4 テトライン レクサール駅
シルバが壁に浮き出た路線図を調べている。古い文字で書かれた駅名の解読には、シルバと言えど時間がかかるのだ。
駅の数は11。トリラインの14駅から見るとずいぶん少ない。四角い印も所々間隔の広い所がある。乗り換えを示す大きな四角もこのレクサールだけだった。
「この駅はナイキと書かれていますね。右回りにエストラ、クレイドール、アンミリカ、ネモホイトースト、テンダ、ラックスル、トンククロル、スラモース、ワイダクト、クラストとあります。まあ、今もそう呼ばれているかはトリラインの例を見る限り怪しいですが」
あっそ。まあどうでもいい情報だね。それよりナックが探検したくてさっきからソワソワしてる。
あたしが顔を見ると
「クレハ。ホームを見て来よう!」
せっかちさんめ。しっかし、列車はいいんだろうか?
「はいはい」
そのままナックは左へ進んで行く。
シルバが言うようになんか内壁や手摺りが新しい感じ。
そんな目で見るからかなあ?
突き当たりまで行って、トンネルの奥が暗がりに向かってすぼまっているのを見たあと、振り返ると右手の内壁に通路があった。
灯りは点いていない。
あれ?なんで気が付かなかったかな?
ここに来た入り口と違って、隠れてるわけでも無いのに。
「ナック。通路だ!」
シルバが追いつくのを待って、通路へ足をあたしたちは踏み入れた。
幅が2メルってとこ、なんか狭いね。馬車なんか通れそうもない。それに緩い登り坂だ。
「これまで見て来た通路とは違いますね。トリスタンの地下都市の接続路には勾配がありましたが、これほど狭い通路は初めて見ます」
シルバが渡してくれる小さな円盤の中央をつまむと光が灯る。これもアリスさんが作って広めたって聞いたけど、軽いし火と違って燃えたりしない。
通路は見える限り真っ直ぐ続いているようだ。やはり壁の感じは作られて間もないように見える。
3メニほどそのまま進むと突き当たりに壁が見えて来る。
まさか行き止まり?
近付くと左に曲がっているのが分かる。九十九折りの折り返し。さらに緩い登りが続く。また暫く歩き、次の折り返しの後、正面に小さな光がみえた。
近づくに連れその光はチラチラと瞬く。
なんだろう?
シルバが前に出て先導するように進んで行く。揺れて見えるのは葉の茂った木の枝らしい。それが風か何かで揺れているのだろう。
と、そこでシルバが剣を抜いた。
確かに何やら大きなものが光の入ってくる辺りに居る。あたしとナックが歩調を落とす中、シルバは躊躇なく進んで行く。
10メルほどもシルバが先行しただろうか、突然野太い咆哮が通路に響く。ドン、ダダンと争う音。光の中で大きな影が揺れた。
こちらに向かう速い気配にあたしは腰の短剣を抜いた。ナックも慌ててあたしに倣う。
突っ込んで来たものは猫のような姿をしていた。顔には黒地に銀の縞模様が浮かび体は濃い緑、体長は2メル程もあるが全体に細い。
シルバの方からはまだ戦闘音が聞こえてきている。
そいつはあたしが左手に持つ灯りに2メルほどのところで足を止めた。身を低くし警戒するようにこちらを見てグルルと唸る。
シルバより与し易いと見たのか、そいつは後ろ足で立ち上がった。広げた両腕の肘辺りから腰にかけての毛皮が伸びて広がる。頭は天井に付きそうだ。
確かにあたしはシルバに剣の扱いを教わったけど、戦闘はお初だ。でかいの相手は怖い。
「痩せ猫がビビらせようってんだな!」
威勢はいいが少し震え気味のナックの声が通路に反響する。
そうか。大きく見せてこっちが縮こまれば闘い易いのか。
ナックが一歩前に出て剣を突き出す。痩せ猫がそれに反応し右の腕を振った。広がった毛皮がバタつくが、ナックの引いた剣の先を掠めるように4本の黒い筋が斜に走る。
何、今の!ビビったー!
見ると逆の指先にも5セロもある黒い爪が出て凶々しい鈍光を放っている。
ナックが一歩引いた。後ろに付いたあたしもナックに合わせて退く。猫は小さく片足を前に踏み込んだ。
ギャシャアァァー!
さっきも遠くに聞いた猫の咆哮だ。ちっとも可愛くない。
「クレハ。大丈夫か!?」
ナックは振り向きもせずあたしに震え気味の声を掛けた。年下に気を遣われるか。
そう思うと笑えてくるよ。ここらであたしも役に立たないと。
猫がまた小さく一歩前に出て腕を振った。
その瞬間に合わせ、あたしは猫の背後に跳ぶ。立ち上がった後ろ足、膝裏の腱にあたしの短剣の切っ先が食い込む。血がちょって出ただけ、威力が足りない。
ナックも通り過ぎた腕の残像を掻い潜るように避け踏み込んだ。
猫の爪は背後のあたしに向かって飛んでくる。
あたしは軽く猫の左の空中へ跳ぶ。ナックがガラ空きの腹に短剣を突き立てる。ほぼ同時にあたしは短剣を猫の肩口に突き刺した。
痩せ猫はフギャッと一声鳴き、後ろへ飛び下がった。こちらの手数が多いので驚いたようだ。身を伏せるように低く構えた。だが狭い通路で左右にはほとんど動けない。
あたしは上でも背後でも自由に跳べる。腕を振り上げ追い縋るように背に跳ぶ。
ナックが両腕を広げ一歩出る。猫の注意はナックに向いている。首筋目がけ渾身の突き下ろし。腹筋と腕の力だけでは丈夫な背の毛皮に刃先が少し刺さっただけだ。
それでも衝撃は通ったようだ。
ナックがシルバとの模擬戦で見せたような素早い動きで、2度3度と切りかかる。
猫はそれを硬い爪で弾くが全て弾くというわけにもいかないと見え、ナックとの間に血飛沫が舞う。
ナックの振りはそれほど速かった。
あたしは短剣を持ち替え、猫の腋に位置取って地面に足を付けた。足裏に地面が噛むと同時に剣を振り下ろす。気配に猫が身をよじる。
あたしの方が速い。猫の腕はナックの防戦に忙しい。胴をよじったくらいでは切っ先から逃げられない。
脇の毛皮を二の腕の長さで切り裂いた。骨に当たるような手応えはないから、さほど深手ではないだろう。
猫が飛び下がり左の壁に一瞬貼り付く。そのままナックの頭上を越え通路に降りると走り出す。
ナックが追うがとても追いつく速さではない。が、この先には折り返しの壁が待っている。
あたしは灯りを消すと折り返しの、曲がってすぐに跳んだ。
猫は夜目が効くのか無様に壁にぶち当たるようなこともなく、急制動をかけ四つ足で折り返しの壁に飛びつくと、そこで初めてあたしを見た。
あたしもこの近間なら気配で動きが読める。
剣を振り上げ、お待ちかねのあたしの斬撃がやや高い位置にある痩せ猫の眉間に振り下ろされる。
猫は僅かに頭を捻った。剣は右目を切り裂き硬い頭骨に当たる。あまりの硬さに手が痺れる程の衝撃が肘まで走る。猫は壁をそのまま滑り落ち動かない。
が、猫はまだ生きている。一時的に動けないだけ。あたしは剣を取り落とさずにいるのがやっとだ。震える剣先を持ち上げなんとか猫に向ける。
猫の左の瞼がピクピクと震えた。
ともすれば、下がりそうな剣先を何とか保って左足を踏み込み、目の奥を突き抜こうというところ。
猫は弾けるように跳び下がった。そこであたしは灯りを点けた。
距離があっては気配だけでは戦えない。
痩せ猫が5メル先に右目から血を滴らせて、ふらつくように身を揺らしていた。あたしの腕もまだ痺れが残って万全じゃない。
と、そこに細身の銀の金属が縦に光を反射してあたしの目を引いた。
目を凝らすあたしに猫の背後数メルに剣を構えたナックの姿が飛び込んでくる。
戦闘音を聞いて立ち止まったところへ猫が飛び戻り、あたしの灯りが点くとすぐそばに痩せ猫がいたってところか。間の良いやつ。
猫が背後の気配を察し首を巡らす。ナックを見てグルリと体を回そうとして、前足が一本脱力したかのように潰れ顎を床に打ち突けた。首を一つ振ったところへナックの斬撃が飛ぶ。
体勢ができていない痩せ猫は首を逸らすのが精一杯。左の肩口から血飛沫が飛び散る。
壁際に身を寄せ威嚇するがそこまでだった。続くナックの打ち下ろしを眉間に受けそれきり動かない。
二人で肩で息を吐いていると、シルバの足音が駆け戻って来る。
「申し訳ありません。1頭すり抜けられました」
「こっちは何とか仕留めたよ」
ナックが胸を張った。結構すばしっこいやつだったね。
シルバが痩せ猫の喉を掻き切り血抜きを始めた。こんな石造りの通路を血まみれにしてと思ったが今更か。後ろ足を掴んで獲物を高々と掲げ、半ば逆さ吊りにしたままシルバは歩いて行く。
シルバの戦闘場所にはもう3頭の大猫が転がっていた。粗方血の抜けた痩せ猫を放り、次に取り掛かる。
シルバは自分じゃ食わないくせに、あたしらの食糧になるからと獲物の下処理には手を抜かない。手早いとはいえ流石に4頭だ、捌くのに40メニ以上掛かった。
あたしらがうっかり手を出すとお小言が飛んでくるからね、好きなようにしてもらったほうがいい。
「あの出口っぽいの、見に行こうよ」
ナックが言うと
「気をつけてください。目を慣らしてから外に出るようにお願いします」
「はーい」
すかさず返る注意を受けて仏頂面のナックの代わりにあたしが返事をしておく。
近づいてみると確かにやたら天気が良いのかやけに眩しい。時間をかけて一歩づつ緩い登り坂を進んで行くと空気の流れを感じた。




