はね、ナントスって野菜のいいのが入ってね。焼くとツルッと皮が剥けるいんだけど、さっと塩を振るだけで汁気たっぷりで美味いよ?」
見ると紫っぽい黒の丸い野菜で、見た目はあまり美味しそうじゃない。でもぱんぱんに実が入っていて艶があるので新鮮なんだろう。
「物は試しと言いますからね。クレハさま、買ってみましょう。ホウさまも買うそうです。箱でいただけますか?」
「箱でかい?これ一つで1420シルだがいいかね?」
「はい。こちらのクロが持ちますので。ではお代はこちらへ」
シルバはケイスルも一緒にいくつか買ってくれた。クロが肩に軽々と箱を担ぐ。
その後も何軒か露店を巡り、店の途切れたところで折り返し。この間のステープを買ってナックと食べる。
「変わった味だね。甘辛いソースって僕初めて食べるよ」
「この間1人で来た時に並んでる人がいてね。美味しかったからナックにも食べさせようと思ってさ」
さて、ここからは道の反対側へ渡り戻り道だ。
向こう側は露店もあるけど、普通の商店や見慣れない大きな建物も並んでいる。
昼間なら気にならないけどちょっと引っ込んで暗がりになってた一画、あそこで女2人と男1人が絡まれてたんだよね。
あの怪我人は大丈夫だったんだろうか?
まあ、気にしたところでどうなるもんでもないけど。
露店を冷やかしながらぶらぶら行くとあの時の女の子、確かトモルったっけ、バッタリ遭った。
「あ!あなた!クレハちゃん!」
向こうはしっかり覚えていたようで、あたしを指して声をあげた。
直後に異様な3人組を見て両手で口を押さえる。
まあ、そうなるよね。
「大丈夫だよ。あたしの連れだから。銀頭がシルバででっかいのがクロ。マントがホウさんでこっちはナック。弟さんは大丈夫だった?」
「2日くらい痛みがあったみたいだけど、もう治って仕事してるよ」
「ふうん?元気ならよかったよ」
トモルとはそのままそこで別れた。
「なんの知り合い?」
ナックが聞く。
「この間、ちょっと遅くまで街をぶらついたじゃない。
あの時、もう通り過ぎちゃったけど、あっちの引っ込んだとこでヤロー3人に絡まれててね。あんまりゲスいんであたしが飛び入りしたんだ。弟が怪我したんで家まで送ったんだよ。
確かお姉さんがネルカったかなあ」
とそこで、見回りの兵士があたしら一行を見咎めた。
異様な風体の3人に2人の子供連れ、目立つのはクレハでも解る。
「おまえたち、見かけないが旅のものか?」
「はい。この街の街長には許可を得ています。街道整備のものです。
私はシルバ。こちらがクロ、ホウ、ナックにクレハでございます」
兵士は胡散臭そうに順に見て行ったが、あたしのところで
「ああ。あんたはこないだの」
「えーっと。喧嘩騒ぎで来てくれた人?」
「災難だったな。あいつらはきっちり牢に入れた。安心してくれ」
そこまで言って連れを見回し
「大丈夫そうだな」と、ニッと笑った。
「邪魔したな」
兵士は街の警邏に戻って行った。
ぶらぶらと通りを戻って行く。噂をすれば影がさすってあるんだね。
そこへバタバタ息咳切って背の高い青年が現れた。
最初に寄った店で声をかけて来た気取り男、なんだってこんなとこで会うんだ?
「やっぱり!クレハ!助けてくれたんだって?姉さんに聞いたよ!」
あたしは額を叩いて天を仰いだ。
今の言葉で大体分かったよ。
そうすると聞いた覚えのある名前の弟はコイツだったのか。顔を腫らしてたから分かんなかった。
「だからどうっだって言うのよ。気安くしないで頂戴!」
こんな失礼なやつは突っぱねるに限る。
「クレハさま。そのように邪険にするものではありません。礼には礼を持って返すものです」
「礼って何よ?コイツだって分かってたら、あたしは助けなかったよ?」
「そんな!僕はお礼がしたくて……」
「うるさいわよ。どこまでしつっこいの?
あっちへ行きな!」
「そんなこと言わないで。姉さんの勤めてる食堂が近くにあるんだ。是非お礼を…」
「ね、シルバ。コイツ、人の話なんか聞かないであたしに纏わりつくんだよ?
あたしはこんな失礼なのご免だわ」
シルバが眉を下げた。
「そこまでクレハさまがおっしゃるなら仕方ありません。では戻りましょう」




