7 レクサスの駅
ふわっと浮き上がるような感覚。
耳鳴りがする。甲高いキーンって音がずーーっと続く。目を開けるとすぐそばに土壁が見えた。知らない狭い部屋の中。透明板のはまった窓が薄いカーテン越しに見える。家具のようなものは何もなく、ひどく低いベッドが一つ。窓と逆の壁にドアが一つ。
3人も入ったらもう、一杯だね。
どこだろ…?
あれ? えーっと?
あ。乗り場の通路?
ネクサス駅の……
そっか。シルバに頼まれて遮蔽材を床に叩きつけて……
ナックが飛び込んできて…… あれ?
そのあとどうしたっけ?
身体は……あちこち痛い?どっかぶつけたかなあ?
正面にシルバの背中があって……あたしが後ろへ突き飛ばされるように押し出されたような?
あれかあ!
あたしはふらふらと立ち上がり、ドアの取っ手を掴んだ。そこで一旦止まって震える膝を宥める。
ジーナの訓練を思い出しちゃうね!
いや、ここまでのは無かったよ。無かったけど……ねえ!
ドアを開けるとそこは廊下。眩しい目をすがめて窓を見ると2階らしい。緑の草地に木が何本か植えられ近間は綺麗なんだけど、ちょっと離れた草山はきっと回収前のガレキだ。やっぱ、ネクサスだね。
左はドアがひとつあって行き止まり。右は……あれ、階段かな?行ってみよう。
気がついたけど床も壁も階段も木じゃないんだ。当然床鳴りなんかしないし、冷やっとした手触り。どうやるのか、ガルツ商会の作った家はみんなこんな感じだ。
階段を降りると食堂かな、話し声が聞こえる。
「ここ、もっと大きくなる?」
「お待ちください、ナックさま。この辺りにもうひとつセンサを配置するべきでした。この部分の解析は不十分ですね」
「ねえ、これ、ほんとにレクサール駅なのかい?確かに橋とそこから入ったとこまではあたしも見たことあるけど」
あたしが食堂のドアを開けるとみんなこちらを振り向いた。
「クレハちゃん、起きたんだね。大丈夫?どこか痛いとかないかい?」
最初にあたしを気遣ってくれたのは賄いさんだ。確か名前はレミラさん。
「ちょっとふらふらするし、あちこち痛い」
「あらあら、無理しちゃダメだよ?何か軽く食べるかい?いいおやつがあるんだよ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「あいよ!そこに座って待ってな」
「クレハさま。身体が痛むとはあの衝撃波でございますか?お守りできず申し訳ありません」
「思ったより激しかったよね。びっくりしたよ」
「あの狭い通路ですから、予想するべきでした。大きな盾を準備するべきでしたね」
「あれ、シルバ。服は?」
クレイドスに開けられた穴がないんだけど?
「服でございますか?着替えましたが?」
「シルバの服、あの一発でボロッボロだったんだぞ」
「へえー。着替え持ってたんだ」
あれ?前にシルバが居なかったらあたしどうなってたの?
「幸い床の破片はクレハさまが抑えてくださいましたが、衝撃波だけであれほどとは思いませんでした。反省しております」
「まあ大ごとじゃなくって良かったんじゃない?
で、何?どんな形だったの?」
「はい。こちらが立体図です。一部不明瞭ではありますが、構造は概ね解ります」
賄いのおばさまがパイを皿に盛り付け持って来た。小皿に切り分けて、フォークを添えてくれる。
「ほら。これ摘みながら見たらいいよ。今お茶も淹れるから」
あたしはお礼を言ってひと口食べてみる。
これ、好きな味だね。
「えーっと?テトラインってトリラインの真下なんだ?へえ。あの行き止まり通路って谷底より低いのか。あれ?この大きな空洞は何?」
「用途は分かりませんがトリスタンにもあった施設と思われます。トリスタンにはサーバールームや車両基地、放送施設、それに地下都市などもございました」
「ふうん。ここってぼやけてるけどなんで?」
「おそらく崩落箇所ではないかと。壁で新たに仕切ってあるのではと思います」
「また繋げないの?」
「ナックさま。出来ますが作業班を呼ばないと時間がかかります」
「どのくらいかかるのよ?」
「こちらの空洞までとなりますと一班、8体で作業して15日程かと」
「ついでにトラクの乗り入れ通路もやってもらおうよ」
「分かりました。予定を組み入れます」
シルバが作業班と言っているのは1班8体からなるロボトの実動部隊で、シルバ隊と呼ばれているんだそうな。
まんまだね。
シルバと同じ銀頭が4班あって、専用の作業トラクを使い道路や橋、トンネルや建物など、およそできないものはないんじゃって言う連中だ。ナノマシンというよくわからないものを操ってやってしまうんだと。
で、その統括がシルバで、予定を組んだりしてるらしい。とは言え流石に一段落付けないと、ヒョイっと引き抜くわけにもいかない。
シルバも同じことができるらしいけど使えるマシンの量は少ないんだそうだ。その分計算や交渉能力が高いって言うんだけどあたしには良く分からない。
その他に道路関係専門の道路班があるんだそうだけど、こっちはサイナスに来てたイヴォンヌさんみたいに作業トラクに人間が乗っていて、120台が二人一組で稼働しているらしい。夫婦で乗ってるのが多いんだって。なんかいいなあ。
おっと。それはともかく、どちらさんも結構忙しいらしく、切りの良いところでテト班を引き抜くことにしたらしい。4日後にレクサスに来るってんだけど、それまでどうしたもんか。
こんなところでボーッと待ってるのもやだなあ。
ナックもつまらなそうな顔で言った。
「ふーん。じゃあテトラインの探索を始めちゃおうよ。こっちが出来たら戻って来ればいいでしょ」
要は冒険したいってことだね。
「そうと決まれば隣の駅に行ってみよう」
あたしも乗っかるんだけど、シルバの眉が下がる。
「それなんですが、作業トラクを使いませんか?中にいれば危険も少ないですし、少々のものは我々で対処できます。チューブ列車で移動となれば必要ですよ。護衛のクロミケ型も付きますし」
「えー?だって、テトラインにトラク、入んないじゃない。通路、繋がってないんだよ?」
「ですが、ここでもオオネコに遭遇したではないですか。クレイドスにも襲われたんですよ?」
「被害があったのはシルバだけじゃん」
「そうだ。僕らはうまく立ち回ったじゃないか。次だってうまくやるさ」
シルバは更に眉を下げた。眉尻が目の窪みに掛かるんじゃないの?
「ナックさま、クレハさま。実は作業トラクはもう注文してあるんです。トラクは明日の昼には着きます。クロも一体付いてきます。それで乗り入れ口から作って移動ということでお願いします」
腰を90デグリに折って頭をあたしの目線より下げるシルバ。
「「うーん」」
これ、断るとミットさんが出てくるんじゃね?絶対やり込められる自信があるよ。
ナックも同じか。心なし顔色が悪い。
「「わかったよ」」
今日はもうじき日が暮れるし、明日半日何してようか?
「明日は崩れて壁で塞いだってとこを見てみない?
案外ちょっと手をかければ通れたりしないかな?」
「……そうですね……調査継続ということで……」
それから夕飯を挟んで寝るまで、あたしたちは立体図をつついて過ごした。
・ ・ ・
塞いだという通路は、トリラインとテトラインを繋ぐ細い通路の途中だった。
壁に触れてみてもやっぱり壁で、転移陣はついてない。シルバが手持ちのナノマシンで壁に穴を開ける。
これが結構時間がかかって退屈だ。埋まってしまった距離は30数メル。その先も空洞があるというだけで、どうなっているか分からない。
「ナック、こりゃ時間掛かるねえ。もう1ハワー経つのに幾らも進んでないよ?」
「退屈だねー」
「ミットさまがお持ちの穿孔カメラがあると先の画像が見られるのですが、生憎でございますね。アリスさまにお願いしておきましょう」
「先の画像見てどうするのよ?」
「ミットさまはカメラの画像で転移先のイメージを掴むとそこへ転移なさいます。クレハさまもできるのでは?」
「へえー。そうなんだ?
ミットさんって忙しいかな?」
「聞いてみますか?私は一旦外へ出ないと通信できませんが」
「あたしが聞いてみるよ」
《ミットさん。ミットさん。クレハです》
《おー?クレハちゃん?なんかあったー?》
《あ、いえ。通路が埋まっちゃっててシルバに掘ってもらってるんですけど、時間がかかって。穿孔カメラって言うのがあるって聞いたんですけど》
《あー。あたいのがまだ2つあるよー。使う?》
《いいんですか?》
《あたいはアリスにまた作ってもらうからー。取りにおいでー。今手が離せなくってー》
取りに来いって、この通話を頼りに跳ぶの?ジーナの系譜は何でもありだよね、大丈夫かな?
えーっと、あ。結構分かるもんだね、行けそう。
「ナック。ちょっと行ってくる」
ナックが頷くのを見てあたしはミットさんのところへ跳んだ。