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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
終章 ひだまりと悪魔
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95.月光

 真夜中の静謐(せいひつ)

 暗がりに閉じた瞼は闇を映し、何一つ刺激を得ることはないのに、浮上するように意識が覚醒する。


 自分のものではない温もりを感じれば、誰かの腕に抱かれているのだとわかり、ゆっくりと瞼を上げた。

 双月に照らされていて、面映く思いながらも、彼女は彼へ手を伸ばし、そっと撫でるように触れた。


「私でよかったんですか?」

「キミじゃなきゃダメなんだ、向日葵」


 (たわ)まぬ言葉と真っ直ぐな眼差しはまるで、プロポーズみたいに聴こえて、向日葵はどきりとした。

 今までは生まれ変わりに対しての言葉と受け取ったが、今は違う。向日葵を選んだ彼の意思が確かに存在する。

 目を細め、控えめに「どうして?」と少女は聞いた。


「私が私自身を許せなくなるからだ」

「なんですか、それ」

「私は向日葵の願いを叶えていないのに、魂を受け取ってしまった。いいや、叶えていないどころか知りもしない。由緒ある悪魔の矜持に反するのさ」


 まるで言い訳をするみたいなアスラの言葉に、向日葵は不思議に思い、軽口を叩く。


「照れてるんですか?」

「照れてなどいない」

「じゃあ、気を遣ってるとか?」

「まさか! まごう事なき本心だ! 悪魔は嘘をつかないものだと知っているだろう?」

「そうでしたね。アスラさんも自らの意思に尽くした結果だと言うのなら、私にも不満はありませんよ」


 くすくすと笑いながら、向日葵は告げた。

 だが、その言葉にアスラの方が拗ねたみたいに目を細める。


「いい加減、そのよそよそしい呼び方はやめてくれないか。サプライズの間は呼び捨てだったじゃないか」

「あれはソレイユさんのふりをしてたからですよ」

「ふん? ならば、あの言葉もただソレイユの遺志を伝えただけだとでも言うのかな?」

「それ以外にないでしょう」


 なんでもないことのようにさらりと向日葵が返すと、アスラはニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「あまり悪魔を侮らない方がいいぞ、向日葵。悪魔の契約というのはそう単純なものじゃない。皮だけ被っても本心までは偽れまい。キミが心から私の隣を望み、私がその答えを受け入れたから果たされたのさ」


 心というものはそう簡単に偽ることはできない。

 今の魂の持ち主は向日葵なので、如何にソレイユと交わした契約だったとしても、世界平和の答えは、向日葵の心からの答えでなければいけないのだ。


 要するに、ソレイユと似た気持ちを、向日葵も抱いている。

 まるきり想いが同量同質かは知れないが、これまで全く靡かない様子だった少女から、実は好まれていたらしいと気づいたアスラは、どこか優位に立ったような心地である。

 向日葵は悔しげに「気づいたんですか」とこぼした。


「いいや、そういうこともあるかも知れないという私の推測だ」

「……鎌をかけましたね?」

「潔く白状してくれてありがとう、向日葵」

「はあ。どういたしまして。一応言っておきますが、世界平和に関しては、アスラさん単体というよりは、この場所も含めて、平和だと思ったのが私の気持ちですからね」

「その中に私も入れてくれていて嬉しいよ」


 アスラは幸せを余すことなく感じるみたいに、穏やかに笑む。抱く力が少しだけ強まると、向日葵の上体は彼の胸に収まった。


「あの、アスラさん、なんだか感じが変わりましたね?」

「キミが眠っている間に、キミのことを聞いて回った。知らないことが沢山あって、私もまたキミへの想いを改めただけさ」

「え、なんだろう。変な話聞いてないですよね?」

「さて、どうだったかな」


 上機嫌な悪魔の腕から逃れようと、少女は身じろぎする。

 それに気づいたアスラは、腕を緩め、あっさりと向日葵を解放した。

 自らの力で、体を起こした向日葵からほんの少しだけ距離をとり、彼は再び少女の手を攫う。

 向日葵はふと、初めてこの部屋で目覚めた時のことを思い出した。


「向日葵、キミの願いを聞かせてくれないかい」


 囁かれたのは、そんな些細な言葉。

 初めてここへ来た時の方が、もっと直球で熱烈な、それゆえに一方的な愛の言葉を投げていたはずなのだが、今の方が、向日葵の胸に響くものがあった。

 でも、流されているだけの環境で、認めてしまうのは癪だから、少女は不敵に笑みを返す。


「叶えてくれるんですか?」

「嗚呼、そうじゃなきゃ、私のプライドがキミに触れることを許せないからな」

「あなたは悪魔だから、願いを叶えたら私の命を奪うんでしょう?」

「嗚呼。向日葵、キミの何もかもが欲しい」


 向日葵は意地悪く、試すように言う。


「そしたら晴れて、なんの憂いもなくソレイユさんと会えますもんね」


 アスラは目を細めて、しかしそれは、面白いものを見るように、薄く笑みを浮かべて返すのだ。


「向日葵は知らないだろうから無理もないが、ソレイユの体はもう私の手にはない。器がない以上、取り戻すことはできないよ」


「だから心配しなくていい」と、アスラは付け足す。まるで向日葵が、自分を選んでもらえたわけではないことを気にしている、みたいに受け取られて、少し気恥ずかしく思う。

 揶揄われないように、向日葵は「アスラさんって変わってますね」と。


「悪魔らしいような、そうじゃないような。あの時契約が果たされたのだから、それで十分じゃないですか」

「向日葵がソレイユと同じことを願うなら、それもまあ悪くはないが……あれはソレイユが私に乞うた願いだ、キミのものじゃない。契約の達成条件に、キミの思いが重なっただけに過ぎない。キミとなんの契りも交わしていないのに、報酬だけを得るだなんて、野蛮な略奪行為だろう?」

「赤の他人をここへ誘拐したことは棚上げですか」

「人間のルールは私には関係ないさ。言ったろう? 私は悪魔なんだ。これでも紳士的な方だと自負しているよ」

「他の悪魔を知らないのでわかりかねます」


 困ったように向日葵が返して、アスラは「他の悪魔を知る必要はない」とこぼした。

 そしてパッタリと、会話が止む。


 繋がった手は離れずに、互いに指先から温度が伝わる。

 アスラの表情は優しく、柔らかく、甘さはあまり感じられない。でも、愛しさは確かに伝わって、慣れない少女は逃げ出したくなる。

 思わず手を下げようとするけれど、僅かな動きをすぐに察した彼の手が、繋ぐ力を痛くない程度に強めて、留めた。

 否、引き止められて、繋ぐまま留まることを選んだのは、少女の手の方だった。


「どんな願いでも必ず叶える。だから、言ってごらん?」

「いきなり、言われても……何も浮かびませんよ」

「何か浮かぶまでいくらでも待つさ。キミと出会うまでの時間と比べれば、微々たるものだろうしな」

「説得力がありますね……」

「遠慮することはない、私は世界平和を成した稀有な悪魔だ、今ならなんだって叶えられる気さえするとも」


 自慢げにアスラが言えば、向日葵は笑って「そうですね」と。


「なら、平和を叶える善良な悪魔さん、私の願いを教えてあげます。叶えられるなら叶えてください」

「嗚呼、勿論だとも」


 頷き返すと、少女が手招く。

 彼が顔を寄せれば、向日葵の腕が彼の背へと回される。

 ゆっくりと、彼女の顔が近づいて、ロマンス映画のワンシーンを、なんとなく思い出した。キスをするのだろう。そう考えたアスラは、迎え入れる気でいたのだが、向日葵の顔は逸れ、耳元で囁く。


「行きたい場所があるんです」


 期待はずれと、拍子抜けの内容に、アスラは失笑する。

 向日葵はいたずらが成功したように笑いながら、腕を下ろし「連れてってくれますか?」と続けた。

 アスラは意趣返しに、あるいは行き場を失った感情を発露させるみたいに、向日葵の髪を一束指に絡め、口付けた。


「向日葵が望むなら、何処へでも」

次が最終回になったらいいなと思います。

おかえり向日葵ちゃん。

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