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恋の占いだかおまじないだか

 最近、なんだかよく分からんが、同じクラスの女生徒どもから、やたらにピンク色のオーラを感じて仕方がない。しかも僕の穿った見方が正しいのなら、それらは遍くハートの形をしているようだった。

 これが、まぁ、僕も含めての一般の男生徒達に向けてのものだとするのなら、かなりの勢いで浮足だって、走り幅跳びで世界記録すら狙えるレベルを叩き出す可能性もゼロとは言い切れない状態に至るかもしれないが、いかんせん、その対象は僕らではないと分かり切っていた。

 九条だ。

 このクラスには、かなりのレベルのイケメンでしかも金持ちで成績も良くて運動もできるというハイスペックな女生徒一同の恋慕と欲望の眼差しを一心に受ける“九条”という名の男生徒がいるのだ。

 

 どうせ、あいつがまたモテているだけだろう。

 

 恋の占いだかおまじないだか、なんだかよく分からないけど、そんなものが今女生徒の間では流行っているらしい。

 それが、また、よく当たるんだとか。

 そのピンク色で、ハートマークなオーラの正体はそれだろう。

 ……まったく、中学生かってんだ。

 いや、そんなのもで盛り上がるのは、今時小学生くらいのもんだ。

 詳しい中身までは知らないけど、多分、それで女生徒達は九条との相性を占ったり、うまくいくようにとおまじないをかけたりしているのだろう。

 そう思うと、性への好奇心に目覚め始めたことを隠そうともしない同年代の女性の群れを前にしても、却って憂鬱になるばかりだ。

 「さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで」とか言って構えても、どうせやって来るのは練習相手を欲しがっているラガーマンか相撲取りくらいだろう。

 いや、例えそうであったとしても、それが女の子なら「どーんとこい!」ってなもんな訳だけど……

 

 「――お前さ。もし、自分が女だったなら、誰を選ぶ?」

 

 そんな不満と欲望とを溜め込んで悶々としている僕に向けて、不意にそう鶴橋という男が話しかけて来た。

 こいつもかなりのむっつりスケベだから、きっと女生徒達のピンク色でハートマークなオーラを敏感に察してそんな事を言っているのだろう。

 「安心しろ。お前が選ばれる事は100%ないから」

 だから、そう言ってやった。

 ところが、鶴橋は真顔で「そーいう事を言ってるんじゃない」とそう返して来るのだった。

 じゃ、どーいう事を言っているんだよ?

 と、僕はそう思った訳だけど、それから奴はこう続けるのだった。

 「オレは村上なんじゃないかって思うんだ」

 「村上?」

 それを聞いて僕は疑問に思う。

 村上は顔立ちは童顔だが、少々背が低くて、頼りになる印象はない。付き合い易い性格と言えばそうかもしれないが、女にモテるタイプかと言われればしっくり来ない。

 それで僕はこう尋ねてみた。

 「どうして村上なんだよ?」

 鶴橋は答える。

 「シミュレーションをしてみてくれ。例えば、夫婦生活を」

 突然、何を言い出すんだ、こいつは?

 そう僕は思った。しかし、鶴橋の顔は真剣なのだった。まだ続ける。

 「子供も育って大きくなり、あまり手がかからなくなった頃、そろそろ自分の為に時間を使いたいと女は思う訳だ。

 そこで思い切って男に相談してみる。

 “あなた、私も働きに出ようと思うの。あなたの給料でも充分に暮らしてはいけると思うけど、こんな世の中だもの、何が起こるか分からない。収入は充分に多い方が良いと思うの”

 ――もっとも、これは建前だ。

 本当は女は家庭に縛られているのに辟易していて、社会に出て働きたいとそう思っている……

 さて、男はどう応える?」

 なんか、妙な設定を持ち出して来たな。ちっとも若々しくない。

 僕はそう思いはしたけど、一応真面目に返してみた。

 「んー 自分の収入だけで充分なんだろう? 共働きになると、少しは家事もやらなくちゃならなくなるよな…… 普通は嫌がるんじゃないか? まぁ、家事の分担がそれまで通りっていうなら少しは考えるけど」

 それに鶴橋は「うん」と頷いた。

 「普通はそうだよな。ところが、村上は違うんだよ。むしろ積極的に、

 “良いよ。じゃ、どっちがどれだけ家事をやるか決めようか”

 って言って来るんだよ。

 それまでも育児にも家事にも協力的だったが、これには女も流石にビックリする。それで、“良いの?”と思わず尋ねてしまう。すると、村上はこう返すんだよ。やや不思議そうな顔で、

 “だって、君が働きに出たいんでしょ?

 君がそれで仕合せになれるんだったら、僕は協力したいよ”

 つまり、女の建前を見抜いた上で、なおそれに協力的だったってことだ。これなら、女は村上を選ぶよ」

 

 ……いやいやいや。

 それを聞いて僕は少し、というかかなり呆れた。

 「何を根拠にお前はそんな事を言ってるんだよ?」

 確かにそんな事を言ってくれる男は、ある意味じゃ女の理想の一つかもしれないが、村上がそんな事を言うとは限らない。

 それに鶴橋は何も応えなかった。

 なんだかよく分からない。今日のこいつはちょっと変だ。いや、平素からちょっと変な奴ではあるけど、こういうタイプの変さじゃないんだ。

 具体的に言うと、もっと、むっつりと言うか、スケベと言うか、変態と言うか。

 が、ところがだ。

 それから僕はクラスのある女生徒からこう尋ねられたのだ。

 

 「あのさ、佐野君。村上君って、今、彼女いるのかな? けっこーよく喋っているでしょう?」

 

 しかも、少し頬を朱色の染めているような気がしないでもない。

 「え? 九条じゃなくて?」

 戸惑った僕は思わずそう聞き返していた。

 「なんで九条君が出て来るのよ。あんた、九条君とそれほど仲良くないじゃない」

 それを聞いて、“これは本物だ”と僕は思った。それで「でも、どうして村上なんだ?」と、そう思わず尋ねてしまったのだ。すると彼女は言い難そうにしながらこう答える。

 「あんたは馬鹿にするかもしれないけど、恋のおまじないをしたのよ。一番仕合せになれる相手との結婚生活を夢に見るっていう…… そうしたら、村上君が出て来てね…」

 僕はそれを聞いて目を丸くした。

 鶴橋の話と一致する。

 もしかしたら、あいつはこの話を知っていたのかもしれない。

 ただ、妙な違和感もあった。

 「そのおまじないって、男でもできるの?」

 彼女は首を横に振る。

 「ううん。女の子限定のおまじないよ。男が使ったらどうなるかは知らないわ」

 それを聞いて僕は「なるほどね」と、そう納得したのだった。

 

 ……僕だって、もし夜の夫婦生活まで夢に見られるっていうのなら、やるかもしれないもんな。

 まぁ、どうなるのかは既に分かっているから、絶対にやらないけど。

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