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異世界転移珍道中  作者: テッタニアン
2/4

2,憧れた世界


 果ての見えない暗闇。

 光もなく、上下もなく、左右もなく、奥行きすらも感じられない。

 無だ。

 ただそうとしか言えない空間の中に西田は己の存在だけをひたすらに強く感じていた。

 絶対的な孤独感に反して俺の心は満たされており、むしろ安心感すら覚えている。

 

 ここなら俺は俺でいられるのだ。


 何もない暗闇の中で、人知れずに笑みを浮かべる。

 けれども、その心地良い暗闇の中に一つの、目映い光が差し込んで来る。

 目を閉じているのに、目が焼かれるほどの光量。

 俺は咄嗟に手で目を覆い隠し、身を守るかのようにに体を小さく丸めこんだ。

 光は瞬く間に俺を包み込んでなお、光を増していく。

 もはや自分体の輪郭さえ見えないほどの光を浴びて俺は目を覚ました。

  

 夢か。


 青色の空と眩しい太陽が朝であると告げ、大地が優しく支えてくれる。

  ここの所俺は、あの夢をよくみていた。

 あの満ち足りた空間は、えも言えぬ何かを感じさせてくれる。

 だけど、それが眩いほどの光によって何も残らないという、どこか虚しさが残る夢。

 そんな気持ちを抱いたまま、今日も昨日と同じ一日が始まるのだ。

 代わり映えのしない毎日。そこに不満はないし、寧ろ満足している節がある。

 なのに。それなのに、どうして毎朝体がこんなに重いのだろうか。どうして心は満たされないのだろうか。

 答えは今日も出ない。

 俺はいつも通りに気だるい体を起こし、寝ぼけた眼で視界を広げていき、そして気付いた。

 

 なぜ俺は、外で寝ているのだろうかと。

 なぜ俺はこんな所にいるのかと。

 なぜ俺は、生きているのかと

  

 寝起きのようなぼんやりとした思考を振り払って、辺りを見渡す。

 違和感の正体はすぐに気がついた。

たがそれは、さっきまでの体の気だるさが嘘のように飛んでいってしまうような物でもあった。

 俺ははその光景をみて、呟いた。


「これ、転移ってやつじゃない?」


 常識を越えた訳もわからない自分の状況に咄嗟に口が動いてしまう。

 本当に何がどうなっているのか。

 目の前に広がるアニメやゲームのような景色は、些細な違いこそあれど俺が長年憧れ、諦めていた景色だ。

 

 これは夢か。それとも、現実なのか。

 

 手に取ったこの木の葉は見たことのない形だ。

 だが、確かに葉としての質感がある。

 この草木が生い茂る森の匂いも、周囲から聞こえる鳥や虫の声も今まで感じたことのない物だ。

 だが、確かにそれらはそうと感じられ、ここが森の中である事を現実とさせる。

 

 夢ではないのか……?

 

 溢れ出る不安と恐怖が俺の体を支配する。

 訳も分からないこの恐怖と不安をを振り払おうと、俺はすぐそこに立っている木を目掛けて盛大な頭突きを浴びせていた。

 もしそうであるのなら夢であってくれと、そう願って。

 しかしその行動は無意味に終わる事となった。

 頭蓋骨に木槌を叩いた様な打撃音が響き渡り、その衝撃が俺の脳をひどく揺らした時、諦めにも似た実感が身体中に満ちていた。

 

 ……どうやらこれは、夢ではないようだ。


 確かな衝撃と額から流れ落ちるこの血が、回る視界に移っているこの景色を現実のものだと訴えてくる。

 周囲からは未だに聞いたこともない音が入ってくる。

 これは夢ではない。紛うことなき現実なのだ。

 信じられないし、信じたくもない。

 それでも、どれだけ頭が否定しても、体が、本能が、この現象が本物であると告げてくる。

 

 そしてついに、この現象が本物だと認めざるを得なくなった脳は、これまでの生涯で見たことがないほど、突如として勢いよく回り始めた。

 少しでもこの現象を理解しようと、思考を巡らせ、一つ一つに納得した答えを当て嵌めていく。

 それはまるで、僅かに残った理性が全力でこの現象に抗っているようにも思えた。

 そうして、思考を続けるなかで、奇跡的に俺はある事を思い出す事が出来た。

 トラックに引かれる直前、店長に声をかけられる前に見ていたあのWeb掲示板。

 いかにもな胡散臭い阿呆な内容だと軽視していたのだが、何故かその掲示板のスレの内容がはっきりと思い出せたのだ。

 

 『2次元の世界へ行き方』

 

 そんな見出しで始まっていたそのスレのある一文には、確かこう書かれていた気がする。

 

 『10000J以上の衝撃を受けたまま、壁に衝突すると特殊なトンネル効果が発生し、別の次元に跳躍することが出来る』

 

 なんとも馬鹿らしい内容だった。他のスレの反応も、『妄想乙』だとか、『ナイス中二www』などばっかりで、目に見えて恥ずかしい、所謂イタイ発言だった。

 俺もそんな事はあり得ないと思っている。

 それよりも、その後のスレにあった、トンネルに入る為の条件が重要だ。何故ならそれは、今の俺の状況にピタリと当て嵌まっていたのだから。

 その内容はこうだった。

 

 曰く、トラックから受け取ったエネルギーをそのまま使うため、衝突の際は本人が壁の前に建っていること。

 曰く、入りたい2次元の世界に関係あるものを持っていること。

 曰く、死亡フラグを立てておくこと。


 後になればなるほどに、なんだその条件はと言いたく物ばかりだが、この三つだけは他の物よりかは信憑性があった。

 この三つのスレの主が、Tep Nyarlathoとかいうあの胡散臭いWebサイトの管理人だったからだ。

 

 俺が最後に見た光景は、青い空と舞い散る紙の束、迫りくるトラック、そしてただの暗闇であった。

 俺を撥ね飛ばしたトラックはおそらくそのままの勢いで建物と追突し間にいた俺を潰しただろう。

 俺はその時、ジャ○プを持っていた。

 そして、自分の命を犠牲にした店長の救出。 

 あの暗闇は壁とトラックに挟まれ、潰された時のものだと考えていたが、もし仮に、それがトンネル効果によってもたらされた次元跳躍だとしたらどこか納得する。トンネルって暗いからな。

 QED.証明終了。

 

 ……だが俺は、仮に異世界転移だと言われても、「はいそうですか」と黙って信じてヒャッホーとはしゃげる程純粋ではない。

 一旦、落ち着こう。否定しているだけじゃ前に進まないと言うのは、店長を初め、色んな人に教わってきた。

 焦らず、ゆっくりと、否定せず、先ずは自分が今何をしたらこの現象の解決に近づけるのかを探すのだ。

 

 そう思って目を閉じて大きく深呼吸をする。今まで忙しなく思考を続けていた脳が落ち着き、少しずつだが、何をしなくちゃならないのか考えられるようになってきた。

 ここが本当に異世界なのか、先ずはそれを確かめないと。仮にもし本当にここが異世界だとして、俺は一体何をすべきなのだ。

 元の世界に戻る方法を探すのか、それともなろう系よろしく俺TUEEEでもするのか。

 

 話が脱線した。

 

 俺は静かに目を開く。

 やはり景色は変わらない。見たこともない植物や聞いたこともない動物たちの声もそのままである。

 ここが日本でないことは明らかだ。もしかしたら地球でもないのかもしれない。

 しかし、そんな所にいても、今のところ俺の体に異常は見られない。

 トラックに牽かれた事も確かな筈だ。それでも体は不思議なほどに正常なようで、むしろいつもより調子がいい。

 ジャンプは流石にないが、僅かな小銭と一人の諭吉さんが入った財布、来週のシフトまでを記した手帳がズボンのポケットの中から、赤と黒のボールペンが一本ずつと画面がバッキバキとなり、黙りを決め込んだスマートフォンがジャケットのポケットから出てきた。

 

 ……うん。

 

 何はともあれ、差し迫った問題は今のところ無いようだ。

 スマホが壊れた以外は。うう……、俺の動画像コレクションが……。

 とにかく、新ステージに飛ばされたらなにも出来ずにいきなり終了とかいうクソゲーのような展開はないらしい。

 そう思うと今度は冒険心がむくむくと内から湧き上がってくる。

 勢いのままに周囲一帯を隈無く見渡すと、生い茂った草むらの中に一ヶ所だけ草が倒れた後があった。

 間違いない、人が通った後だ。それも相当最近に。

 サバゲの経験がまた役に立って、自分がつくづく多趣味で良かったと痛感する


 さて、では行きますか。


 鬼が出るか蛇が出るか、試してみなければわからない。

 はっきり言って不安である。

 だがそれ以上に、自分の中の好奇心と期待が渦を巻いて溢れ出そうだった。

 あれだけ驚いて、不安になって、怖がっていたのに今ではそんな気配は微塵もない。

 自分でもおかしな話だと自然と口が緩んだ所で、俺はようやく自分の本当の気持ちに気付いた。

 

 Hello World、My Dream。

 

 どれ程否定しても、しょうがない。

 俺はこういった展開をずっと待ち望んでいたのだから。

 思いのままに踏み出した足はいつの間にか軽やかにただ前へと振りだされ、浮わつく心は恋する鳥のように宙を舞い踊る。

 作り物のような森の中、僅かな痕跡を頼りに俺は未知の世界にその一歩を踏み出した。

 

 この森を抜けた先には一体何が待っているのだろうか。

 どんな街があるのか、どんな人がいるのか。

 人間以外の種族はいるのか、魔法とか魔術はあるのか。

 中世よりなのか、それとも近未来なのか。

 考え出しただけでもう、止まらない。

 あぁ、最高に生きている感じがする。

 随分と久しぶりの感覚だ。

 

 

 期待と喜び、無情の興奮に満ちた俺の足は、自然とその足取りは早くなった。

 途中、背の高い草が足に絡まり何度も転びそうになる。

 だけど、歩く事を止める事はなかった。

 寧ろ、次へ次へと、踏み出す足は速くなるばかりで、いつの間にか俺は、大声で叫びながら走り出していた。

 


 意気揚々と森を進むその頭上、照りつける太陽が傾き始め、俺の高揚と興奮とは反対に森は次第に静かに影を落としていく。

 もうすぐ日が沈む。この世界に夜というものが有るのかは知らないが、それでも暗くなることは確かだろう。

 一抹の不安とそれ以上の期待、それすらも感じさせる暇もないほどのワクワクとしたら気持ちに、駆ける足はさらにその速度を増した。

 

 

 

 



  

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