第141話 ブレイスワイト復興
▷▷▷▷フシアナ◁◁◁◁
妾の今の名はフシアナ。
昔の名は憶えていない。
妾は魔王国ヴィニシウスの魔王。
魔王の誕生は踏襲ではない。
先代魔王から指名されて誕生する。
妾と先代魔王に血の繋がりはなく、指名されたのは妾の実力、それまでの行い、民からの信頼度など、様々な観点で見て他の候補者より優れていたからだ。
長年の努力が認められた妾は、少しばかり自分を見失ってしまった。
魔王になれたことで安堵し、慢心が生まれたのだ。
その慢心が元で、魔王候補の一人であったブースカに嵌められ、危うく国を危険に晒してしまうところだった。
ブースカは魔族では珍しい鼻が長いタイプの魔族であり、皆に嫌われていたのだが、魔王候補として取り組んだ奴の真摯な姿を見ていた妾は、幹部へと就任させた。
その時点で妾は間違ったのか、もしくは、魔王としての妾に失望して裏切りに走ったのかは分からない。
あの時、マリー大魔王様が現れなければ、今頃どうなっていたのだろうか•••。
禁忌の魔鉱石を無断で悪用したとし、他の魔王国から魔王国ヴィニシウスは滅国されていたかもしれない。
そんな事態を引き起こしてしまうところだった何の価値もない妾に、マリー大魔王様は「フシアナ」の名を授けて下さり、挽回の機会を与えてくれた。
あれから妾は、初心にかえり、自身の鍛錬、積極的な執務、民との会話を繰り返して行ってきた。
マリー大魔王様に生かしてもらった恩に報いるため、マリー大魔王様の証を守るため、色々とやってきた•••。
だが、妾はマリー大魔王様の大切にしていた魔族達を守れず、マリー大魔王様が魔族の為に作ってくれたお店を守れなかった•••。
妾はやはり、どうしようもない奴なのじゃ。
マリー大魔王様、申し訳ないのじゃ。
混濁する意識の中で、自分の目から流れた涙が頬を伝う感触を覚えた。
同時に左手と、頭に温かみを感じた。
フシアナ
妾のことを、優しい声が呼んでいる。
フシアナ
妾の大好きなマリー大魔王様の声•••
「フシアナ」
ぼんやりと聞こえていたマリー大魔王様の声が明瞭になり、同時に意識も覚醒した。
妾の視界には、優しく微笑みながら頭を撫で、左手をしっかりと握ってくれているマリー大魔王様が映った。
「マリー、大魔王様•••」
「フシアナ。よかった•••。無事で本当によかった•••」
マリー大魔王様は妾を引き寄せると抱きしめてくれた。
「ま、マリー大魔王様??嬉しいのじゃが、少し恥ずかしくもあり•••」
「今は我慢しなさい。フシアナ、3日も眠ってたんだから」
「3日!?」
3日も眠っていた事実に驚き、反射的に辺りを見渡すと、ここは城ではないどこかの部屋の中で、妾はベットの上にいる。
そして部屋の隅には、魔王国ブレイスワイトの魔王、キャサリンがいつも通り露出の激しい格好で立っており、安堵した顔でこちらを見ていた。
ぎゅるるるるるーーーー
不意に妾の腹から音が鳴り、マリー大魔王様とキャサリンは愉快そうに笑い始めた。
「まったくあなたは、私と話す前にお腹を鳴らすとわ」
「し、仕方ないであろう」
「まあ、3日も食べてなければお腹空くよね。とりあえず、卵粥でいいかな?魔王でも胃は人間と同じようなもんだよね」
マリー大魔王様はそう言うと、いつものように何もない空間から『卵粥』という食べ物を出し、妾に手渡してくれる。
「熱いからね。冷ましながら食べるんだよ」
「はいなのじゃ。フー、フー」
『卵粥』を口に入れると、何とも優しい甘味と塩気、温かさが広がり、思わず一気に食べてしまう。
マリー大魔王様が笑顔でお代わりを用意してくれると、結局『卵粥』を10杯食べたところで満足し、再び眠りについてしまった。
翌朝目覚めると、マリー大魔王様とキャサリンと一緒に朝食を取り、久々に外に出ることになった。
ここが他の魔王国2国に襲撃された魔王国ブレイスワイトと聞き、正直、外に出るのは怖かったが、マリー大魔王様とキャサリンに誘われ、付いて行くことになった。
一歩外に出ると、魔王国ブレイスワイトの綺麗な街並みが広がり、倒壊したはずのお店や家屋、道も全てが元に戻っていた。
「こ、これは•••、すごいのじゃ」
「マリー大魔王様がスキルを使って直してくれたんですよ」
「これくらいはね」
マリー大魔王様ははにかむが、直ぐに悲しそうな顔に変わる。
その悲しみが何なのかは、街の外れまで歩いた時に分かった。
亡くなった魔族達の慰霊碑が建てられており、多くの花や供物が置かれていた。
慰霊碑の前では妾やキャサリンの部下達がおり、祈りを捧げている。
妾もキャサリンも、マリー大魔王様も何も言わずに他の者達と同じように祈りを捧げた。
祈りが終わった後、慰霊碑の先に何もないことに気づく。
何もない。
その言葉通り、草木や山や岩は綺麗に消え去り、地面もかなり下まで抉れれていた。
「あ、あの、マリー大魔王様。何も無くなっておるのじゃが」
「やり過ぎちゃった」
舌を出し、戯けて言ったマリー大魔王様の新たな武勇伝を、その日の夜知ったのだった•••。




