4 透明トカゲ再び
「元気は出ましたか?」
声に目を上げると
「クロの作業はまだかかりますがこちらも動き出す頃合いです」
シルバの前向きな言葉に、あたしたちはトラク前方の特等席に移動した。モニターに現在の前方の画像と、道路の造成範囲が重ねて表示された。別のボードに映る断面図を見るとやや下り勾配らしい。
どうやって測ったのか、小山の向こうの広場を越えると小さな川を渡って、地面がどんどん下がって行くらしい絵が描かれている。
そこへ赤い線が斜めに結ばれて橋が架かり、削ったり盛ったりが一目瞭然だ。
なるほど。ここに降りるんならこの辺りからもう、下げて行ったほうがなだらかだよね。
正面の小山を突破するのに2回の変換、時間にして45メニが必要で、一部は切り取った部分が左右から崩れないように、土留めの壁が一緒にできる。
クロが倒した木も玉切り材は天然木として良い値段で売れる。落とした枝葉や根の部分はセルロースの丸太に加工してしまうそうだ。
道の造成が始まるとクロが作業を終えて次の木を求めて先行して行った。
進路上に大きな木はないけれど、小さくても生きている木にはナノマシンを使えない。
切り倒すだけでもやっておく必要があるんだ。
2回の造成が終わると切り通し区間を抜け、一気に視界が開けた。川まで一直線に下る間の木はすでに倒されて、川向こうの森林が一段低く見えている。
ここから見る限り数ケラルは続く針葉樹の森で、左から奥へ流れる白い山脈まで広がっていた。
地形図で見る予定進路は、あの森の中にある細い街道を拡幅して左へ緩く曲がり、さらに降っていった先、川の合流点に大きな街があった。
チューブの路線図によればエストラだが、これだけ離れていると昔の名ではないかも知れない。それは行ってみてのお楽しみ。
5回目の造成にかかるべく、作業トラクが前進している時、さらに先で伐採を行うクロががチェンソーを置き、腿から引き出した双剣を構えるのが見えた。そのままジャンプで後退するそばを何かが飛んでいくのが見える。
クロはさらに2回ジャンプしこちらへ近づくと右手に陣取った。
その後を伐採木を蹴散らし、葉を撒き上げながら何かが迫って来る。
クロの着地の後、構えがとられたあたりでその動きも止まる。前進する作業トラクに警戒したようだ。
撒き散らす伐採木の動きと草が重そうに倒れかかるネバネバを見ると、どうやら先ほどの透明トカゲと見て間違いないだろう。
あたしがヤツの真上へ跳び、ナックが運転席上部の天井を跳ね上げる。シルバも左の扉から飛び出し長剣を抜く。
ナックは上半身を屋根から突き出し、奴が止まったあたりを睨みながら、プレスボウを握ってカシカシと圧縮圧を最大まで上げた。
プレスボウはクロの装備品の一つで、シルバが借りたものをナックが横取りしたのだ。
なんてわがままなやつだ。
矢が飛ぶのでボウという名が付くが運用や原理は空気銃に近い。鏃部分に毒瓶や小さな爆発物も付く凶悪なものだが、装填にそれほど力を要しない。
ナック向きの武器と言える。
上空のあたしが見えない足の動きを一番よく分かる。視点の高いクロも見えているだろう。
まずクロが動いた。右に回りながらゆっくりと足を踏み出し近づく。
あと5メルほどというところで一旦止まる。その間にシルバも近づいていた。距離は12メルと言ったところ。
クロも突進し体格に比し短剣にしか見えない厚刃の剣を右手で突く。合わせるようにあたしがヤツの頭と思しきところへ跳び切り込んだ。
コイツの注意は完全にクロに向いている。それはこれだけ体が大きければ気配で分かる。増してさっきやり合ったばかりの相手だ。クロに向かって強力な尾の一撃を繰り出す気だ。
あの見えない攻撃は脅威だが、クロとて足跡の捩れる様子で動きを見て取っている。その証拠に、衝撃に備えるように身を沈めた。
あたしの突きおろす剣が鼻先を捉える。
皮は厚いが衝撃は通った。穴が空いたと見え血飛沫が舞う。が、尾の勢いは止まらず、クロが3歩分も押し込まれる。
鼻面がしゃくり上げる気配にあたしは上に跳ぶ。そこへ噴き出す血を目当てにシルバが切り込んだ。
ケエェーーー
今のは効いたね。尾の揺り戻る気配にあたしはガラ空きの腹を狙う。渾身の突き落としを狙ってタイミングを測る。先だっての戦闘で抉った傷が微かに見えているのだ。
ナックの矢が逆側の腹にバスッと突き刺さった。
明らかのひるんだ気配にあたしが狙った腹を上から突く。
だがまだ浅い。
シルバが頭に何度も剣を振り下ろす間に、クロが体勢を立て直して膝を縮めた。
3方から攻め立てられ透明トカゲはクロへの注意が逸れた。
ナックの2本目の矢が胸辺りを捉えたところで、クロが高い跳躍を見せた。
剣を一本だけ両手で握り、あたしに倣って突き下ろしの構え、狙いはあたしが付けた腹の傷だった。
シルバの連撃を頭に受けながらもそれを避けようと、後肢の草が根こそぎ飛び散る。
大きな体が一歩動き出そうとしたところへクロが降り立ち、狙い澄ました一撃を入れた。その剣は柄元まで腹に刺さり、体がぶれるように濃灰色の姿を現す。
「うわ。でっかい!」
ナックの声だ。全体の姿を初めて見て驚くのはここではナックだけだ。
あたしは気配でコイツの大きさが分かるし、クロやシルバは大きさなどあまり気にしていないだろう。
幅広の頭に頑丈そうな鱗に覆われ、鋭い爪の付いた前肢。横に広がるように太い胴の鱗は大きく、凹凸がハッキリしている。後肢は前の5倍はありそうな太さ、そこから更に太いずんぐりとした尾は2メル以上もあって、背にはトゲ状の背板がいくつも並んでいた。
クロの剣は後肢寄りの脇腹を捉えていた。
動きは止まったかに見える。
シルバの連撃が止まり、クロが突き刺した剣の柄を捻り傷を広げた。
が、そこで濃灰色のトカゲが4本の肢で跳ねる。どうやったらそんな動きが可能なのか、高く2メル程も飛んで巨体が宙に浮く。クロが剣を抜く間も無く跳ね飛ばされた。
うえっ。まだこんなに動けるの?
あたしがげんなりと次はどこ狙おうかと考えた時だった。熱い風が2本の槍のように一瞬に通り過ぎていった。
空中で巨体がビクンと震えた様な気がした。
ドズウゥンン
「なに?どうしたの?」
「ナックさま。2門の前部レーザ砲です。飛び上がってくれたので射線が通りました」
あ。そっか。トラクが近くにいたんだっけ。このトカゲときたらでっかい割に背が低くて、間にはそう高くはないけど土の山があったから直接狙えなかったのか。
「ずっと狙ってたんだね」
「もう10メル前に出られればよかったのですが、仮設路を伸ばすより先に飛び上がってくれたので撃ちました」
「仮設路なんて作ってたんだ?」
「はい。作業トラクは一番の戦力ですのでなんとか使うべく準備していましたが、前へ出るにはもう5メニほどかかりましたので、飛び上がってくれて正直ホッとしています」
「あれをもう5メニも相手するの!?」
「絶対無理!」
あたしたちが口々に叫ぶのを涼しい顔でやり過ごすシルバ。
クロが剣を回収するついでにちゃんと死んでいるか確認している。
「でもこんな大きいの、どうするの?
いくらクロやシルバが居たって大変だよ?」
シルバがトラクを振り向いた。
「もうそろそろです」
何が?
そう思ってシルバの視線を追うとそこには幅2メル半の出来立ての道があった。
さっき言ってた仮道路か!
作業トラクが道を外れないようにゆっくりと前進してくる。出来上がった道からは少し外れた位置に転がるとトカゲに、トラクから霧が吹き付ける。
「なにあれ?」
「解体です。大きすぎるので、ナノマシンで解体いたします」
「へえ。そんなことできるんだ?」
「はい。タイタロスでジャスパーを解体をした時が最初でしょうか」
「タイタロス?ジャスパー?」
「僕、聞いたことあるよ!でっかい魚!」
「はい。タイタロスという島でミットさまが倒した10メル超えの巨大魚を、出来立ての道路を俎板代わりにトラクを使ってアリスさまが解体しました」
話している間にもトカゲの背に切り込みが入り地面に向かって厚い皮が捲れて行った。
地面に平らに広がると、背の肉からブロック状に転がるように皮の上に落ちて行く。すっかり骨がむき出しになるまで10メニとかからなかった。シルバがトラク後部の資材庫から容器を出してきて、剥がれた肉を詰め込んでいく。
シルバの拾った場所にまた一つコロンと肉ブロックが転がる。
見ていたクロが骨を持って立たせると、バラバラと肉が落ちる。腹の部分は内臓の詰まった袋になって一緒に持ち上がった。
「アリスさまでしたら、その骨も回収して小物などの原料になさるところです。ですがここは肉と皮が回収できれば良いでしょう。
クロ。それの始末は任せましたよ」
親指を立てて応えたクロは、すっかり肉片が落ちるのを待って内臓付きの骨を持って草原に分け入った。
腿の収納から折り畳みのショベルを取り出すと、穴を掘って骨を埋めてしまった。
シルバが容器に肉を回収してしまうと皮がひとりでに縮んでいって、最後には長さ1メルの太い丸太状になってしまった。