第134話 魔神ラソの伝言
ヒナが倒れてから3日間が経過した。
結局、ヒナは24時間以上眠り続け、その間、私はずっと家にいて、ご飯を作ったり、ヒナと一緒に寝たりして過ごした。
目を覚ましたヒナは、MPも回復してすっかり元気になった。
食欲も今までの比にならないほど増していて、起きてから今まで5食は食べている。
私は元々魔力量が桁違いのため気づかなかったのだが、魔力を使うとお腹が空くのが当たり前らしい。
そう言えば、このことを教えてくれたユーティフル様もシンも、細い体なのにいつもたくさん食べているな。
今も目の前で、ユーティフル様とシン、ヒナとユキが食後の新作デザート『マカロン』を一心に食べている。
因みに、現在の時刻は午前3時。
ヒナが目覚めたのが真夜中だったことと、それから食べては眠りを繰り返しているため、生活リズムが絶賛乱れ中。
こんな時間に起きてるのは、我が家ではこのメンバー位だ。
けれど、このメンバーで揃っているのは、ヒナの話をするには好都合でもある。
目覚めてから、ヒナは自分が思い出した辛い過去、イオセシルが実の母親であるヒミリナを馬車ごと崖に突き落としたこと、それを自身が見ていたということを話してくれた。
これから私が話したいのは、過去ではなく、未来のこと。
ヒナは母親と過ごしたシンプリースト共和国に行きたいかどうか、そこで暮らしたいかどうか。
元々ヒナは、シンプリーストで聖女になるレコードが用意されていたのだが、複数レコードであったため、今現在は違う道を歩んでいる。
私と出会った事で、ヒナのレコードは消失しているであろうから、もし、聖女になりたい、もしくはヒミリナのように神官長になりないのならば、新たな道は開かれると思う。
「ヒナ、少し話をしてもいい?」
マカロンを口いっぱいに頬張っているかわいいヒナに話しかける。
「う、うん」
「ヒナはさ、お母さんと一緒に過ごしたシンプリーストに行ってみたい?」
「う、うん。い、行きたい」
「なら、行ってみようか」
「う、うん。けど•••」
ヒナは言い淀み、マカロンと一緒に用意された紅茶を一口啜った。
「どうしたの?」
「ま、マリーと、は、離れたく、ない」
ヒナは紅茶のカップを弄りながら、恥ずかしそうに言った。
そのあまりの愛くるしさに、私は隣にいるヒナを抱きしめ、自分用のマカロンをヒナのお皿に置いた。
「心配しないで。ヒナの意志は尊重するからね」
「う、うん。ま、マリー、好き」
ズキューーーーン!!
この異世界に来てから、久々に心を射抜かれた音がした。
本当にかわいい。
私はマカロンをもう1個、ヒナのお皿に置いた。
「マリー、妾もマリーが好きなのだ」
「私もよ。マリーちゃん」
「私もマリー好きだよ。なんて言っても同郷だしね」
ユーティフル様とシン、ユキが空になったお皿を少し前に出しながら言ってきた。
なんなんでしょう、この違いは•••。
私は3人のお皿にピーナッツを入れた。
これも最近材料を見つけて、お酒のあてにしているものだ。
「「「えーーーーー」」」
お酒もない状況でピーナッツを出された3人が不満を露わにする。
私はそんな3人に構わず、ヒナの頭を優しく撫でた。
「マリー。シンプリーストに行く前に、魔王国ブレイスワイトに寄ってもらえないかしら?」
シンはピーナッツを食べ、恐らく神力を利用し、超スピードでビールタンクから注いできたと思われる生ビールを飲みながら話してきた。
「なんで、ビール!?ユーティリティフル様も!?」
「いいじゃろう」
ユキは生ビールの誘惑に勝てず、渋々少し離れたビールタンクまで歩き出した。
「ブレイスワイトで何かあったの?」
「まだ、何も起きてないわ。ただ、魔神のラソから不穏な動きがあるからって、連絡があったのよ」
「ふ〜ん。不穏な動きって、何だろう?」
「そこまでは分からないけど、ただ、何か起こったら容赦はいらない、とも言ってたわ」
私に【大魔王の威圧】を与えてくれた魔神ラソ•ラキティスは、初めて訪れた魔王国ヴィニシウスの魔族の衰退に怒っていた。
その時ですら「容赦はいらない」という言葉は使っていない。
何か、余程のことが起こるのだろうか•••。
「何かあってもマリーなら大丈夫よ」
「それはそうじゃ。魔王、魔族を統べる魔神よりも圧倒的に強いのだからの」
シンとユーティフル様は、ビールを気持ち良さそうに飲みながら言った。
伝言を無事話したことで、午前3時という時間も忘れ、本格的に飲む姿勢に入っている。
そこに生ビールを注いで戻ってきたユキも参戦する。
嫌味のつもりだったピーナッツは、逆効果だったかもしれない•••。
私は適当なつまみを『アイテム収納』から見繕い、ヒナを連れて寝室に避難した。
いつも寝室には毎晩代わる代わる誰かが来ていたが、ここ3日はみんな気を遣ってヒナと2人きりにしてくれている。
ヒナはベッドに入ると直ぐに寝息を立て、私もヒナの愛らしい顔を見ている内に眠りについていた。
翌朝、なんとか8時に起きた私は、みんなの朝食を用意し、一緒に食べている時にヒナとシンプリーストに行くことを話した。
ヒナはマリーランドの運営や親書の返信など、いつもアイリスさんの業務を助けていたため、アイリスさんだけは少し涙目になっていた。
因みに、午前3時から朝方まで飲んでいた3人は朝食の席には来なかったよ。
朝食が終わると、私はヒナを連れて『転移スキル』を使い、魔王国ブレイスワイトに向かった。
前回、サキュバスの魔王キャサリンと一緒に食事をした野外に転移したのだが、転移と同時にホルンが響く。
トゥトゥトゥーー
魔王国ブレイスワイトでも、フシアナから私の取り扱いマニュアルを引き継いでいて、ホルンが鳴るんだったな。
「マリー大魔王様ーーー。酷いのじゃーーー」
そう思っていた時、フシアナが私に泣きながら抱き着いてきた。
あれ、転移先、間違えたかな?




