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フロウラの末裔 2  作者: みっつっつ
3章 姉弟子エイラ
25/48

2 エイラと黒い城

 エイラの店に来て3日目。


 石から薄片を削ぐのと、食器用の大きな円板切り出しができるようになった。

圧縮で曲げるというのはまだできないけど、石の表面の艶出しくらいはあたしにもできる。

 エイラさんも行商の予定があるので、そうあたしにばかり付き合ってもいられない。工房で岩食器などの在庫が溜まると各地を回るのだという。


 今日はマックランドから回るというので付いて行った。

 いつもは荷車を押すのに小僧を一人連れて行くそうだけど、あたしが行くというのでその子はお休みになった。

 屋台の食べ物が楽しみだったらしく、休みになったというのに恨みがましいことを言われちゃった。忘れなかったらお土産に何か買ってこよう。


 いつもは重さの関係で3〜4回に分けて運ぶ荷車だそうだけど、あたしは丸ごと一回で運べる。

 荷車を伴ってエイラさんと2人でマックランド上空に現れた。


 ここも初めてくる場所だね。ジーナの知ってる場所が少ないのか、世界が広過ぎるのか。


 マックランドは黒い城塞都市だった。

 大きな円形の高い外壁には東西と南に大門《おおもん》があり、北寄りに内壁が聳え同じ高さの内壁がある。内壁から外壁へは2本の橋が掛かっていて、兵士の他に散歩中の人がチラホラ見える。

 外壁と内壁の間に商店や住宅がぎっしり並んで、人々が暮らしているんだ。


 内壁の中は3重の輪になった建物があり、その中央に高い尖塔を背負った王城の建物があった。


 あたしたちが浮いている高さはその尖塔よりも更に高い。あの塔には見張りの兵士が居るらしいから。

 磨き込まれたようなピカピカの黒が強い印象のお城と城壁だった。


 外を見ると東側へ延びる街道は山地を登る峠へと続き、南は離れた川まで広々とした農地、北は急峻な山塊、西は森へと道が飲み込まれていた。



 南門からずっと入った辺り、内壁にもう少しと言った場所の大きな商店の狭い中庭にエイラが降りる。

 あたしも荷車を伴って下へ跳ぶ。


 エイラはあたしにここで待つように言って、小さい方の扉から庭を出て行くとすぐに恰幅のいい男を伴い戻ってきた。


「クレハ。ここの店主のラックルだ」

「ラックルです。元はエイラさんの小僧をしておりました。この店を譲っていただいて商売をさせてもらってます」

「クレハです」


「ラックルはこの店を買ったんだ。支払いは終わってるけど、あたしの商品を引き続き扱ってくれてるのさ」

「長い付き合いです。もう27年にもなります」

「そんなになるかい?

 王城の方はどうだ?」

「はい。一昨日からマクファースさまは町内の見回りには見えません。

 何かあったのではと噂はあるのですが、お触れなどはありません。皆、心配しております」


「そうかい。ちょっと見てこようかね。

 荷は置いておくから、後で伝票を切っておくれ」

「分かりました。やっておきますので、王城の方はよろしくお願いいたします」


「クレハ。じゃあ行こうか」


 店を出るとそこは大通り。右手に少し離れて内壁の大門が見えている。左の外壁はここからだと遠くに見える。

 さまざまな商店が建ち並び人通りも多い、賑やかな通りだ。


 内壁の門で衛兵に挨拶して潜り、幾つもの中庭と建物の下を通って黒い外壁の王城が見えて来た。幅は100メル以上もありそうだし7、8階も窓が並ぶ背の高い建物で、その威圧感がすごい。


 あたしがその偉容に飲まれているとエイラがクスクスと笑った。


「大丈夫だよ。取って食やしないよ。

 マクファースはいいやつさ。ニーニアもね」


 ここに立哨する衛兵もエイラには質そうとはしない。

 こんなんでいいんだろうか?


「ねえ、エイラさん。なんだか素通りって気になるんだけど、ここの警備、大丈夫なの?」

「3階のホールまでは市民は出入り自由なんだ。ほら、この市民証があれば自由に出入りできるよ」


 見せてくれたのは水色の石に刻まれた小さな男の子の肖像。背中にセミのような羽が広がって付いている。絵本で見た妖精っぽい姿だ。


「絵のそいつはクエルタースという、本人が言うにはピクシーだそうだが、生意気な口とは裏腹の可愛さでマスコットみたいなものだ」


 この時はそう言うものかと思ったけど、後で考えたらとんでもないものだよね。石にあんな細かい絵を刻んだものを一体何人に持たせてるのか。


 エイラは王城のホールに踏み込んだ。

 正面の大階段を右に回り込み、奥へ進む。

 ホールの奥では町の奥さん連中だろう、豪華とは言えないまでも精一杯のおしゃれをした女達が輪になって踊っていた。


「祭りの練習かい?ちょっと間を通らせてもらうよ」

「お姫様の誕生会が近々あるんだ。せっかくだから今年も振り付けを変えて、退屈させないようにしないとね」

「お姫様と言うとアスターニャちゃんかい?」

「そうなんだ。今年10歳になられるんだ。今年のお衣装もあたしらの楽しみさね」

「それはそれは」


 ホールの奥には扉らしい大きな窪みがあった。取っ手のようなものは一切無く、どうするのか見てるとエイラが小さな壁の突起を押す。扉の上の模様かと思っていた数字が変わって、チンという音がしたらスルスルと窪みの奥の扉が右に動く。

 扉の奥は酷く狭い部屋だった。3メル四方で家具も何もない。壁に絵が2枚飾られているだけだった。

 エイラが中に入り、戸惑っているあたしを手招きした。


 仕方なく中へ踏み込むと後ろで扉が閉まる。

 直後カクンと床が揺れ、足に重みがかかる。その重みはすぐに戻って今度は軽くなった。

 あれっと思っているうちにまたカクンと床が揺れて、扉が開く気配がした。


 振り返ったあたしは固まった。

 さっきのホールではなく飾り付けの多い、豪華な広い廊下がそこにあったのだ。

 エイラに肘を押され扉を潜ると足元の床が柔らかい。

 数セロの毛足が足を包み込む。それは変わった模様の床では無く一面の絨毯敷というやつだった。


 目を白黒させるあたしにエイラがクスクスと笑う。


「何よ。こんなとこ初めてなんだもの仕方ないでしょ?」


 思わず口をついてそんな言葉が出たが、エイラはこっちを見ていない。

 それどころか体勢を低く廊下の先を注視していた。


 あたしも釣られて気配を探るが特にどうと言った感じはない。

 いや。


 あの大階段の上。何か争うような?

 エイラの警戒はこれか?


 エイラが小さな渦を巻いて跳んだ。

 あたしもそれに続く。出た場所は広い居間だけど人影はない。

 更にエイラが跳ぶ。いくつかの部屋を景色が明滅するような勢いで次々と跳ぶ。こんな連続転移も初めてだった。

 あたしは2回壁にぶち当たりそうになったよ。途中倒れている甲冑を見たような気がしたけど、エイラがドンドン先へ進む、あたしは必死でついて行く。


 エイラの転移が止まった。

そこにいたのは顔の見えない黒尽くめが二人。あたしと同じくらいの女の子を踏みつけている。

 もう一人は縛り上げた男の前にしゃがんでナイフで顔に落書きしようとしている。


 あたしがそこまで認識したとき、エイラの腰に小さな渦が4つ。

 続けて黒尽くめの膝と肘あたりに小さく巻いたように感じた。

 二人の黒尽くめがギャッと叫んで(くずお)れる。

 エイラが転移3回であっさり武器を取り上げたが、二人とも固まってしまったかのように呻くばかりで動き出す様子がなかった。


「エイラ。何したの?」


 あたしが聞くとエイラが手のひらに例の石の薄片を転移で取り出した。


「こんなふうに膝と肘の関節に跳ばしたのさ。両手両足だからね、痛みと石で固定されて動けやしないよ」


 4つの渦を見たと思ったけど8つだったの?


 あたしが踏まれていた女の子を助ける間に、エイラは男の方の戒めをナイフで切った。


 手が自由になると男の方が猿轡をひきむしって、叫ぶように

「アスターニャ。無事か?」

「ママとクーシェルがそこのクローゼットに!」

 抱き起こすと女の子がそう告げた。

 あたしが示されたクローゼットへ走って扉を開けると、2人が縛られて床に転がっていた。



 男の名はマクファース。このマックランドの王だった。

 妻のニーニアと長女のアスターニャ、次女のクーシェルがマックランド王の一家だ。エイラによれば常に4名の衛兵が傍に付いていたはずと言う。


 それが一体なぜ侵入者を許し、こんなところへ押し込まれていたのか?


「あ。やられたわ」


 エイラがそう言って首を振った。

 言われてあたしにもその言葉の理由がわかった。黒尽くめ2人の気配が消えたのだ。

 口から僅かに溢れ落ちた血の色がやけに黒っぽい。呼吸を確かめようと傍に寄ると、あたしの喉を焼くような苦辛(いがら)い匂がした。

 一息で咽せそうな匂いに、慌てて飛び退く。


「ゲホッ、ゲホッ。何よこれ!

 毒?」


 エイラが窓を開けて換気をする。

 でも、両手両足の関節を縫われて、どうやって毒を煽ったって言うの?


「クレハ。その死体を窓から出して。庭まで下ろしちゃって」


 うーん、やだなあ。匂いが酷いんだもの、こいつら。

 窓からって浮かせて押し出せってこと?それだと触んなきゃじゃない。

 転移ならちょっとくらい離れていても持って行けるのに。

 あたしは窓から外を見た。外はまだ屋根の上か。あの辺りまで跳べばいいかな。見当がついたので、死体に渦を纏わせ一緒に屋根の縁へ跳ぶ。

 地上まで30メル以上もあるけど、見えていればなんてことはない。


 地面に死体を転がして部屋へ戻ると、エイラが衛兵の遺体を動かそうと頑張っていた。


 確か4人いたって言ってたっけ。


「まだ他にいるの?」

「護衛の兵は4人とも亡くなっていたよ」

「案内して。運び出すんでしょ?」


 エイラがギョッとした顔であたしを見た。次いでため息を一つ。


「付いといで」


 軽鎧を着た大柄な兵が4人。

 500キルを超えてる重さだから、エイラさんには文字通り荷が重い。

 でも何の芸もなくただの力持ちのあたしにはどうってことはない。触れる必要すらないんだ。

 案内に従って残る3人を集めて、黒尽くめの隣にそっと横たえた。

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