第92話 no-record found
それはその日の夕方の話。
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アリサが『マリーラ•シュークリーム』からの勤務を終えて帰ってくると、懐かしい物を持ってきた。
「マリー、これお店の常連さんから貰ったらんだけど、何かに使える?」
「こ、これは•••」
「やっぱり使えないよね。その常連さんハミングって街の人なんだけど、一応、名産なんだって。ただ、私それ少し食べて見たんだけど、不味いよね?」
「す、素晴らしい•••」
私は嬉しさからアリサに抱きついた。
「ちょっとマリー、どうしたのよ?」
「これ、胡麻と大葉だよ。すっごく美味しいんだから」
「うぇ、それ、不味かったけど•••」
「ふふふ、まぁ、明日を楽しみにしてなさいな」
不敵に笑った私の頭の中には、既にレシピが出来上がっていた。
アリサの持ってきてくれた胡麻で胡麻ドレを作り、豚のしゃぶしゃぶをする。
大葉は、何層かに重ねた豚肉とチーズの間に入れて、一緒に丸めて油で揚げる。
そう、ミルフィーユカツを作るんだ。
夕飯が終わった後、私は早速キッチンで胡麻ドレ&豚のしゃぶしゃぶ、ミルフィーユカツを作り出した。
夕飯後とは言え、キッチンの周りにはこの家にいる全て人が集まっている。
リースさんとエミールさんがいるため、幼児化のユキはいないが、家そのものから視線を感じていた。
私は明日のお楽しみであることと、今日は完成しないと嘘を吐き、みんなを解散させた。
ただ、ミルフィーユカツを揚げ出した時には、その匂いに釣られて再びみんなが集まったけどね。
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そして、その日の深夜。
私は神像の前で豚のしゃぶしゃぶと、つけだれに胡麻ドレ、ミルフィーユカツを並べ、グラスに缶ビールを注いで置いた。
最初に現れたのは幼児化したユキだった。
私はユキにも黙ってグラスに缶ビールを注いで渡した。
「ありがとう。では、乾杯ね」
「「かんぱ•••」」
『お待たせしました』
神像が神々しく光、神様シンが現れた。
『間に合いましたね。では、改めてまして、乾杯!!』
「「乾杯!!」」
シンとユキはビール、私は最近自作したオレンジジュースで乾杯した。
因みに、オレンジは元々この世界にあったので、『地球物品創生スキル』でジューサーを買い、搾って作ったものだ。
『美味しいわー』
「私、作ってるところをずっと見てて、涎が家から漏れるんじゃないかって心配してたのよ」
雨漏れ、ならぬ、涎漏れ、を心配していたらしい。
「我ながら、胡麻ドレ美味しくできたわ」
「最高よ。売り物と一緒じゃない」
『いくらでも入るわ』
みんな次々と豚のしゃぶしゃぶ、ミルフィーユカツを食べていき、ビールもどんどんお代わりが入る。
『ふぅ〜、ようやくお腹も落ち着いてきたわ。それで、私を食事で釣り出したのはどうしてかしら?』
「子供のことでしょ?」
私が答える前に、いつもながら察しがいいユキが言った。
「実は、そうなんだよね」
『子供?』
私はリースさんとエミールさんの同性婚に関することと、2人が子供を欲しがっていることを伝えた。
『なるほどね。マリーは、子供を授けたいのね?』
「うん、出来れば。でも、難しいよね?」
『う〜ん、授けること自体は簡単よ』
「そっ、そうなの!?」
シンは造作もないという表現で言い放ち、ビールを飲み干す。
私はすかさず空になったグラスにビールを注ぐ。
お父さんもお母さんも働いていたけど、こうやって接待してたのかな?
『マリーには、私と同じ力があるのよ。スキルを使えば子供を授ける位できるわ』
「また私がスキル見繕ってあげるわよ」
「ありがとう。ただ、なんか、世界の理を壊すようなことしてしまって、神界的に問題はないのかな??」
『ないわよ』
シンは表情を一切変えることなく即答し、またビールを飲み干す。
そしてまた、私は空のグラスにビールを注ぐ。
『そもそも、私達神は人間がどのように子孫を繁栄させるかは興味ないの。私達神は、だけどね』
「含みがあるわね」
『私達神は、星に人間を配置することが役目。人間がどのように行動するかは、悪神が決めてるのよ』
「ちょっと、難しいわよ!!」
ユキはビールを一気に飲み干すと、クレープを要求した。
難しい話を理解するため、糖分を補給するらしい。
そういう私も、シンの話を殆ど理解できていなかった。
「悪神が人間の行動を決めてるって言うのはどういうこと?」
『悪神はね、人間1人1人にレコードと言われる、用はプログラムみたいな物を付与しているの。レコードに関与できるのは悪神だけなのよ』
「それって、いつ生まれて、どんな人生を歩んで、いつ死ぬか決まってるってこと!?」
『そう言うこと』
私とユキは武者震いをして、お互い目を合わせる。怖い話を聞いている気がしてならない。
けど、その話からすると、もしかして私の人生はあそこで死ぬことが決まっていたのだろうか?
「私が•••、私があそこで死ぬことも決まってたのかな?」
『それは•••』
私の死イコール、それはシンが殺したことに直結するため、シンは表情を曇らせる。
「私、もう気にしてないから、教えて欲しい」
シンは儚げに笑みを浮かべると、覚悟を決めたように話し始めた。
『ユキ、あなたのレコードはあそこで終わりではなかった。あなたは私の記憶では82歳まで生きる予定だったの』
「えっ、それじゃ私が死んだのは偶然?」
『それは分からないの。そもそも、私の放った神の裁きは同族用で人間に当たる筈ないのに•••』
「けど、今のマリーには新しくレコードがあるのよね?この世界でやってきたことも神様は事前に知っていたんでしょ?」
ユキの問いに私もハッとした。
以前の榎本マリの人生はプログラムミスなのか分からないけどレコードが終了してしまった。
けど、マリー•アントワネットの人生は新たに始まったのだから、これから私がこの世界で子供を授けるスキルを使ったのか、結果、どうなったのか分かるはずだ。
しかしシンの答えは予想外だった。
『無いわ。今のマリーは、レコードが無いの』
no-record found
シンはそう呟いた。
『それと、ユキのレコードもない』
「嘘!?」
『ユキと言うよりは、レコードを持たないマリーと関わった全ての人達は、レコードが消失している』
「えっ!?」
私と関わった人は、レコードが無くなる•••
それって、人生を変えてしまっているんじゃ•••
私の所為で、明るかった未来が暗いものへと変わってしまうことも•••
バンッ!!
「痛!?」
「暗い顔してんじゃないわよ。言っておくけど、私、今楽しいからね」
「ユキ•••」
「地球にいた頃より何百倍も幸せ。それは、私だけじゃない筈よ。あんたに関わってきた人、みんなそう思ってるわよ」
『それは確かね。マリーは責任感じているかもしれないけれど、あなたと出会って来た人達は殆どが死ぬ運命だったのだから』
ユキとシンの言葉に、私の目から自然と涙が溢れていた。
シンの話によれば、初めてこの世界で出会ったミアは盗賊に攫われていて、私が助けていなければ死んでいたらしい。
ラーラ、ナーラ、サーラも、青龍との戦いで敗れ、死んでいたそうだ。
カサノヴァ王国の陰謀に巻き込まれたメレディスさん、ルルミーラさん、ルミナーラさんも死んでいた。
私が人の運命を変えられるなら、全てを明るい未来に変えればいいだけだ。
「ねー、それよりもさ、人間を配置って、人間は猿から進化したんじゃないの?」
『はっ??』
ユキの突然の問いに、普段お淑やかなシンとは思えない声を上げる。
『猿??』
シンはお得意の何もない空間からファイルを取り出し、ページを捲りながら確認し、しばらくして笑い出した。
『くっ、くくくっ、あーはっはっ』
これが神様のツボに入った瞬間らしい。
『猿って、地球ではそうなってるのね。猿から人間に進化する訳ないじゃないの』
シンは笑いを堪えながら答える。
「嘘?地球じゃ一般論よね?」
「う、うん」
『なら、何で今も生存している猿は進化しないのよ?あーはっはっはっ!!』
ユキと私は、一般常識と思っていたことを大笑いされて、なぜだか恥ずかしくなった。
その時、笑い声で起きて来たのか、サクラが私達の所に歩いて来た。
サクラが現れた瞬間、先ほどまで大笑いしていたシンは嘘の様にピタリと笑いを止め、神様らしからぬ焦りの形相を浮かべた。
『な、なぜ、ピンクホールがいるの•••』




