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フロウラの末裔 2  作者: みっつっつ
2章 テトライン
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3 これってトカゲ?


 シルバが幹の影から現れたと気付いたクロが動きを止め、右の腿を軽く叩く。すると腿の外側がパカッと開く。

 あたしは何が始まるのか、準備が要るなら時間を稼がなきゃいけないのかと、揺れるように4つ足で立つ気配に集中した。


 クロは上に向かって開いた腿に手を突っ込み、指先で摘むよう何か引き出す。ナックがギョッとした顔でクロを見てる。

 見えない相手がゆっくりと左へ移動する。


 次はどう動く?突っ込んで来るようなら効かないと分かっていても時間稼ぎに鼻面へ一撃……


 クロがもう一つ短い筒を引き出しシルバに向かって投げた。

 シルバはトトッと数歩駆け出しそれを受ける。


 正面に2本の、短く見えるが刃の厚い剣を持つクロ、左手のそう遠くない場所にナック、左奥にはシルバ、そして右寄りの空中にあたしが居る。

 ここまで大きな動きがないのは、新たに現れたシルバを警戒してるのか?


 更に右へ、やや前へ足跡が広がって行く。

 鼻面が下がり、右前肢で草が跳ね散って後肢の草が根こそぎ後方へ蹴り飛ぶ。

 突進が始まった。


 あたしは間合いをはかり鼻面に突き下ろしを叩き込む。勢いに押され、すぐに体が回転し始めて上へ逃れる。一瞬でもあいつの注意が逸れれば。


 後肢が新たな草の窪みを蹴散らした時にはもうクロの眼前に迫っていた。

 クロは体を右に開き躱しざまに剣を振る。あたしと同じく草の動きを見ているようだ。いや、最初に突進を受け止めていた。別の感覚があるのかもだ。


 剣がどこか柔らかい場所を捉えたようで血飛沫(しぶき)を上げ、すれ違った。

 ナックは手が出せず後ろへ回り込むのがやっとだ。


 左から風を切る音がバスッと突き立った。硬い皮を突き抜いたものはシルバの方から飛んで来た。


 ケエェェッ


 悲鳴ともつかない声を発し灰色の頭が見えた。

 それもすぐに消え前肢、胸、腹と明滅するかのようにその姿を露わになる。シルバの一撃が効いたのか、その激しい動きが止まっている。幅の広い平べったい顔のトカゲと見えた。


 見えたことで皆の動きが止まったのは仕方ないことだったのか?

 下半身から強烈な尾の振込みが、次の斬り込みを降り抜かんとするクロを襲った。

 クロの巨体が腹に受けた衝撃で宙を舞い後方に一回転、更に回転して頭から草地へ突っ込んだ。返す尾が前へ出ていたナックに向けられ、あわやと言うところで飛び退かせる。


 全身が消えたかと思うと再び後肢から草の根が蹴り飛び、あたしの下を通って藪へ突っ込んだ。

 バキバキと灌木が折れ散って舞う中、気配が遠ざかる。


 あれ?逃げる気?


 反射的に気配へ向け跳ぶけれど、梢が低く見通しが利かない。何度か転移を繰り返し追跡してみたがついに見失った。


 戻ってみるとクロがトカゲの足跡を調べ、シルバはナックの怪我を改めていた。


「逃げられちゃった」

 あたしがそう言うとシルバが

「お一人で追いかけてどうするおつもりだったのです?」

「あー。考えてなかった」


 それからしばらくシルバのお小言を聞く羽目になった。ナックは幸い軽い打身程度で()して痛む様子もない。


「ねえシルバ。なんか飛ばしたみたいだけど、あれ、なんだったの?」

「あ。そうだよ、シルバ。バスッとかすごい音がしてた!」

 ナックも乗って来た。


「こちらです。プレスボウと言います」

 見せてくれたのは後端に持ち手がついた筒だ。シルバはそれを右手で持って突き出すように構える。左手で筒の先端近くを握ると3度筒を縮めるように引いた。


「あの木を射ってみますね」


 右人差し指を握り込むと軽い衝撃がシルバの右腕に走り、何かがすごい勢いで飛び出した。

 シルバの示した木に近づいて見ると幹に短い矢が刺さっていた。小さな青い矢羽と軸が5セロほど見えていて、ナックが引き抜こうとするが抜けない。


「ナックさま。それを抜くのは無理ですよ。返りが付いていますし半分以上も刺さっていますから」


 そう言って一本見せてくれた矢は長さ15セロ、鋭い矢尻と捻りの付いた白い矢羽と言う、ちょっと持ち重りのするものだった。


「こっちの羽は白なんだ?」

「はい。そちらは小動物向け、ノーマルと呼ばれる矢です。先ほど撃ったのはラージ、大物向けですね。他にも毒矢(ピズ)破裂するもの(ボム)もございます」

「へえ。さっきカシカシやってたのは?」

「はい。この矢は圧縮圧で飛ぶので空気の圧縮をしておりました。最大7回まで圧縮出来ます。先程のトカゲには最大圧縮で撃ちました」

「ねえ、シルバ。それ、もうないの?」

「あたしも欲しい!」

「プレスボウは残念ですが今はこの1台だけですね」

「なーんだ。ガッカリ」

「シルバは長剣があるんだから、それ、僕に持たせてよ」

「あ。ナック、ずるい」

「へへん、早い者勝ちだい」


 結局、プレスボウはナックがせしめた。体が小さいので有効な武器がなかなかないナックには、丁度良いのかも知れない。


「しかし、先程のバケモノは何ですか?」

「分かんないんだ。ほとんど透明だったし。一瞬頭の方から波打つみたいに姿が見えたけどすぐ消えちゃったし。

 トカゲっぽい?」

「あたしは目も見たよ。切り付けたら跳ね返えされた。反応してたから衝撃は通ったみたいだけど」


「トカゲですか?カントロールにアガマという鱗が光るトカゲがいました。サイナスの森にも居たそうですが、お仲間でしょうか。

 アガマはクレハさまが避けたネバネバによく似たものを吐いていました。アガマもやはり、目には硬い殻をもっていましたし」


「アガマねえ。あんなのまだ居るのかなあ」

「トラクを引き出せばレーザが使えますから、警戒しながら戻りましょう。それには正面の木をクロに伐採してもらわねばなりませんね」


 生きているものには、治療目的以外でナノマシンを使ってはいけないという、古い決まりがあるんだそうな。

 作業トラクに戻るとシルバが後ろの資材庫の蓋を開けて、とても他の者には使えないようなでっかいチェンソーを取り出した。これもクロの装備品だそうだ。


 クロはなんとなく弾む足取りで大木に取り付くと、登って腰をロープで結えギュインチュィーンと大きな枝を切り落としていく。

 あらかた枝払いが済むと降りて回りの片付けの後、作業トラクとは反対側にチェンソーで受け口を切り込んだ。

 大きく切り欠いた三角の木塊を大きな左手で脇へ放り、反対側の少し高い位置をギャンギャンと切り込んで行く。


 途中チェンソーの回転刃が渋くなったのは、木の自重で切り口が締め付けられたためだと、シルバが教えてくれた。


 クロはそれ以上無理に切り込んだりせずに、追い口に木片で作った(くさび)を叩き込む。


 何回目か、叩く内にビシッと木全体に震えが走った。切り残した木の木目が楔のせいで引き千られ始めたのだ。

 が、まだまだ多くの繊維が生きてつながったまま。クロはさらに楔の尻を叩く。

 一旦千切れ始めると次々と影響が及ぶようで、叩くたびにピシピシとその音が鳴り響き太い幹が震えた。


「ナックさま、クレハさま。そろそろ倒れますので離れて下さい。

 この木の重心はやや左に寄っていますので倒れる際に回転する恐れがあります。もし根元近くで切り口が跳ね上がりますと、私の計算量を超える動きをする恐れがあります」


 シルバにこう言われてしまうとあたしたちは従う外ない。


 だからって、10メルも離れるの?

 何にも見えないじゃないのよ!


 メキメキと大きな音を立て枝のめっきり少なくなった大木が倒れ始めた。


 シルバの言った通り途中から捩れが起きているのが見て取れる。梢がゆっくりと地面に近づく間にも捩れは続く。

 捩る力は根元のまだ繋がっている部分に集中しているのだろう、バツンっと大きな音が響き回転が速まった。

 クロは既にこちらへ数歩避難しているが、根元が一気に千切れ木片を撒き散らしながら左へ跳ね飛んだ。

 梢に向かってぶるんと揺れが走って、あんなに太い幹が上下に(たわ)んだように見えた。撓みで揺れる根元部分が地面をドスンと一つ叩くと、今度は逆の右側へ跳ね飛ぶ。


 あたしたちがアワアワと見守る中、ついに10数メルの巨木は地面に叩きつけられるように横たわった。


 通路出口を半ば以上も塞ぐような小山の上に立つクロが、新たな空を背景にシルエットに見える。そのそばに丸い木の断面と背の低い台形。

 世界がいっぺんに明るくなった。


 クロはそのまま小山の向こうへ消えた。


「枝払いと玉切りを始めるようですね。

 私達はトラクに戻って休憩の後、出口の整地を始めるとしましょう」


 うん。そんなに離れてないからね。クロにすぐ追いついちゃうか。


 遠くから響くチェンソーの音を聞きながらシルバの淹れるお茶とお茶請けを齧って、あたしは自分がどれだけ緊張していたか今更のように感じた。背筋を下りていく脱力感と湧き上がるような気怠さ。

 隣を見るとナックは目を閉じて深い息を吐いている。


 シルバはあたしたちのそんな様子を見ながら、狭い台所で片付けをしていた。いつものおしゃれな黒服ではなく生地の厚い冒険着なので、ちょっと動きにくそうだ。


 1ハワーもそうしていただろうか。


「元気は出ましたか?」

 声に目を上げると

「クロの作業はまだかかりますがこちらも動き出す頃合いです」


 そうだった。冒険はこれからだよね。


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