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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
終章 ひだまりと悪魔
94/102

94.誰にも譲れない意思

「ははあ、嬢ちゃんも物好きじゃのう」

『梅宮さん! お久しぶりです』


 ララがソワソワしていると思ったら、梅宮がやって来るからだったみたいだ。

 ソレイユは挨拶をしてすぐ、梅宮の足に目がいく。見れば杖もついていて、心配げに『お怪我を、されたのですね? 具合はよろしいのでしょうか?』と。

 当の梅宮は特段気にした様子もなく「大したことないがよ」と笑った。


 怪我は平気そうなので、ソレイユは、物好きと言われた意味を問う。


『物好き、というのは?』

「その霊、あん時のじゃろ。随分形がハッキリしちゅうき、名前でもつけたが思ってのう」

『わかるのですか? えへへ、そうです。妹を思い出したので、ララ、と呼んでいます』

「幽霊だとか魔物だとか、そういう類にあんまり名前をつけて入れ込むもんじゃないがよ」


 梅宮が苦笑しながら岩の出っ張りに腰掛けた。

 言われたソレイユは、そういえばアスラからも昔、何度か似たような苦言をもらったことを思い出す。


 曖昧な存在は、自らを知覚してくれるモノへ依存し、付き纏いやすい。目があっただとか、声が聞こえたというだけでも、標的となり得るのだ。梅宮は身に染みてそれを知っているし、何が善いモノで何が悪いモノなのかなんてちょっと触れただけじゃわからないし、ましてや曖昧、不安定な存在は悪に転じやすい。

 そんな扱い辛いモノたちに、進んで名前を与えるというのは、そこで(えにし)が生まれるということ。名付けというのは、安易にするべきではない。魂なき霊なら尚のことだ。


 だから梅宮は、奇妙な同居関係にあったこの妖精でさえ、名前をつけることはなかったし、住み込み分の労働をさせはしたものの、下手に馴れ合うことはしなかった。

 ソレイユとて霊の一人なのだが、彼女は非常に特別だ。もうほとんど、一人の人間として扱ってもおかしくないくらいに整っている例外である。


 嘗ても名付けに関しては口を酸っぱくしてお説教を食らったソレイユは、申し訳なさそうに微笑した。


『以後、気をつけます。ご助言、ありがとうございます』


 そこでふと、アスラのことを思い出したソレイユは、アワアワとその場で慌て出す。

 梅宮はキョトンとして言葉を待った。


『梅宮さんとまた、お会いできたのは嬉しいですが、忍び込んでることが、アスラに知れたら大変です!』

「嗚呼。それなら心配ないがよ」

『そう、なのですか?』

「旦那と取引したがじゃ。滞在も許可されちゅうよ」


 ソレイユの顔がぱっと明るくなる。愛らしい変化に、梅宮はすぐにソレイユの言いたいことがわかった。

 だから、先回りして呆れたように笑う。


「残念じゃが、そう頻繁に嬢ちゃんの相手が出来るかは、旦那次第じゃ」

『あ……そう、ですね。ここには、私の体がありますから、頻繁に通うのは、難しいですね』


 梅宮は帽子を地面になげて頭を掻く。

 すかさずララが帽子の中に我が物顔で滑り込んで、ソレイユは微笑ましく思った。

 しかしすぐに、梅宮の様子から、ソレイユの想像が的外れだと気づく。


『何が、あったのですか?』


 梅宮は煙管(きせる)を取り出し、煙草(たばこ)を詰めてから、いつぞやのように、しぃ、と静かに合図をした。


 足音が響いてくる。


 反響する重さも、足取りも、ソレイユはよく知っている。ここに移されてから何度も聞いて、待ち侘びた音。

 目を向けた先には、アスラが居た。


 梅宮はふうっと煙を吐いて、先に投げかけた。


「此処へ来たっちゅうことは、心が決まりゆうがか?」

「いいや。部屋にいなかったから、まさかと思って来てみたが、本当に此処に居るとはな」

「聖女様じゃなく、儂に用事か」


 ソレイユには何のことだかさっぱりわからない。

 ただ、続く二人の受け答えから、向日葵に何かあったことがわかる。予感が内側に広がり、ザワザワとして落ち着かない。

 ソレイユと向日葵、どちらを選ぶのかという話の内容に、徐々に確信へ変わってくと、衝撃で頭が真っ白になるようだった。


 彼女を正気に戻したのは、思いがけない梅宮のセリフ。


「選ばんかった嬢ちゃんの体、儂に譲ってくれるだけでええがよ」

『え?』

「……悪趣味な要求だな」


 弾けるように、ララが跳び上がり梅宮の耳元で騒ぎ出す。

 ソレイユにはその言葉はわからないが、何か責めていることだけはよくわかる。

 梅宮は横からの霊の暴言と正面からのアスラの視線を受けて、慌てて付け加えた。


「誤解じゃ、誤解! そがん特殊な(へき)な訳なか! 向日葵ちゃんを家族んとこで弔ってやりたいだけじゃ! 一応、儂が預っちゅう事になっちょるき、報告の義務と責任はあるがよ」

「ふん、嗚呼、その道理はわかるさ。だがお前、今、選ばなかった方と言っただろう? ソレイユの体をどうするつもりだ?」

『はっ! アスラの言う通りですね! 私は、どうなって、しまうんですか?』


 ソレイユは今気づいたらしい。

 ぞくりと無い肝が冷えながら問いかける。


 梅宮は悩むそぶりをして見せて、アスラには気づかない程度にそれとなく、まとわりつくララに何事か伝えて追い払う。

 戻ってきたララは大人しく、何か納得しているようだったので、ソレイユは、自分の体を粗末にされることはないのだろうと察した。


 話の途中で、アスラがソレイユの遺体の元へとゆく。

 ソレイユは無心でそれを追った。

 追いかけようとしたララを、梅宮は帽子で掬って止めてやる。


「はは。やはり全然似ていないな」

『そうですね。向日葵はもっと、大人っぽいですですから』

「私に笑いかけたのは、キミが彼女へ託した意思なのか、それとも……」

『アスラ、彼女の心は、彼女だけのもの。そこに私の意思は、関係ないのですよ』


 踵を返して決意を告げる彼の背を、ソレイユはその場で見送った。

 アスラは向日葵と向き合い、今を直視し、前を見ている。過去の残像であるソレイユにはもう、前を行く彼の背中しか見ることができないのだ。


 ソレイユは今、決定的に分たれてしまったのだろう。


『ふふっ、アスラ。もう答えは、出ているじゃないですか。……でも、そう、過程もとても大事ですね。あなたは今、あなたのための理由を、拾い集めているのでしょうね。大丈夫、あなたならすぐに、見つけられます。あなたは、善い悪魔ですから』


 梅宮の話を聞き、アスラは去る。

 遠のく姿を、目を逸らさずに最後まで見届けていた。

 余韻を探るように、その影が消えてもぼぅっと眺めていると、ふわりとした光が眼前に現れる。

 ソレイユは笑み、両手の上にララを乗せた。


 それは、世界から置き去りにされたもの同士の憐憫なのかもしれないけれど、一人ぼっちではないことは、寂しさを紛らわせてくれた。


 再び煙管(きせる)を吸いながら、留まる梅宮はぼやく。


「さてはて、旦那にとってどっちが大切なんじゃろうな……」

『違いますよ、梅宮さん』

「うん?」


 梅宮の隣に立ったソレイユは、にっこりと笑いかけた。


『アスラはきっと、自分を一番、大切にするはずです。私も、向日葵も、そうであったように』

「それこそどっちに転ぶか分からんのう」

『いいえ、だからこそ、答えは一つです』


 確信的なソレイユの言は、長い時を共に過ごしてきた故の、絆の証かもしれない。

 梅宮は無言でいるので、ソレイユは続けて微笑んだ。


『彼は、悪魔であることに、誇りを持っているのですから』


 彼女の理屈がよく分からず、梅宮が素直に意味を聞こうとするも、物音が響く。

 早足で誰かが地下室へと降りてくるのがわかり、ピタリと会話が止まる。


 音の方を見てみると、やってきた人物は、思いがけない梅宮の存在に驚きを見せた。


「あなたは……情報屋の梅宮、といったわね」

「どうして貴方はここで寛いで……いや、地下室を知っていたということは、この鏡が目当てですか」

「物取りみたいに言うじゃないがよ」


 呆れて返す梅宮の横、ソレイユは懐かしそうに顔を緩ませて『アリオ! ヴィー! 変わりなくて、よかった』とはしゃぐ。勿論、当の二人にはソレイユは見えていないのだが。

 梅宮は特別弁明はせず、鏡目当てと思わせたままにして、逆に二人へ投げかけた。


「お前さんらはどうして此処へ?」

「アリオがどうしてもって言うから……」

「地下室に姉様の体があると聞いて来たの。今ならアスラ様も居ないみたいだし、ちょうどいいでしょ」

『ふふふ、アリオが会いに来てくれて、嬉しいです』


 地下室に移されてからは、一度もアリオの顔を見ていなかったから懐かしく、そして、彼女の方から会いに来てくれた事実に、ソレイユはふにゃりとする。

 ソレイユの真似をして、彼女の頭に座っているララもふにゃりとした顔をするので、梅宮はそれとなく笑いを堪えようと口元に手を当てた。とても自然に繕っていたので、誰も彼が笑いを堪えてることには気づかなかった。

 落ち着かない様子のヴェロニカが、アリオに尋ねる。


「ねえ、本当にやるつもり?」

「今までが間違ってたの。これが過ちを正す最後のチャンスだわ」

「なにするが?」


 部外者から問われて、アリオは鬱陶しそうに睨み返す。普段ならヴェロニカがここで答えてくれるところだが、彼としても梅宮があまり好きではないので、何も語らなかった。

 目を逸らしたアリオは、キョロキョロと辺りを見回す。ソレイユの体のある場所を知らないから、探しているのだろう。

 そっぽを向いたままに、アリオが告げた。


「姉様をきちんと弔う。魂を入れる器が無くなれば、アスラ様が姉様を甦らせることもないでしょ」

『アリオ……あなたも、変わったのですね。前はあんなに、私にくっついて、早く会いたいと、泣いていたのに……ちゃんと今を見ようとしてくれて、本当によかった』

「僕はあんまりおすすめしないんだけどな」

『ヴィーの言うことも尤もです。アリオの変化は素晴らしいものですが、これはアスラが選ぶこと……もう少し、様子を見ましょう』

「ちょお待ち。勝手なことされたら困るぜお。旦那との約束で、選ばんかった嬢ちゃんの遺体は儂がもらうことになっちゅうき」

『そう言えばそうでしたね』


 ピタッ、とアリオとヴェロニカの挙動が止まる。

 アリオは軽蔑と蔑みの目を向け、ヴェロニカは困惑と奇異の色を示したので、梅宮は不満を滲ませながら笑った。


「はあー、誰も彼も誤解しよって! 儂に遺体を弄ぶ趣味はないがじゃ! 霊が見えちゅう人間が、死者を冒涜するわけがないがよ。報復の怖さはようしっちゅうき」

『梅宮さんは、そういった悪事は絶対しません』


 うんうん、と体をとられそうになっている本人だけが理解を示すので、逆に警戒心のないその様子に梅宮の方が内心で呆れた。


「そういう嗜好ではないのなら、何のためにそんな要求を?」

「旦那の覚悟の問題じゃぁ。赤の他人に、大事な子を渡すことになったとしても、どちらか一方を選ぶっちゅうな」

「そのあと姉様をどうするつもりなの?」

「さあ? マ、儂としちゃあ旦那はこの嬢ちゃんを選ぶと思っての提案じゃ。先んことは然程考えちょらん」


 ヴェロニカが神妙な面持ちで、いい加減なそぶりの梅宮へと「では」と。


「ソレイユ様の体を貴方が得た際、それを僕達に譲ってはくれませんか?」

「何を言ってるのヴェロニカ。さっきから、姉様や向日葵を物みたいに扱って、ふざけないでよ!」

「これはただ、残った器をどうするかって話だよ……僕だってできるなら弔いたいし、それはアスラ様だって同じはずだ。やっぱり、契約が果たされた今、外野が勝手に決めるものじゃないよ。考え直そう、アリオ」


 目を合わせて柔らかく諌めるヴェロニカだったが、アリオは苛立ちを募らせるばかりだ。

 だがその目は、悲哀に揺れている。

 感情が爆発寸前のアリオが口を開いた刹那、言葉を止めるように、梅宮が挟む。


「ほんなら、本人に聞いてみるのがええ」


 赤い片目をチラリと鏡の奥へ向ける。

 アリオは不満げに、その意味が分からず首を傾げていたが、ヴェロニカはなにかを察してたじろいだ。

 一触即発の中、ハラハラしていたソレイユもまた、梅宮の言葉がよくわからずに首を傾げる。

 ララがその真似をするので、梅宮は小さく失笑した。

月末のイベントに出るのですが新刊の入稿を失敗した気がして新刊が出るのかハラハラしてます。早く楽にしてくれ……。

それはそうとこの終章あたりのひだまりの話を書いてる時に、すごく頭の中であるアルバムの曲のフレーズがずーっとぐるぐるしています。イメソン仲間入りかな。「自分の意思を尽くす為に、自己犠牲を選ぶ(誰のためでもなく)」という感じの内容ですが、影響受けてるんでしょうねえ。

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