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フロウラの末裔 2  作者: みっつっつ
3章 姉弟子エイラ
24/48

1 エイラ〜ナーバスにて


 テトライン、一つ目の駅を出て最初の街へは無事に着いた。


 夜出歩いたってんで昨夜はしこたまシルバに怒られちゃった。

 けど、これからの予定だという、街の偉い人との交渉や交易販路の開拓なんかはシルバに任せておけばいい。

 それでも午前中は衛星の地形図の埋まってないところを、調査で跳び回って手書きで書き込みしていく用事を言いつかった。


 そんな退屈そうなことよりもあたしはエイラさんのところで圧縮の話が聞きたい。

 だいたいこうやって落ち着いた時にやっておかないと、次はいつになるんだか。


 そう思いついてエイラに連絡して見ると、向こうはもう午後の半ばだという。


 圧縮のことで色々教えてもらうのはジーナを通じてお願いしてあった。これからなら相手できるというので、シルバに預かっていたボタンでツーシンを入れた。


「クレハさま、どこを遊び歩いているのですか。お早くお戻り下さい」

「あー。悪いんだけど、ちょっと姉弟子のところへこれから行ってくるよ」

「姉弟子と言われますと?」


 ミットさんのことならならそんな呼び方しないので、シルバが訝った。


「エイラさんっていう人だよ。また連絡するね」

「あ、これ……」


 あたしは耳のボタンを2つ叩くとツーシンを切った。


 エイラさんからどんな話を聞けるか楽しみだ。


 ジーナのところで見た岩食器や木椀。

 何より狩った鳥から出て来たという、向こうが透けそうなくらい薄く小さな石板。


 あんなのがあたしにも作れるんだろうか。


 エイラさんの渦を辿って飛んだ先は急峻な山が迫る街だった。塔が寄り添うように立つ崖を、掠めるように街道が一本。

 すこし離れた川までに4本の大通りがあり大きな橋が2本見えてそちらも広い道が川向こうへ続いている。

 川に沿って街は上流へも広がっていて、山腹にポッカリと空いたトンネルはチューブ列車の駅らしい。


 ジーナの訓練で沢山の街へ跳んだけど、ここは多分初めてじゃないかな。

 あたしが出たのは山に近い街道から1本入った辺りだった。山に近い家並み全体に古びた感じがする。川沿いや上流側は新築っぽい家が多いのは何でだろうか。

 ま、いっか。


 広い敷地に工場(こうば)を兼ねたような商店が眼下に見えている。屋根材の色が他とは違う緑色で凹凸がないつるっとした印象の建物だった。あそこにエイラさんが居るんだろうか。



 一本北寄りの路地裏に降りて歩いて表に回ると、木彫り看板には『エイラの店』とあった。

 覗くと間口が広く、透明板の嵌った引き戸のお陰で明るい店内だった。店内には客の姿が何人もあって、相手をしているのは、揃いの濃い青に白抜き文字という前掛けをした、お婆さんと子供と言っていい年齢の店員数名。


 あたしが引き戸を開けて中に入るとパタパタと店員の格好をした少女が駆け寄って来た。


「いらっしゃいませ。どのようなものをお求めですか?」


 少女のハキハキとした物言いにクレハは驚いた。リンボーでも店を手伝う子供は何人も見て来たけど、こんなに物馴れた様子の子は初めてだ。


「買い物じゃないんだ。エイラさんと言う人を探してる」


 一瞬戸惑った表情をした少女はすぐに言った。

「エイラという者はおりませんが、奥の工房に渉外担当がおりますので、そちらでお尋ね下さい」


 ううーん。この言葉遣い。10かそこらだろうに。

 あたしじゃこうは喋れないね。


 感心しながら指された奥に進むと工房があった。

 扉に嵌った透明板から中で独り作業する女の人の背中が見えている。


 あたしは扉を開け中に踏み込んだ。


「こんにちは。エイラさんを探しているんですが……」

「あんたがクレハかい?エイラはあたしだよ」

「え?さっきいないって……」

「ああ。この姿で60近いってのも無理があるだろ?あたしはエイラの孫ってことになってるんだ」


 確かに20代にしか見えない。系譜の人たちってみんなこんななの?

 あたしが言葉を出せずにいると


「圧縮のことを聞きたいそうだね。どのくらいできるんだい?」


「あ。あたしは石の表面を固めるくらいで……」

「ふうん?この石を見ててごらん」


 エイラが見せたのは直径が20セロある円柱形の岩だった。

 そこに渦が入り込む。あり得ないくらいに厚みのない渦だ。薄い円盤が切り離されたのが分かった。その隙間に渦が巻き少量の風が転移した。

 途端に薄い石の円盤がふっと浮き上がってテーブルにカランと落ちた。


 あたしはそれを拾って厚みを確かめる。この板を5枚重ねても1セロに届くだろうか?

 それほどに薄い。


「これに片面だけ圧縮をかけるよ」


 円盤に型紙を当てると、それに沿って外側にだけドーナツのような渦が巻く。渦の触れた部分がゆっくりと反っていく。ドーナツの渦は外側に向かって穴の大きさを広げて行った。

 それだけじゃない。片面だけの圧縮が両面に変わっていくのも見えた。


 圧縮された外側が一定の勾配を描いて使いやすそうな器の形を成していった。

 これは店先で見たドンブリというものだろう。


「どうだい?見えたかい?」

「渦は見えました。切った時の渦はすごく薄かった。風を転移したんですか?」

「そうだよ。切っただけじゃ剥がすのが大変なんだ。ごく僅かでも間に風が入ると簡単に剥がせるんだよ」

「圧縮の渦で曲がるのはどうしてですか?」

「曲がった後の形で器の内側と外側で寸法が違ってくるのは分かるかい?」

「それは……板の厚みの分だけ外側が大きい……」

「そうだ。けど、形を作るのはそう単純じゃない。器の上に行くほど両面の圧縮を強めて形をつくっていくんだ。やってみるかい?」


 説明を聞いてやってみたが、まず綺麗な薄い、歪みのない渦を作るのが難しかった。

 ジーナが見せてくれた切断では厚い石版を切り出していたけど、あれでも十分に超絶の技だと思い知らされた。


「クレハは細かい作業が苦手みたいだね。もっと小さい渦を出してごらん。ほら、この太さピッタリのをだすんだ」


 そう言ってくれたのは直径3セロの細長い、20セロ長の石の丸棒だった。あたしが持った棒の先にひどく薄い渦が巻く。

 棒の太さちょっきりだった。ふっと風が入るとピラリと石の薄片が落ちた。


 丸と八角形の違いはあるけど、これはジーナのところで見た薄い石版と同じものだ。


「すごい!」

「さ、やってごらん。この円板を小口からちょっとだけ沈めた位置に押し込むようなイメージだよ?」


 あ。最初から切るんじゃなくて薄板を押し込むの?もちろんイメージだけだけど、なんか想像しやすいかも!


 言われた通り薄片を模した圧縮渦を棒の先端、ごく近いところへ押し込むように……

 渦の大きさは安定した。が、向きが上手く揃わない。少しズレたのか、切り残しが出て風を割り込ませると、ピシッと音を立てて棒の角が欠けた。


 削いだ薄片は厚みが不揃いで、圧縮が効いていているので割れたりはしていないけど、隅に棒から毟ったトゲが付いていた。


「難しい!」

「かんしゃく起こさないでもう何度かやってごらん」


 頑張ったけど7回立て続けに失敗した。

 毎回失敗の度にエイラが小口を直してくれる。

 エイラが削ぎ取ると小口はちゃんと直角で、面もあたしの顔が映るほどにツルッと平らになってる。


 あたしはほれぼれと整った小口を撫でた。

 本当に綺麗!

 あたしもこんな風にやってみたい!


         ・


         ・


 更に何度か失敗した。

 諦めずにやっているうちに、エイラが直した後の手触りが(よみがえ)ってそれがよかったのか、少し厚いけど良い切断ができた。跳び込んだ風にカタンと落ちる石片。大きな銅貨のような仕上がりだ。


「お?それ、いいんじゃない?」

「今までで一番だね。でも厚い」


         ・


         ・


 その日はエイラの削いだ見本には及ばなかった。


「シルバ?あたし、しばらくこっちにいるわ」

「エイラさまのところですか?姉弟子と言われるのですから大丈夫でしょうが、ミットさまからも言いつかっております。ご迷惑にならないよう、危険なことはしないようにお願いします」



 夕飯でサツキばあちゃんと、4人の小僧と呼ばれる歳端もいかない子供たちと一緒にテーブルを囲んだ。


 サツキさんはエイラさんの2歳下、カントワース以来の妹分だと言う。一緒にジーナに保護されたのだと。

 小僧たちはジーナがサイナスでやっているのと同様に、エイラがあちこちの街で集めた孤児や溢れ者で、孤児院に属さず廃屋や家の隙間で隠れながら盗みや、わずかな手間賃で重労働をしていた者だった。


 彼らにはエイラの歳や名前を他人に言わないよう徹底されていて、あたしにもそのことは厳しく言われた。


 エイラはあたしやジーナと比べると持ち上げたり跳ばせたりする重さは酷く少ない。

 けれどその分、渦の扱いでは細かなところまで操ることができる。


 あたしもあんな精緻な細工ができるようになりたい。

この章は短いですがエイラさんのお話。

50年ほど昔のジーナの弟子でクレハの姉弟子です。

エイラの物語はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n3642hi/

よろしかったらご覧ください。

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