3,憧れた世界は
夢を見ていた。
憧れの世界でなりたい自分になれると。
自分の思った通りに事を運べ、都合よく物事が進むと。
誰からも頼られ、全員から程よく持て囃され、順風満帆な人生を歩めると。
この世界でなら、そんな風に歩めるんじゃないかと。
そんな事は決してなかった。
何故ならこの世界で俺は、人であるどころかむしろ、生物ですらなかったのだ。
ーーーーーー
アニメチックな林を抜けると大きな道があった。
現代日本の28%を占めるアスファルト道路ではなく、土がむき出しの如何にも中世の世界ですよという道。
その道の先には小さな建物の集まりが見えた。
らしくなってきたなと思う。
俺は意気揚々に村へと続く道を歩いた。
まずはお約束通りに第一村人との会話で「どこから来たのか?」「日本という国です」と答えてみようか。
オーソドックスに現地人のフリでもしてみようか。
大穴でゴリラ語だな。
そのあとは、文化の違いを確かめつつ、自分の知ってる知識を出していくのもいいだろう。
そのあとはセオリー通りに冒険者かな。いや冒険者という職がないという可能性もあり得る。しかしーー。
ひとりでに妄想が加速していき、ドラゴンを倒すところまで見えたところで、あっという間に村の入り口付近までやって来た。
周囲を見渡すと空が赤い。
夕暮れだ。
楽しみだ。とてもとても楽しみだ。
ここから俺の第二の人生が始まる。
ここでなら俺は、本当の自分を見つけられるかもしれない。
現実世界では、自由な暮らしと言うわけではなかったが、不自由と言うわけでもなかった。
それどころか、むしろ俺は恵まれていたのだと思う。
いじめなどに会うこともなく、金に困ることもなく、家族や友人、先輩に後輩に悪友にと、色んな事に恵まれていた。
それでも、心のどこかに穴が開いていた感覚は消えなかった。
それが何であるのかは、今でもわからない。
だが、ここでならその穴も消えるだろうと根拠もないのにそう思えてしまうのだ。
髪を整え、歩き続けてずれていた服を整える。
身だしなみ、第一印象は大切だ。バイト先の店長から耳にタコが出来るくらい聞かされた。
もっとも、今の格好はジーパンに無地のTシャツに革のスニーカーなので、気遣うところと言えば、ほどけていた靴紐と何故か開いていた社会のWindowしか無いのだが。
靴紐を結び、Windowを閉じる。
小さな村の門だが、ワクワクとドキドキで実際の大きさよりも大きく、夕日も相まって厳かに見える。
この一歩は我が人生始まりの一歩と言わんばかりに、俺は村へと入った。
ーーーーーー
村は結構な賑わいだった。
村の大通りには出店が出回り、多くの人々が行き交っている。
人間もいれば耳の長い人もいる。蜥蜴頭の人種もいれば勿論獣の耳を生やした者もいる。
その中には大きな武器を背負った物や、神官のような格好をした者、中世の騎士の格好をした者もちらほらといる。
らしい。まさしく王道の異世界転移と呼べる物ではないか。
俺は喜び、震え、そして。
「いっよっしゃぁぁぁ!!」
思わず叫んでいた。
村人達が全員此方を見る。
奇異を見るような視線で。
それも仕方ない。何せ俺の今の格好はこの世界の格好とはまるで違うのだから。
それはそうとして、突然叫んでしまったのは申し訳なく、そして恥ずかしい。
照れ隠しのように頭を下げて、「すみませんでした」と謝罪を口にする。
そして、祭りの中へ混ざろうとした時、村人達は一斉に逃げ出した。
「なっ、なんで!?」
思わず口に出る。
子供を連れた親は子を抱え、そうでない者は足の遅い老人や転けた人、固まっている人を抱えて一目散に掛けていく。
まるで化け物が現れたかのような恐慌と混乱だった。
そんな中で、甲冑姿の者と、大きな武器を背負った者達が村人を守るように俺との間に立った。
その誰もが、警戒心と敵意を向けて。
『貴様は何者だ!』
一際目立つ甲冑姿の男が叫ぶ。
なんと言っているかは解らない。だが意味は理解できた。
後ろを見ても誰もいない。これはつまり、俺に対してなのだろうか。
俺、何かしちゃいましたかね。などと思っても関係ない。
事実俺はここまで半日の間歩いていただけなのだから。
なにもやましいことはしていないのだからな。
「俺は西田昌矢、19歳! 地球生まれの日本人です。よろしく!」
ならばと思い、堂々とその質問に答えた。
自己紹介も大事だからな。
そして何故か、その人達からの殺気が目に見えて感じられた。
流石におかしいと思い俺も固まる。
何故だ。第一印象は少しでもよくしようとした。
髪を整え、靴紐を結び直し、開いていてはいけない窓も閉じた。
言ってみればその程度、だけど今の俺に出来る精一杯をした。
大声で叫んでしまったのは申し訳ないが、見るからに今日はお祭りの最中。そんなことしても多少は問題ない筈だ。
仮にこの祭りが厳粛な物で、大声を出すのがご法度だったならば仕方ない。それならそれで謝ろう。
しかしだ。それにしてもこの殺気は幾らなんでも酷いのではないか。
もしや、この世界で俺はモンスターに間違われる位に不細工なのではないか。
見るからに顔の造形が整い過ぎた人達ばかりだし。
待て、いや待て。
落ち着こう。落ち着くのだ西田聖矢。
向こうは俺を明らかに敵意丸出しで見ている。
つまり向こう側からすれば今の俺は敵なのだ。
ならどうするか。
ここは有名な国民的モンスターに習って、こっちに敵意がないことを示さなければ。
人間らしく、敵意がない事を示す。その為には。
俺は着ていた服を脱ぎ捨てて、膝をついて頭を地に着ける。
「私はぁ! 貴方達のぉ! 敵ではありませぇぇん!」
よし、決まった。過去最高とも言える土下座だ。
自分はなにも持っておらず、そして敵意がない事を示す完璧な土下座だ。
これで向こうも少しは……。
そう思った俺の頭を掠めて、弓矢が肩に刺さった。
……え? どうしてだ、何でだ。
敵意がない事は示した。精一杯の土下座もした。
なのに何故、何で彼らは。
『『『ウォォォォォ!!!』』』
雄叫びをあげ、武器を掲げて、俺に向かってくるんだ。
怖い。
瞬間、脱ぎ捨てた服も拾わずその場を駆け出した。
怖い。
走る俺の後ろを、鬼気迫る鬼の形相をした人達が追いかけてくる。
怖い。
弓矢や火の玉、氷の塊、果ては銃声迄もが俺はをめがけて射ぬいてくる。
怖い。
何度も彼らに射ぬかれ、何度も彼らに追い付かれては、切られ、刺されても、俺の体に痛みがない。
何故だ、どうして、俺の理想は、夢は、人生は、こんな筈じゃないのに。
村を出ても彼らは追いかけてきた。最初に通った林道を過ぎても数は少なくなったが彼らは追いかけてきた。
道が道で無くなった辺りでようやく最後の一人も見えなくなった。
それでも俺は走り続けた。
もはや、何をどう理屈付け、屁理屈を付け足しても変わらない。
やはり無かったのだ。俺の理想とする世界は。
やはり無理だったのだ。俺の夢は。
どうせ、俺の人生なんか。
ただただ走り続けた。
日は既に落ちきっており、星々の明かりだけが夜空に輝いているが、それが地上に届くはずもなく、暗闇が辺りを包んでいる。
後ろを見ると追っ手はいない。
目の前には大きな川と、それに架かる大きな橋があった。
追っ手を振り切るために野山や林を脇目も振らずに突っ切っていたが、どうやら助かったようだ。
息を切らせながら、俺は橋の袂まで歩く。
異常な程に走った。多少なりとも体力に自信はあったが、それでも今まで走ったことがない距離を、出したことがない速さで走っていたのだ。
気分は最悪だった。理想は砕かれ、夢に嗤われ、人生は裏切った。
これ以上ひどい仕打ちがあるのかと言うほどに打ちのめされた。
腹が減った。酷く眠い。喉が乾いた。
橋の袂で腰を下ろし、水を飲もうと、水面に顔を近づけた所で俺はわらった。
「なんだよ……これ……」
そして思い出した。
『人間が仮に二次元の世界に行けたとしよう。しかし、当の三次元存在である本人は、その二次元の世界で人間として存在できるのか、人として認識出来るのか、また現地の者にそう認識されるのか。それは不明である。しかしこれが次元転移である』
あのうさんくさいWebサイトの続きを。
そこには確かにそう書かれていた。
詰まる所俺は異世界転生でも異世界転移でもなく、三次元の俺のまま、二次元の世界に来たと言うことだった。
黒い雲が隠していた満月が姿を表し、星の明かりとは比べ物にならない優しい月明かりが夜空を照らす。
段々と自分の姿がはっきりと水面に写っていく。
そこに見知った自分の姿は無かった。
目も鼻も耳も髪の毛もなく、口元だけがただ嗤っている白い塊が其処にはいた。
「ああ、こんなんじゃ、拒絶されて当然だ」
そうして俺は涙を流しながら笑い、水面に写った嗤う白い塊と見つめ合った。
とりあえずここまで