異世界に来ちゃいました
「なんだこれ…」
愛車である電動自転車から降りて、茫然とつぶやく。
「なんで山の中…道路どこいった?」
前後左右、上下まで見ても自然だらけの木々だらけ。
足元は当然の様に土と草。時々岩。
「落ち着け~落ち着け自分。よし、えっと振り返ろう。えっと…今日は…」
会社が休みだ。朝から雨だ。小雨になったので今がチャンスとばかりに雨合羽はおって百均行ってスーパーで買い物…うん、なんてことは無い日常だったな。独身女性にしては枯れた日常ではあるけど。
「山に行った記憶なし…でも山の中…どゆこと? 拉致られた? いやいや拉致られた記憶も無いし…」
一週間分の買い物と百均で雑貨を買った帰り、雨足がきつくなって雷が鳴り始めて…。
少し急いで帰ろうと、電動自転車の勢いを上げて…と、そこで自転車に目をやり、気付く。
ハンドルに掛けてた満杯エコバッグはそのままなのに、自転車の籠に入っていた荷物とカバンが無いことに。
「は? 嘘でしょ…っ! かばんどこよ!」
慌てて籠に手を突っ込む。無駄な行動ではあるけど、それが今回は功を奏した。
「…?!」
頭の中に浮かびあがる情景は、不思議な空間だった。
広くて白い視界にしゃぼん玉のようなものに包まれた私のカバンが、そこにはあった。
初めての感覚だ。
気付けば手にカバンを持っていた。
「…こ、これは…っ!!」
オタを自負する私には直感的にわかってしまった。
自転車の籠が、異世界転生のフェバリット機能…いわゆる「異次元ボックス」になったことを。
つまり、ここは…。
「異世界転生キターーーーーーーーー!!!!!!」
いい年こいて思わず喜んでしまった。
そんな場合じゃないのにね。
「何が起こったかは後回し。生きることが先決、うん」
とはいえ、せっかくの異次元ボックスだ。利用しない手は無い。
とりあえず両ハンドルに掛けていた荷物は籠に入れる。背中にせおったバックパックは、少し考えてから中身だけを籠に入れた。
「どんな野生動物がいるか分かんないしね」
背後から襲われた時、ちょっとはガードになる筈。
それから周りにあるものを拾い始めた。
ゲームに有り勝ちなんだけど、最初のスタート地点でレアアイテムが落ちてることがあるんだよね。最初は装備できないアイテムとかさ。
なので、目に付いた草だの花だの木の実だの茸だの枝だの石だの摂れるもの取れるものは何でもサクサク収穫収集保管ですよ。
買ってて良かった軍手と園芸バサミ。
「庭の草むしりしようと思ってたんだよね…。マジで丁度良かったわ」
ちなみに百均で買ったものではなく、スーパーに隣接してる園芸店で購入したちゃんとしたものだ。
流石に茸の類は毒だったら嫌なので、枝をトング代わりにして摘まんでとったけどね。
周りに有った入れられるものは全部入れてから、よしとばかりに覚悟を決めた。
「移動しよう」
「神様仏様、どうか人の…えっと、ホラー的ではない人の住んでいる世界でありますように。ついでに言葉が通じますように、どうかどうかお願いいたします」
しっかりとお祈りをすませてから、とりあえず川を探そうと決める。
川の付近や川下に人里が有るのを期待してのこと。もちろん、野生動物の水飲み場でもあるから危険もあるけど…そこは虎穴ってやつだろう。
買い物帰りなので水も食料も10日は持つと思うけど、十分とは言えないからね。
水の確保と人里探しは重要だ。
「山だと思ったけど、割となだらかだし森なのかな?」
日本にいたら「森? 山と何が違うの?」レベルで知らん子だからね。
映画でしか見たことない子ですよ。
「そっか森…原生林……虫よけもしとかないと」
アマゾンのドキュメンタリーを思い出し、雨合羽の前を首元まで留めて、虫が袖口から入らないよう髪ゴムで袖口もしっかり留めた。
足元はジーパンなので大丈夫そう。手には軍手、顔にはマスクと花粉ガード眼鏡を装着。
夏なら熱中症待った無し、職質も待った無しの不審者スタイル。
「生きるためだ。恰好なんぞどうでも良い!」
森の中だからか、少し肌寒いぐらいの気温であることも良かった。
最後に、虫よけスプレー(自転車通勤には必需品です)を振りかけてから自転車を押して歩き出す。
迷わないよう、印を付けていきたいところだけど、あいにく代理にできそうなものは無かった。
自転車を押しながらなので、車輪の後が目印になるかな…程度だ。
周りの音に気を付けながら、前を進んでいく。
小鳥の囀り、虫の声。今のところは長閑な雰囲気だ。
「小鳥の声が聞こえなくなったら注意しなきゃ」
ハンターの経験なんて無いけど、海外映画やドラマで見た受け売り知識で自分に言い聞かせる。
ちらりと蘇る映画のワンシーン。
「やべーわ。要らんこと思い出したわ。怖えー、こえーよ! ちくしょー!! ゾンビの世界ではありませんようにっ! ジュラシックな世界もご勘弁ください! 神様仏様ご先祖様! お願いしまっす!」
無神論者がこんな時ばかりは神頼み。
祈りは届きそうに無いけど、届いてほしいと祈りを込めた。