3 レクサス
サーバーから解析された記録に依ればチューブ路線は3路線造られたと言う。
トリスタンから始まり工事に何年かかったかまでは定かではないが、トリラインが最初に開通した。それと並行してジーラインの開発が進み5年程度遅れて開通したらしい。
テトラインはトリライン開通後の着工だったようだ。
当初計画には8路線で半球を覆い、南北16路線で極を除いて惑星を覆い尽くすという壮大な計画だった。ところが実際に完成まで漕ぎ着けたのは北半球の3路線のみ。それも現在では稼働しているのはトリラインのみ。
ただ、ジーラインについては、ミットとアリスを中心に復旧が進んでいる。トラク道路網の方はどうしても遅れ気味だが、それでも数年のうちには多くが使えるようになるだろう。
「というわけでテトラインだ。このレクサールが路線図に接続駅として記されている。それが私達が持つ唯一の手掛かりなのです」
何がというわけなんだか。
真面目くさったシルバの声に、クレハは内心でツッコミながら
「どこから調べるの?」
「僕はレクサール駅の地下が怪しいと思う」
ナックが乗っかる。
「そうですね。レクサールの隠し部屋は他より広かったと聞いていますが、駅の構内図のような物は見つかっていないのです。乗り換えのための通路があったはずなので、それを探したいですね」
「でも、あの大渓谷でバッサリ一本しか無い通路が切られちゃってるんでしょ?あっち側の地下ったって手掛かりもないんじゃ……」
「だから調べるんだよ。クレハ」
「でも、どうやって?」
「僕は思うんだけど、空洞があれば音が響くよね?」
「まあそうね」
「シルバに聴音センサをあちこちに置いてもらって、クレハが大岩をドスンと落とすってのはどうかな?」
「うーん。どうだろ?そんなんで場所までわかるの?」
「クレハさま。音響解析はお任せ下さい。ライブラリに幾つもサンプルプログラムがございます。音は高い方がよく響きます」
「ふうん?じゃ、落とすのは岩じゃない方がいいか。どこでやったらいい?」
「まずは最適な場所を探すところからですね」
なんだ。やっぱりあちこち歩くところからか。
シルバが先に立って駅に向かう筒の橋を渡りはじめた。
「この屋根付きの橋はクレイドスと呼ばれる怪鳥が人を襲うので造られたそうです。少し離れればもう襲っては来ないと言いますから、縄張りのようなものがあるのでしょう」
「あ。じゃ、上から垂れ下がる模様ってその鳥のフンなの?」
あたしが聞くと
「そうですね。私が受け取った案内には、週に1度はクロミケ型ロボトで掃除しているとあります」
「へえ。あ!あの木の上にあるのが巣かな?」
「どこですか?」
ナックの指す先をシルバが確認して一つ頷く。
「屋根から出るときは上空に気をつけてくださいね」
先程バスが入ってきた分岐を超えてまっすぐに進む。天井に光る白い板が並んでいるので、幅10メルに近い広い通路は結構明るい。馬車でもトラクでも余裕で行き違える。しばらく行くと右側にうっすらと扉の枠が見えた。
ここでミットさんたちが隠し部屋を漁ったのだという。
数十メル先にはチューブ列車のホームが見えている。ナックもクレハもチューブ列車に乗ったことはないので、見てみようと二人で駆け出した。
ホームは直径20数メルの丸い断面の中に、4メル幅で棚のように突き出したような場所で、胸の高さの壁でトンネルとは仕切られていた。
この低い壁はチューブの乗り降りの時にはその場所だけ消えてなくなるんだそうだが、頑丈そうでとてもそんなふうには見えなかった。
ホームの上にも白いパネルが光っていて歩き易いけれど、列車の通る手すりのむこうは覗き込んでも暗くて底は見えない。
ホーム通路は左右に50メル程も伸びていて、右側の先まで行ってみたが低い壁に囲まれ、ここからはどこへも行けないようだ。折り返して反対の端まで行って見る。
こちらも同じだね。
低い壁に手を掛け振り向いた時だった。何か右側のトンネル壁に薄く影が見えた。
なんだろう?
「ねえ、ナック、あれ。なんか変だと思わない?」
あたしが指差す先をじっと見たナックが、ポケットから巻貝の貝殻を取り出して壁に向かって投げつけた。
なんでそんなもの持ってるの?と思ったが、きっとサイナスの海辺で拾ったものだろう。
貝殻は壁には当たらず、吸い込まれるように視界から消えた。
カチン、カラカラと乾いた音がホームに小さく響くはず?
壁がないの?見えてるのに?
ナックが壁に向かって突進する。額を思い切りぶつけてひっくり返る。と思ったのに。
そのままナックは壁をすり抜け見えなくなった。ナックが消えてしまった。
あたしは手を前方で振りながら壁に近づく。確かに手で触れられる距離だ。そこに見えている。
が、何の感触もなく指先は壁に潜り込む。
肘までが壁の中に消えた。恐る恐るさらに進むとそこは広い通路だった。
レクサスの採掘場からホームの中央に向かって通ってきた、あの通路と同じ物がホームの左奥のトンネル壁に隠されていたのだ。
明るく照明された10数歩先にナックが立っていた。シルバが続いて入って来た。
通路は真っ直ぐ100メル以上も続いているようだ。
あれ?あっちは断崖の渓谷を渡る橋があったんだよね?こっちだっておんなじ方角だもの、そんなに遠くまで通路があるはずないわ。
シルバを見ると眉をガックリと下げ
「先ほどの壁はやや東向きでした」
と言い出した。困惑がハッキリと伝わって来る。
「ですが、抜けた途端方角が南に変わりました。高度も下がったと思われます。根拠が大気圧センサの変動だけですので、衛星を受信するまでは確たることは申せませんが」
「何?これって転移陣とか?アカメさんの?」
「転移陣でしたら、通ったことがございます。当てはまる特徴は検知できませんでした」
「そんなことより先へ行こうよ。大発見だぞ!?」
ナックは足踏みして手招いた。
四角い通路はどこまでも伸びているようで距離感が掴めない。3人は奥を目指し歩き始めた。
あ。シルバは人と違うんだっけ。
しばらく歩くと突き当たりが壁になっているのが見えた。
もしかして行き止まり?こんなに天井に灯りがあるのに?
近付くと右手に通路が曲っているのが分かる。
「この通路にも大きな隠し部屋があるんだろうか?」
「ミットさまはレクサールの隠し部屋で、調理道具をたくさん手に入れたとシロルから聞いています。それでハイエデンの料理がランクアップしたとか」
「へえー。でもどうやって探すの」
あたしの疑問にシルバが答えた。
「アリスさまには壁の中の電線から出る電磁場が見えるそうです。私がやるとすればたくさんのセンサを使うか音響探査をするか。いずれにせよ時間がかかりますね」
曲がり角を回るとそう離れていない場所にテトラインのホームがあった。
「はて?この通路もホームも年代がずいぶん新しいようです。炭素同位体の数がずいぶん多い。どうなっているのでしょう?」
タンソドーイタイ?なんのこと?
「新しいって?」
「先ほどのレクサール駅よりずっと新しいです。ここ100年以内でしょうか?」
「え?なんで」
「分かりかねます。記録上も最後に作られた路線ですが1000年以上経っているはずです」
「そのうち分かるだろ。で?こいつは生きてるのか?」
シルバは通路左手のホームに面した壁に触れた。ボワっと大きな円形が浮かび上がる。
路線図だ。
「トリラインのものとは異なります。これはテトラインと見ていいでしょう」




