3 エイラと石板跳ばし
「クレハ。ラックルの店へ行ってくるよ。ここ、見ていて」
エイラはそう告げて庭から消えた。
マックランド城と言う黒い城の最上階に襲撃者が2人。エイラは一瞬で片付けちゃったその後始末に奔走しているんだ。
バタバタと2人の近衛兵が駆け寄ってくる音がした。
強張った顔であたしの足元に並ぶ同僚を見る。
「なんてことだ。ナスクル。トゥエイン、ロークル、ネッド。こいつらがやったのか、たった2人で」
そこへムシロの束を抱え、エイラがやって来る。衛兵達に遠慮して離れたところに現れ歩いて来たのだ。
ムシロを遺体に1枚ずつかけて行く。
黒装束にもそれぞれかけて一枚は横に拡げた。
「さて、改めさせてもらうよ」
エイラが両手を軽く上げ渦を操ると、渦が侵入者を包み身体に付けていた衣服や装備がムシロの上に一つずつ転移して並んで行く。
こんなことできるんだ?
あたしがやった日には何が毟れて来るか分かったもんじゃない。
あの毒に近寄らなくて済むのはありがたいよ。
なんかあたしがジーナに言われて、遮蔽材を探った時のことを思い出した。あの時、渦を細く伸ばしてそれを触手みたいに使ったんだよね。
エイラが今やってるのも距離は近いけど、相手はムシロの下で見えてはいない。
そうやって探って見つけたものを転移の渦で包んで、こっちの拡げたムシロの上に取り出している。
あたしもエイラの邪魔にならないように隣の黒尽くめに渦を伸ばしてみた。集中するのはムシロの下。見えないから指先で触れるかの如く、1点の感度を上げる。なかなか上手くいかない。
衣服も体も区別が付かない。それでも懐に何か固いものがあるのが分かる。
そーっと転移の渦で包んで包んで……
…やっぱりやめとこう。いくら死体でも肉とか毟ったら洒落にならない。
探るだけにしよ。
他には……腿の辺りに短剣らしいのが1本。肉も骨も感触ってほとんどない。
こう言うのは生きてる人にやりたくはないな。
……膝かな?なんか硬いものがある。
それはエイラが転移させた石の薄片だった。ひどく薄いのにしっかり両面に圧縮がかかっていて、その感触は一際硬いものだった。
これくらいはっきり感じ取れるなら転移もできそう。
あたしは地面の草の上に石片を跳ばしてみた。それでも周囲の組織をいくらか連れてきたようで、現れた石の表面がぬらりと光る。
「エイラ。これってどうやったの?8枚も跳ばしたんでしょ?」
エイラはあたしが指差す薄片をチラッと見て、侵入者の剥ぎ取りを続けながら
「どうって?動けないように関節へ跳ばしただけよ?」
「見てたけど4つくらい渦が見えた。でも跳んでたのは8つ」
「へえ。クレハには渦が見えたんだ。あたしは自分じゃ小さい渦は見えないんだよ。でも跳ばすのは4つずつかなあ、多分」
「どのくらいまで跳ばせるの?」
「15メルなら確実、20メルだとキツイかな?もっと軽ければもっと跳ぶかもだけど」
「いくらなんでもあれ以上薄くなんて」
「もう半分は行けると思う。けどすぐ割れちゃうからね。無理すれば一回は動けるみたいでね。一度大きいの相手で危ない目にあったことがあるんだ」
大きいのって何を相手にしたんだろ?
でもそうか。そんなに跳ぶんだ。
あたしも近間ならそんなに意識しないで跳ばしたりするけど、武器にするってのは思いつかなかった。
エイラがムシロに持ち物や衣装、下着の果てまで剥いて並べたものを衛兵達が検分している。
「短剣に紋章の入ったものがあります。どこかで見たような気がするのですが」
エイラが覗き込んで首を傾げる。
「あたしも見た気がする。どこで見たっけ?」
あたしも見てみたけど、なんとなく剣を咥えた犬?
扱いが悪くて潰れてるのか、元々なのか子供の落書きみたいに見える。
エイラが上へ戻ると言うので付いて跳んだ。
広い居間にマクファースが近衛兵と何か話している。
背に飾り彫りでいっぱいのソファに奥様と二人の娘が固まって座っていた。
確かニーニアさんとエスターニャちゃん、クーシェルちゃんだっけ。
まだ緊張が抜けていないようで、どの顔も強張った表情だった。それでも大きな怪我はしていないみたい。それだけはよかった。
エイラがマクファースのそばへ寄って声を掛けた。
「マクファース。ちょっと休憩行ってくるよ。また寄るから」
「ああ、そうだろうな、あれだけやってくれれば。あとはなんとかするよ」
自分も縛られて刃物を突きつけられていたというのに、一国の主人と言うのは弱音も吐けないと言うところなんだろう。
衛兵の手前、控えの間に下がる体でエイラはセーシキドーに跳んだ。
「クレハ。あんたは大丈夫なのかい?」
銀の球体の中へ出るとエイラがあたしに尋ねる。いつもと変わらず静謐な空間に浮いたまま、あたしは小首を傾げた。
そんなに大変だったかな?対人戦闘で死体を運んだからちょっと来るものはあったけど。
あたしがなんと答えようか逡巡していると
「的にする太めの木の枝を拾っといで。石板跳ばしの練習してみよう」
とエイラが言った。
ネロデールスに入る前に伐採した木があった。あれを一本持ってくるか。
作ったばかりの街道沿いに跳んで、クレハは額をピシャリと叩いた。
手頃な枝なんて一本も残ってない。みんなセルロースの丸太に纏められていたのだ。
「あちゃー。そうだよなー」
天然木として乾燥待ちがてら、路側に転がしてある幹の玉切りの中から、細そうな奴を選んで持って行くことにした。
「あんた、随分大きな丸太を持って来たじゃない」
セーシキドーに現れるなりエイラに言われた。
太さ15セロ、長さ2メルの丸太は、まだ乾燥が進んでいないせいもあって100キルを超える。とは言えクレハにとっては然程の負担ではない。
「手頃なのがなくってさ」
「そうかい?的はこのくらいもあればいいだろ」
渦が丸太に走って30セロほどを切り離す。
「ほら、これが的だよ。この石の棒を持って的に跳ばしてごらん」
エイラは10メルの銀球の中で内壁に貼り付けるように的を置き、反対側に跳ぶ。
かなり回復したようで辛そうな素振りは見えない。この場所は力の回復がなんでか異常に早いのだ。
あたしは言われた通り、手元の石を剥がすように圧縮の渦で切り取って的へ跳ばす。薄片は的の手前に現れ漂った。
むう。跳ばす先の渦が甘かったか。でも触手みたいに渦を伸ばすのは、ちょっと時間がかかるんだよね。
エイラがやるみたいに、パパパッと跳ばさないと急には間に合わない。
「ちょっと遠すぎたかねえ?」
あ、言ったな!
今度こそ。
跳ばした石板は球体から外へ漂い出てしまった。それを見てエイラが青くなった。
「ちょっと待って。やっぱりもっと近くでやろう。殻に穴が開くと始末に困るからね」
穴?なんで?
エイラが的の木を球の真ん中に置いた。距離は4メル半しかない。
いくらなんでも近いと思ったが
「あんたの場合は石の切り出しと的をきっちり捉えるのが先だ。
まったく。あたしと違ってバカ力なんだから」
ゔ、そこは否定できない。力任せは確かだもんね。
すっかり近くなった的に石板を切り出し跳ばすが、何枚も的の周りに浮かぶばかりでうまく行かない。
「ちょっと待ってごらん。あたしの場合だと石板の重さで跳ぶ距離が違ってくるんだけど」
そう言って漂う石板をエイラが集めて来た。
「まるでバラバラだね。あたしが作るからそれでやってみてごらん」
見ている前で20枚の石板が棒から分離した。風が割り込んでいないから、棒の先が1セロ黒ずんだようにしか見えないけど、切れているのは分かる。
やってみるとだんだん集まるようになった。2枚当たったのはマグレっぽいけど。
「うーん。あんた、的に渦が入ってる?見えるんでしょ?」
「あ。目見当で跳ばしてた」
やっぱり転移先の渦は要るのか。エイラが4ついっぺんに跳ばすって言うから、もっと適当なのかと思ってた。
えっと、渦を4つ的の周りに刺さる感じで……って、難しい!
1つだけでもちゃんと位置合わせするのが結構大変だよ?
「ねえ、エイラさん。なんであんなにスパスパ跳ばせるの?」
「なんでって……たくさん跳ばして、慣れたから?30年以上もやってるからねえ」
「そっかー。そうなんだ」
渦を的にしないと当たらないことはよく分かった。石板の重さはあたしの場合問題じゃないってことも分かったよ。
2ハワー近くエイラさんの休憩は続いて、あたしも練習がたっぷりできた。
飛び道具が使えるってのは良いね。
転移だから皮がどれだけ硬くても関係ないってのも良い。
あとはあれかー。
連続転移。目がチカチカするくらい風景の変わるやつ。感触だけで剥ぎ取りなんか、怖くてとてもできないけど、あれはやってみたいな。
この日は一度マックランド王城に戻って、もう一ヶ所別の町へ行って商売にお付き合いした。
あたしは荷運び以外は大して役に立てなかった。
エイラはお店を3軒回って干し肉や毛皮を仕入れていた。




