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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
番外編・挿話
97/102

97.或る少女の眠る庭:前編

「ほんなら、本人に聞いてみるのがええ」


 そう告げた梅宮へ全ての視線が集まったのは必然のこと。

 誰もその意味を問わない沈黙が数秒この場を支配して、唯一何かに思い至ったヴェロニカだけが、意を決して、「まさか」と静寂を裂いた。


「ソレイユ様がここに居るのですか?」

「え……?」


 神妙に問う青年の言葉に、訳もわからずアリオが声を漏らす。当のソレイユは驚きで息を飲み、問いかけられた梅宮は胡乱(うろん)な笑み返すだけだ。


「ここに姉様がいるって何?」

「彼の言う、魂を持たない霊の話は、アリオも聞いていたでしょう? その原理はいまいち理解し難いけれど、僕はそれが存在することを知っている……でも、だとしたら……」


 いつから?


 その疑念は漏れ出ることはなかった。恩人の影に気付かず、どれだけ孤独を強いてきたのか、それを確かめることが恐ろしいあまり、ヴェロニカは青ざめる。

 だが、他人事である梅宮は容赦なく言い放つのだ。


「気になるんなら、お前さん、自分の目ぇで見ればええ。見ようと思えば見えるじゃろ?」


 アリオの瞳に、困惑と共に希望の色が灯される。大切な存在がそこにいるのだと言う話を信じたい反面、目の前の男は信用しきれない。でも、ヴェロニカがその答えを出してくれるかもしれない。もしもこの情報屋の話が真実ならば、これからどうしたいのか本人の意思を問うのが最も妥当だとも思う。

 そんな愛する妹から期待を寄せられて仕舞えば、いかに怯えていようとも、ヴェロニカが断ることは不可能だ。


「一応だけど、一目見て僕、発狂するかもしれないからね……。記憶はないけど、前回の精神的ダメージは結構だったし……」

「……はあ。焚き付けた手前、今回はいくらでも慰めてあげるわよ」


 呆れたように微笑むアリオの表情で、ヴェロニカは俄然勇気が湧いてくる。腹を括り、彼は自らの魔法で、不可視の亡霊へ目を向けた。

 話を黙って聞いていたソレイユも、迎えるように姿勢を正し、緊張を滲ませた。ララは視線から逃れるように、梅宮の背へ飛んで隠れる。


 視線が確かに交わると、魔法使いは泣き出しそうに顔を歪める。聖女は心配気に微かに手を伸ばしかけて、すぐ苦笑だけを向けた。


『嗚呼、どうしましょう。何から、お話すれば良いのか……でも、そうですね。まずは、お疲れ様でした、ヴィー』


 ひだまりの聖女は、彼らの永く凍てついた時の終わりへ寄せて、微笑んだ。


***


 ……斯くして、そこにソレイユ本人の意識があることを知ったヴェロニカとアリオは、彼女の体の扱いをどうするか、全て本人へとその決断を委ねた。

 ソレイユはもちろん、アスラと梅宮の取引を見ていたからこそ、アスラの最終決定を待つことを望む。その末に梅宮が体の所有権を得ることになる可能性も承知の上だ。


 梅宮は結局、彼女の体をどうするか、その時に告げることはなく、もしかすると本当に、然程考えていなかったのやもしれない。

 彼の予想では、アスラがソレイユを選ぶだろう確率の方が高かった。と言っても、もしも自分が同じ立場だったらそうする、と言う程度の憶測に過ぎないけれど。


 だから、帰還したアスラが、誰に告げるでもなく向日葵を目覚めさせたことに驚いて、些かまずいと思う。

 何が、といえば、身体の所有権を巡っての話の最中、騒ぐララを宥めるために呟いた方便を、実行しなくてはならないのだ。すっとぼけたら酷い目に遭わされる。

 全く当てが無いと言うわけでは無いが、少々骨が折れるから、梅宮は誰も見ていないところで大きなため息を吐いた。


 向日葵たちが旅行の準備に慌ただしくしてる裏側で、催促してくる妖精を適当にあしらい、できるだけ楽な方法を考えてみる。

 とりあえず、館の主人がいる間は動きにくいので、大人しく少女と悪魔が旅立つのを待った。

 一応、出立前のアスラへ、持ち運べようはずもないソレイユの器を、しばらくはこの館に置かせてもらいたいと話はつけたので、いくらか猶予ができただろう。ついでに、手入れがしやすい様になどと理由をつけて、棺ごとソレイユの体は日の当たる明るい場所へ移された。


 何食わぬ顔で向日葵たちを見送って、棺の横に持ち出した椅子に腰掛けた。足はだいぶ良くなっているものの、やはり一服する時は落ち着きたい。

 吐き出した煙は空気に溶けて、地下で吸うより断然、煙たさが篭らず気持ちが良い。


 ソレイユの意識はというと、だいぶ景観の変わった館の風景を楽しげに見て回っている。

 そう遠くへはいけないので、一通り辺りを見たら、すぐ戻ってきて、その頃には梅宮も、いつもの様に灰を缶へ落としていた。


 さて、梅宮が本題を切り出そうという頃に、そろりと現れた人影から、先に声をかけられる。


「お話があります」


 ヴェロニカだ。その声を聞いて、梅宮はすっかり忘れていたことを思い出した。

 続きを促せば、彼は梅宮の予想した通りの言葉を紡ぐ。


「以前もお話しした通り、ソレイユ様の体を弔いたいと、僕は考えています」

「そこに嬢ちゃんの意識があるんがわかっちょっても?」


 魔法使いの目には尚も彼女の亡霊が映る。チラリとソレイユの意識へ目を向けて、すぐに視線を情報屋へと戻した。

 ソレイユは黙って、成り行きを見守っている。


「これは僕の仮説に過ぎませんが。……器に意識が紐づいている以上、器を処理しなければ、ソレイユ様の意識はいつまでもここに囚われることになるのではないでしょうか? だとしたらやはり、もう、終わりにするべきだ……僕や貴方しか話し相手になってやれないし、それがいつまで続くかもわからないのだから」


 ヴェロニカの主張は尤もで、仮説もまあまあ悪くはない。

 ソレイユの場合は、きちんと弔えば留まる意識も、所謂“成仏”することが出来ることだろう。

 だが梅宮は、わざとらしくいい加減な態度で言う。


「綺麗なヒトの器っちゅうんは、人外、化け物、妖なんかの類にゃ、別格に価値がありゆう交渉材料じゃ。道理だけでみすみす手放したくはないがよ」

「望むだけの返礼はもちろんご用意します」


 ふっ、と梅宮は笑った。

 この魔法使いならば、言葉の通りなんだって用意するのだろう確信が持てる。例えば別の器が欲しいと言えば、適当に持ってくるに違いない。

 一瞬、それをそのまま意地悪く聞いてやろうとも思ったが、梅宮はすぐに良いことを閃いて、「ほんなら」と。


「今から言う物を全部持ってきたら考えちゃる」

「曖昧な……。考えるだけで決断しないなんて、はぐらかしたりはしませんね?」

「マ、前向きに検討はしようかのう。用意して欲しいモンは、薬の材料じゃ。遺体に使うモンじゃき、それを試した後で良ければ、お前さんらに聖女様の体を譲ってもええがよ」

「遺体に使う薬……?」


 怪訝そうに眉を寄せ、疑いの目を向ける。

 梅宮はヴェロニカのおうむ返しに肯定の意を返しただけで、それ以上は何も語ろうとはしなかった。


「一つだけ確認しますが、その薬とやらで、ソレイユ様や僕たちに何か害がある、なんてことはないんですよね?」

「害はないぜお」


 にっこり笑った梅宮の胡散臭さに、ヴェロニカは頭痛がしてきそうで額を抑えた。

 とは言え、情報屋として交渉において嘘は言わないことは信用できる。害はないのだ。害は。


 梅宮が口頭で挙げた材料を、ヴェロニカは宙にメモしていく。いつぞやの様に、後で紙に落とすのだ。


「ふむ、これとこれは部屋にあったかな。こっちは薬品棚に……この辺は外にとりに行かないといけないか」

「期限は設けちょらんき、集まったら言い」

「僕との取引は、すでに成立していると考えていいんですね? 材料を探している間に、別の何かにソレイユ様の体を譲ったりなんてしないでくださいよ」


 どんどん抜け目なくなっていく魔法使いの態度に、梅宮は失笑してチラリとソレイユの意識へ目を向ける。

 彼女の横にはララが浮遊していて、その剣呑な瞳は、情報屋の男を試す様にじっと見ている。

 梅宮は肩をすくめて「当然」とヴェロニカへ返した。

番外編です!

スパッと一話に収めようと思ったのですがゆっくり書いてたら全然書き終わらないしなかなか長くなったので描き終わった部分で分解することにしました。

待て次回!

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